小  説

支援SS1 「アルバムに代えて」 ――――天馬流星

第2回東方最萌トーナメント 五本目

私にとっては、萌えの塊なんです。

健気っ娘<<小悪魔>>!!ラヴ!!!!

そして支援SS!

ここまできたら、最後の最後まであきらめない!

「……ぷはぁ」

 小悪魔はマスク代わりに口に巻いていた布を取ると、1度大きく息をついた。腰に手を
 当て、首を左右に傾ける。途端に骨がコキコキと鳴った。腕を大きく回して肩の筋肉を
 ほぐすと、小悪魔は再び作業を始めた。
 
 今日は図書館の本を虫干しするのである。今日、といっても1日で終わるような作業で
 はない。紅魔館の図書館は膨大な蔵書を誇っているため、2、3週間は楽にかかる。あ
 まりのんびりやっているとひと月くらい簡単に過ぎてしまうのだ。気がつけばいろんな
 行事が終わっていた、などというのは割とよくあることである。
 
「さてと……」

 図書館の主パチュリー、及び図書館の利用者が読まないような本は本館とは別の書庫に
 納められている。本館以上に埃まみれになりやすい書庫の本も引っ張り出してくるため、
 埃を吸い込まないように小悪魔はもう1度布を口に巻いた。手袋や三角巾、その他肌の
 露出を防ぐ服を装備して、小悪魔は書庫に入る。出した本はメイドに渡し、紅魔館のど
 こか風通しのいい日陰に干してもらうのだ。
 
 最初に書庫を片付けて、後々の気分的なスピードアップを図る。書庫の本は魔力を発動
 することのなくなった、「死んだ」本だけなので、手入れも本館と比べてその頻度が少
 ない。だから、辟易するような埃に邪魔されて作業が遅くなるのだ。
 
「ん、しょ……っと」

 書庫の本棚に並べられた本の順番をメモに書き留め、まとめてそこから出す。それを外
 で待機しているメイドに渡す。書庫も広いため、何日かこの作業を繰り返さなければな
 らない。本を全て出し終わると、書庫の入り口付近に埃の山が出来ていたりする。
 
「次、と。…………ん?」

 本をメイドに渡した後、小悪魔は再び書庫に戻ってきた。同じ作業をしているメイドの
 そばを通り過ぎ、先ほど自分がいたところで本のタイトルをメモしていく。
 
 その途中、小悪魔は1冊の本のタイトルが目に留まった。
 
 メモを取るのをやめ、その本を本棚から取り出す。
 
「ムーブルエイド……」

 それは、今となってはもう何の変哲もないただの魔道書である。内容もどこかで見たも
 のばかり。実につまらない三流魔道書である。
 
 けれどその本は、小悪魔にとってとても思い出深いものだった。
 
「ここに……あったんだ。忘れてた」

 小悪魔は苦笑いする。
 
 もう何年も昔のこと。小悪魔がパチュリーによってこの図書館に召喚され、司書として
 働き始めた当初の事件。
 
 今ではもう、それは思い出でしかない。


 しかし――。


「この本の、おかげだったのよね……」

 それは、小悪魔が司書として生きようと決心したきっかけ。
 
 そして、パチュリーを生涯の主として決めた出来事だった。













 目を覚ましたときは夜中だった。一応自分に与えられた部屋には窓があるから、外を見
 れば今が昼か夜かくらいの判別はつく。窓の外は夜だった。
 
 何故こんな時間に自分が起きてしまったのか分からない。もう1度寝ようと小悪魔はベ
 ッドに戻ったが、どういうわけか少しも寝付けなかった。そばに置いておいた時計を見
 てみるが、自分が本来起きて仕事をする頃まではまだ十分すぎる時間があった。
 
 なんとなく、小悪魔はベッドから這い出た。カーディガンをはおり、自室の扉を開ける。
 しん、と静まり返った空間が小悪魔を出迎えた。まるで空気がとてつもなく重くなって
 いるかのように、何1つとしてその場を動くものはなかった。
 
「……?」

 小悪魔が無機質な空間を眺めていると、何かが図書館の奥で動いた。完全な闇の中でそ
 れが小悪魔の目に留まったのは、魔族としての視力と、その何かが淡い光を放っていた
 からだった。
 
