大妖精支援SS

入場前の攻防

 八雲藍はとまどっていた。
 ここは最萌トーナメント会場の最終選手控え室である。不思議なことに、この会場では選手個人の控え室を抜けると、その先は1つの部屋に通じている。両選手はそこで互いに顔をあわせ、健闘を称え合ったり挑発し合ったりする。そこから個人の廊下を通じて再び試合場で対戦することになる。
 自分の主である紫や、式の橙と話も済ませ、藍はその最終控え室で試合相手、大妖精を待っていた。既に前の試合は終わり、刻々と自分の試合の時間が迫っている。
 だが、どういうわけかその大妖精が姿を現さないのだ。
 急病かとも考えたが、それならばスタッフが何かしら連絡をよこすわけである。一体何故大妖精がやってこないのか、不思議に思いながら藍は椅子に座っていた。
「……まあ、棄権ということはないだろうし。何があったんだろう」
 時計を見て、藍は思案する。無論答えなど出るはずがないが。
 と、そのとき、大妖精側の控え室の扉が開いた。中からは冬の妖怪らしき声が聞こえてきたが、その内容から察するに、どうやら大妖精はそこにいるようだった。
「ああ、ようやく来たのか。一体何をして……」
「あははは〜」
 藍は椅子から立ち上がり大妖精を迎えようとした。だが、扉から出てきた緑髪の妖精はものすごい千鳥足で正面の壁に体当たりしたのだ。
「え?」
「あたたた……。あ〜、藍さん、こんにちは〜」
 額を抑えていた大妖精は、藍に気がつくとにこやかに手を振った。
 その顔は真っ赤に上気していた。
「よ……」
 藍はその大妖精の様子に、絶句してしまった。
(酔ってるー!!?)



「ど、どうしたんだ!?試合前なのに酒なんか飲んで!?」
 ふらふらな大妖精に、藍は慌てて駆け寄った。大妖精の吐く息が異様に酒臭い。一体どれほど飲んできたというのか。
 藍が座り込んでしまった大妖精を抱き起こそうとすると、大妖精は途端に不機嫌そうな表情になった。
「……ふーんだ。人気者の藍さんには、不人気者の気持ちなんか分からないんですよー」
 ぷいっとそっぽを向く大妖精。藍は一瞬何のことか分からず混乱したが、どうやら今回の試合についてやさぐれているらしいことが分かった。
「い、いや。私だってそれほど……」
「むー、嫌味ですか?それ」
 じろりと大妖精は藍を睨む。藍はうろたえて弁明しようとした。
「そ、そういうつもりでは……」
「うー……」
 しかしそれは、むくれた顔の大妖精に遮られた。
「いじわるー!えーい、藍さんなんか、こうしてやるー!!」
「は?」



「おはあああああああ!!?」
 完全に不意をつかれた藍は、自分の頬に当てられた、柔らかくて湿ったものが何であるかを認識すると、茶吉尼天もかくやの勢いで壁にはりついた。
「なっ、ななな何を突然!橙にもろくにされたことないのに!」
 さりげなく本音が半分出る。本人がいなくて幸いだったろう。
 あまりに素直な反応をする藍に、大妖精はけらけらと笑う。
「あはは〜、藍さん可愛い〜」
 笑いながら、大妖精はふらふらと藍に近づいた。
「な、何を……?」
 藍はその場から動けなかった。別に殺気が感じられるわけではないのだが、大妖精がわきわきと動かすその手から、何か別のものが感じられた。
「う〜ふ〜ふ〜。藍さんが意外にウブなことが発覚。ならば……」
 ただならぬオーラを発して大妖精は歩み寄る。
「ならば、今ここで闇討ちしてやるー!実力じゃ勝てないから体に訴えてー!!」
 がばっと大妖精は藍に飛び掛った。実力ならば確かに負けはしないが、このときの藍は既にそんなことを考えている余裕などなかった。
「体って何ちょっと待ってやめてー!!」
「待て〜!!」
 とっさに壁から逃げ出す藍。それを信じられない反射速度で追いかける大妖精。
「いやー!待って待って誰か助けてー!!」
 残念ながら、最終控え室には選手とスタッフ以外入れないのだ。藍の叫びむなしく、スタッフが試合開始を告げるまでそのおにごっこは続けられたのだった。





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