小  説

81-2 雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編 第二話 雪景色(その2)

「だーっ!!やめんか!寒い!」
「お祭りがあるんだから早く起きてよぉ!」
「祭り?」

 綾華から布団を奪い、体に巻きつける。あっという間に槙人は布団達磨になってしまっ
た。ただでさえかけ布団とパジャマは薄めなのだ。失うととても寒い。

「そ、初雪祭り」
「・・・へえ。そんなのがあるのか」
「うん。だから行こ」
「やなこった」

 言うと、槙人は布団にくるまったまま横になった。

「ああんもう!お兄ちゃん!」

 見かねた綾華が槙人を揺さぶる。

「眠いし寒いんだよ。お前一人で行ってくれ」
「そんなこと言わないでさー。楽しいよ?」

 それに対し、槙人は寝たふりを試みた。わざとらしい寝息を立ててみる。

「・・・むー。別にいいけどぉ。その代わり、御飯はないよ?」

 寝息が一瞬止まる。それを見逃す綾華ではなかった。

「寝てたきゃ寝ててもいいよ?でも私夕方近くまでいないからね?一食凌ぐくらいの食料
はあるけどぉ、おいしさの格が違うと思うなあ。第一お兄ちゃんの料理って大しておいし
くないしねー。外に行くにしても、それなら私と一緒にいるのとあんまり変わらないよね。
それに・・・」

 早口に綾華はまくしたてる。布団の中でも、その笑みは容易に想像がついた。確かに、
一人暮らしの経験もあって槙人も多少の料理くらいはできる。だが、それほどうまくない
のも事実だ。加えてここのところ綾華の作った食事しか食べていない。綾華の方がずっと
槙人より料理はうまい。たかが半月くらいで舌が肥えるとは思えないが、あまり自分で作
る気はしなかった。

「ねー行こうよー。ねぇ!」
「・・・ああもう。分かったよ!」

 執拗な綾華の誘いに、とうとう槙人は観念した。溜め息をついて起き上がる。

「わうっ。だからお兄ちゃん好き」
「うるせえ。じゃあ着替えるから、部屋から出てってくれや」
「うん」

 軽い足取りで綾華は部屋を出て行った。少し遅れて階段を降りる音も聞こえる。槙人は
布団から抜け出した。

「冬服じゃないと駄目だな。コート・・・どこだっけ」

 引っ越しをしてから開けてない段ボール箱はまだいくつかある。その中から服と書かれ
た物を選び、厚手のものを取り出していった。
 十分後、身支度を整えて槙人は玄関へ向かった。綾華がそこで座って待っていた。

「遅いよお」
「お前が早いんだ。ほら行くぞ」
「うんっ」

 不満そうな顔も、すぐに笑顔になる。一日の八割くらいは笑顔なのではないかと、どう
でもいい事が頭をよぎった。
(仮にそうでも、そのまた八割は打算的なものだよな。きっと)
 二人は外に出た。
 白い雪。白い空。白い地面。そして、白い息。

「寒いねー」

 はぁーっと綾華は息を吐いた。白い空気が雪に混じって、消えて行く。

「じゃ、行くか」
「うん」

 門の所まではすでに往復した足跡が見られた。恐らく綾華が新聞を取りに行った時のも
のだろう。そこを避け新雪を踏みしめながら綾華は蛇行する。たちまちあたりは足跡だら
けになってしまった。

「おいおい、子供じゃないんだから」

 そう言ってから槙人は、自分も足跡を避けているのに気づいた。

「だって楽しいじゃない。誰も踏んでいないところを踏みしめるのって」

 笑顔を絶やさぬまま綾華が返す。
 槙人は、それもそうだなと思った。ふんわりと積もった純白の雪。何の穢れもないとこ
ろに、自分が一番最初に足跡をつける。気持ちのいいものだ。子供の頃は競ってそんな事
をしていたが、成長した今でもそれは変わらないらしい。槙人は苦笑した。そして、傘も
ささずに駆けずり回る綾華を、自分の傘に入れる。

「はしゃぐのは後にしろ。また滑って転んで雪まみれになって泣きたいのか?」
「あ。あはは、そうだね」

 今更気づいたかのように綾華は笑った。そのまま槙人の腕に抱きつく。

「こら」
「相合い傘。いいでしょ?」
「駄目だ。自分の傘を使え」

 この歳で妹と相合い傘など恥ずかしすぎる。しかも綾華の調子だと、カップルに見られてしまう可能性もあった。
 綾華はしぶしぶ自分の傘をさした。

「まあさしたって、神社が混んでれば、閉じざるを得ないんだけどね」
「そうだな。あんまり意味ないかもな」

 屶瀬神社は、島の中央を走る道路の終わりにある階段を昇った先に立つ。だが、姫崎家
からそこまでは百メートルもない。傘の必要性はほとんどなかった、しかもすでに参拝客
が目の前を歩いて行っている。とてもじゃないが、堂々と傘をさせる状況ではなかった。
 仕方なく槙人と綾華は傘を閉じて門を出た。

まだまだ続くぜ!!


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