 それに興味を引かれた小悪魔は、翼を広げるとそれに向かって飛んでいった。本棚の陰
 に隠れてしまったそれを見失わないために、1度天井近くまで上昇する。
 
 小さな光の玉が遠くのほうで浮かんでいるのが見えた。小悪魔はそこへ飛んでいく。
 
「何だろう、これ……」

 その近くに降り立つと、小悪魔は光の玉を見つめた。りんごくらいの大きさで、ふわふ
 わと空中を漂っている。
 
 単なる好奇心から、小悪魔はそっとそれに触れてみた。この図書館に来たばかりで、そ
 のシステムもよく理解していなかったため、それが何なのか分からなかった。
 
 今であれば、絶対にそんなことはしなかっただろう。


 ――バツン。


「え……?」

 何かが断ち切られたような音。それと同時に、光の玉も、わずかに見えていた回りの本
 棚も小悪魔の視界から消えた。
 
「な、何!?」

 小悪魔は慌てて周りを見回すが、そこは完全な暗闇だった。周りに何かがあるという気
 配さえない。見えないだけかもしれないと思い、小悪魔は近くにあった本棚に触ろうと
 した。
 
 だが、小悪魔の手はむなしく空振りするだけであった。絶対に手に届く位置に本棚があ
 ったはずなのに。2、3歩周囲を歩いて本棚を探してみるが、それらしき感触は全くな
 かった。
 
「え?え!?」

 不安になって、小悪魔は走り出した。縦横無尽に走り回る。どれか一方に走り続ければ
 必ず本棚にぶつかるはずだった。
 
 しかし、息が切れるまで走っても、小悪魔は闇の中で立つだけだった。
 
「はっ……はっ……な、何なの?」

 声に不安が宿る。大声を出してみるが、それはあっという間に闇の中へ吸い込まれてし
 まった。反響する音も聞こえない。つまり、これは図書館よりももっと広い空間である
 ということだ。
 
 そこでようやく、小悪魔は自分が魔道書の作り出した罠にはまったのだということに気
 がついた。パチュリーやメイドたちからそういった話は聞いていたが、実際に遭遇した
 ことはまだなかった。
 
「え、ええと……どうするんだったっけ?」

 魔道書の異次元空間にはまり込んだときの対処法は一応パチュリーから聞いていたはず
 だった。しかし、あせっているせいか思い出せない。小悪魔は必死になって記憶の糸を
 手繰り寄せる。
 
