小  説

83-2 雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編_第四話 マリンブルーの絆(その2)

 振り向くまでもない。市川だ。立ち直ったらしい。
 市川はズカズカと槙人の傍に歩み寄って来た。

「貴っ様ぁ!そんな楽しそうなイベントに何故俺を誘わん!?」
「何が」
「バカモン!夏といえば海!海といえばこの俺、市川!これは世界の常識だろうが!」
「お前の脳内常識なんか知るか」
「知っておけ!」
「そんな無茶ナ・・・」

 困った顔でエレアが笑う。槙人は溜め息をついた。

「つまり、混ぜて欲しいのか?」
「その通りだ!」
「偉そうに言うな。えーとだな・・・」

 しかし、そこで槙人はふとためらう。
 市川は訳の分からない男だが、水着姿の女の子を見てハッスルしすぎるような輩ではな
いだろう。その辺りは安心しても良さそうだ。
 しかし、それを除けば危険人物以外の何物でもない。おもしろがって、あらゆる嫌がら
せを仕掛けてくるだろう。
 そこで。槙人は一計を案じた。

「行き先は沖縄。八月の初っ端な。宿の方は俺がやっとくから、飛行機のチケットはお前
やっとけよ」
「おお!任せとけ!」
「あと、現地集合な」
「イエッサ!」

(よしこれで徹いた)

 槙人は心の中でガッツポーズをした。
 槙人達がいなくても、水着天国だ。市川だったらすぐに頭を切り換えるだろう。
 市川が来た時の事態を、槙人は瞬時に想像したのだ。
 多分、綾華と何かする。
 腹黒いという点で、二人は赤面している。それで二人で協力して、槙人に想像を絶する
悪戯をする可能性があるのだ。
 或いは対立するかもしれない。狐と狸の化かし合い、もしくはコブラ対マングース。そ
んな闘いが見られるかもしれないが、被害を受けるのは槙人に決まっている。
 どちらにしろ、相乗効果でとんでもない事をやらかすのは目に見えていた。まさにカオ
スだ。

(許せ市川。沖縄で水着のオネーチャンと仲良くな)

 槙人は一応、クラスメートの行く末を案じてやった。


「お兄ちゃーん!」

 ホームルームが終わり、槙人が下校しようとすると、校門のところで綾華が手を振って
いた。

「なんだ。待っていたのか?」
「うん」

 槙人が転校してから一週間くらい、綾華はいつも帰りを待っていた。それ以降はしなく
なったものの、何かしようとしている時には、意味深な笑みと共に待つこともあった。
それと同じかと思い、槙人は少し身構える。
が、すぐに行動に出ることはしなかったので、とりあえず一緒に帰ることにした。

「お兄ちゃん、成績どうだった?」

 その途中、綾華が尋ねてきた。

「ああ、それな・・・」

 槙人は、綾華が待っていた理由を理解した。海に行けるかどうか、それが訊きたかった
のだろう。

(そんなに俺と行きたかったのかね・・・)

 最近は槙人も、綾華と一緒にいるのは恥ずかしいとは思わなくなっている。
だが、綾華のように、いつも一緒にいようとも思わない。
 綾華がそこまで自分に執着する理由は、いったい何なのだろう。

「・・・どうだったの?」

 槙人が黙ったのを見て、不安になったらしい。綾華が顔を覗き込んできた。
 思考が逸れていたようだ。槙人は頭を掻いた。

「実は、海に行くことなんだが・・・」

 と、わざわざ勿体ぶって話す。
 常日頃から綾華にはからかわれているので、たまには仕返しをしてやりたかった。

「・・・」

 すこぶるわざとらしいが、それなりに曇った表現を見せる。

「・・・そう、なんだ」

 その沈黙に、綾華は見事に騙された。悲しそうに俯いてしまう。

「・・・ちゃんと、一緒に行こうな」
「・・・え?」

 綾華は顔を上げた。安心させるように、槙人は笑いかけた。

「赤点ゼロだ。なんとか、補修は免れたぜ」
「本当!?」
「ああ」
「そっかあ。良かったあ・・・」
 ほーっと、綾華は深く息をついた。


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