「えっと……!ええと……!」


 ――ズル。


「……!?」

 小悪魔がその場をうろうろしながら考えていると、何か音が聞こえた気がした。何か水
 気を含んだ音。小悪魔は闇の中を凝視する。
 
 何かがいる。今さっきまで何もなかった闇の中に、何者かの気配があった。
 
「だ、誰……?」

 小悪魔は闇の中に向かって呼びかける。無論返答はない。
 
 だが、音は近づいてくる。
 
 考えなければならない。思い出さなければならない。小悪魔はその何かから気をそらし
 て再び対処法を思い出そうとした。
 
 しかし、そちらのほうに気が散って集中できない。あせればあせるほど、思考が混乱し
 ていく。
 
 音が、すぐそこまで来ていた。
 
「ひっ!!?」

 そのとき、小悪魔の右手に何かが触れた。べっとりとした液体が右手についたのが分か
 る。暗闇でそれが何なのかは確認できないが、しかし今、何かが自分に触れた。
 
「いやあっ!」

 右手を振り回してそれを散らそうとする。小悪魔は翼を広げて飛ぼうとした。
 
「あうっ!?」

 しかし、飛び上がった瞬間に何かが頭にぶつかる。天井なんて閉鎖的なものはなかった
 のに。
 
「あ……」

 右手に、また何か触れた。
 
 小悪魔は走り出した。とにかく逃げたかった。右手についたものを払って、ただひたす
 らに走る。


 ――ズル。


 けれど、音は小悪魔の耳元から聞こえてくる。聞こえないふりをして走り続けるが、な
 お小悪魔をトレースしてくる。
 
 べちゃ、とそれがまた右手に触った。さらにそれが腕を通して這い上がってくる感触が
 あった。
 
「いやっ!」

 慌てて振りほどこうとするが、それは取れない。それどころか小悪魔の腕は動かなかった。
 何かに固定されてしまったかのように、指一本動かせない。
 
 音が小悪魔の周りで響く。粘性のある液体が肩まで這ってきていた。
 
「あ……あ……!」

 感触が増える。足に、羽に、腕に。
 
「いや……!いやあああああああああっ!!」

 もうわけが分からない。小悪魔はもう叫ぶことしか出来なかった。暴れることさえ出来
 ない。体は完全に固定されてしまっていた。
 
 何かが体を這いずり回る、気持ち悪い感覚だけ。頭に触ったそれが顔まで落ちてきたと
 き、小悪魔は恐怖で気を失いそうになった。


 ――パ、キン。


 そのとき。
 
 うめき声も出せず、耳もふさがれてしまった中で、しかし小悪魔は、乾いた音を確かに
 聞いた。












「………………え?」

「間に合ったわね」

 急に何かがまとわりついている感覚が消えた。小悪魔は恐る恐る目を開けてみる。
 
 混乱しているせいで焦点が合わないが、景色があることだけは何とか分かった。
 そして、自分の目の前に人が立っていることも。
 
「パチュリー……様」

 ぼやけていた視界が、だんだんとはっきりしてくる。それでもなお視界が滲んでいるの
 は、自分の目に涙が溜まっているからだった。放心状態だったため、小悪魔は涙を拭き
 取ることもしなかった。
 
「たまたま研究で起きてたから気がついたけど……。トラップには気をつけろって言って
あるでしょう」

 へたり込む小悪魔の前にしゃがみこみ、パチュリーは小悪魔の涙を指で拭いた。
 
 冷たい手だった。血色の悪い白い手が小悪魔の頬に触れる。
 
 それは、先ほどまでの罠のおぞましさに比べたら、なんとも心地よいものだった。
 
「…………っ!!」

 小悪魔の目に、また涙があふれる。
 
「パチュリー様っ!!」

 小悪魔はパチュリーに抱きついた。
 
「……何?」

 不意に抱きつかれてパチュリーは少し戸惑ったようだったが、いつものぶっきらぼうな
 口調は崩さない。
 
「すみません……!」

 小悪魔はパチュリーの胸に顔をうずめて謝った。
 
「私……こんな……情けなくて……。こんな罠にも気づかなくて……1人じゃ脱出するこ
とも出来なくて……。ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 ぐすっ、と鼻をすする。どれだけ謝っても自分が許せなかった。
 
 本来司書として、自分は助ける側なのだ。魔道書の罠にかかるなど言語道断。たとえま
 だ慣れないといえども、これは図書館の司書としては情けなさすぎた。
 
 だから、謝ることしか出来なかった。
 
 しばらくそうしていると、頭の上からパチュリーのため息が聞こえてきた。
 
「次は、気をつけなさい」

 小悪魔は顔を上げた。そこには、いつもの無表情な主の顔。
 
 けれどそれは、小悪魔にとって本当に優しい顔に見えた。
 
「はい……」

 もう1度、小悪魔はパチュリーに抱きつく。
 
 怖かった。助けてほしかった。
 
 極度の不安と恐怖から解放されて、見知ったその人の顔は、小悪魔を安心させた。

 あんな目には2度と遭いたくない。
 
 そして、誰にも遭わせたくない。
 
 思考がクリアになってきたところで、小悪魔は考える。
 
 それが自分の仕事なのだから。これを教訓にして、誰かが魔道書の罠にはまったときに
 助けなければならない。


 あの人のように。














 ムーブルエイド。それが小悪魔を初めて罠にはめた魔道書だった。
 
 その後、何度か魔力暴走を抑えるためにフォーマットを繰り返していたところ、完全に
 沈黙していたために書庫にしまわれることになったのだ。
 
 今の今までこれの存在に気がつかなかったのは、多分他のメイドが持ち出していたから
 なのだろう。
 
 小悪魔は昔の自分の失態を思い出して再び苦笑した。
 
 これがあったから、今の自分がいる。あの時パチュリーに助けてもらったから、今こう
 してここにいられる。
 
「これは、別に保存しよう……」

 小悪魔はその本をメモから外した。
 
 魔法のことしか書いていない本。そのどこにも、当時のことなど綴られていない。けれ
 どそこには、大きな思い出があった。
 
 何もないけれど、その本の存在こそが己の歴史の1ページなのだ。
 
 その本を棚の空いたスペースに置いておき、小悪魔はメモ作業を再開した。書庫の掃除
 は大変なのだ。のんびりしている暇はない。大掃除中に昔のアルバムなどを見つけて思
 い出に浸るようなことは出来ないのだ。
 
 それは後回しである。小悪魔はその本を一瞥して、隣にあるたくさんの本に目を移した。
 思い出を綴ることの出来ない本。しかしそれは、小悪魔にとって確かな思い出を刻んだ、
 アルバムだった。
   


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