小  説

06-たまにはそんな日も 後編

「魔理沙は自分の家ってあんまり他人に教えたがらないのよね」
「はあ、そうなんですか」 
 魔理沙の家は湖近くの森、通称魔法の森と呼ばれるところにあるという。割と近めの場
 所だったので、本を持って帰るには苦労しなさそうだった。
「……霊夢さんは」
「ん?」
「魔理沙さんと、仲がいいんですよね?」
「……う〜ん。まあ、そうなのかな。どっちかって言うと、腐れ縁だと思うけど」 
苦笑して、霊夢は答えた。
「……そうですか」 
その言葉の裏に隠された意味。それは、自分と大して変わらないものだと思う。 
きっとこの少女も、「日常」を楽しんでいるのだろう。
「……何笑ってんの?」 
肩越しに霊夢が小悪魔を見ていた。自然に顔がほころんでいたらしい。
「あ、いえ。その言葉、深く考えなくていいんですよね?」
「?よくわかんないけど、そうなんじゃない?あ、ほら、あれよ」 
霊夢は、森の中を指差した。わずかに、木々の間から屋根が見えた。
「はあー。目立たないとこにありますねー」
「まあね。夜は特に」 
2人は霧雨邸の前に降りた。
「呼び鈴か何かないですか?」
「前はあったんだけどね、何かの実験中に壊したんだって。ドアごと」
「何やってるんでしょうか、この人は……」 
あきれる小悪魔をおいて、霊夢はドアに近づいた。そして、急によさげな回転をつけると、
ドアに向かって上段回し蹴りを放った。 
景気のいい音が森にこだまする。
「魔理沙ー!!起きろー!!」 
続いて中段を連続で叩き込んでいく。蹴り込んでいくともいうが。 
ドカドカと破壊の音が繰り返されれば、さすがの魔法使いも目を覚ましたようだった。
「うるせー!!」
「ふせてっ!!」 
中から怒声が聞こえた瞬間、霊夢が地面に伏せる。訳が分からないまま、小悪魔もそれに
従った。 
刹那、頭の上を光が駆け抜けていく。それが魔理沙得意のマスタースパークだと小悪魔が
認識したときには、後方の木の
大部分が灰になっていた。
「……何だよ?」 
かつてドアがあったところに魔理沙が立っていた。怒り心頭なのが暗闇の中でも良く分か
る。 
霊夢は、そそくさと小悪魔の後ろに回りこんだ。
「はい、じゃあ用があるのはあんただから、あとよろしく」
「……すっごい、言い出しにくいんですけど〜」 
選択肢は3つあった。 
1つ目。予定通り押し入ってでも本を取り返す。 
2つ目。とりあえず機嫌を直させてから本のことを切り出す。 
3つ目。このまま逃げる。 
だが、どれをとっても殺されそうな気がした。それほど今の魔理沙からは殺気が感じられた。
「何の用だよ霊夢。こんな時間に。人間ってのは夜行性じゃないんだぜ?」 
しかし、意外にも魔理沙はいつもどおりの口調で話した。今のマスタースパークである程
度発散したのだろうか。
「知ってるわよ、それくらい」 
その様子に気づいたのか、霊夢はあっさりと返した。念のため、小悪魔を盾にしたままで
あるが。
「……お前、パチュリーのとこにいたやつだろ?」 
ふと気づいたように、魔理沙は小悪魔を指差した。
「そ、そうです」 
なるべく逃げ腰にならないよう、精一杯足を踏ん張って小悪魔は答えた。
「……なんでここにいるんだ?」
「本を返してもらいに来ました」
「帰れ」 
すぱっと魔理沙は言い放った。
「あのう……」
「私は見てのとおり忙しいんだ。安眠妨害は駆除するぜ?」
「魔理沙さんがちゃんと本を返してくれるなら、わざわざ来たりしませんよ」 
小悪魔は少しすねた素振りを見せる。
「あー、言われなくても明日返すつもりだったぜ」
「セリフが棒読みよ、魔理沙」 
後ろから霊夢がツッコミを入れる。
「とにかく、返してくれなきゃ困るんです」
「……あー、分かったよ。勝手に持ってけ」 
頭をかきながら、魔理沙は中に戻っていった。小悪魔と霊夢もそれに続く。
「まったく……霊夢が夜這いをかけに来たのかと思っちゃったじゃないか」
「レミリアじゃあるまいし、その可能性はないわよ」
「そうか、残念だな」
「……残念なんですか?」
 
魔理沙邸の中は、まるでゴミ屋敷だった。いたるところに蒐集品と思われるものが転がっ
ている。中には重要なものも
あったりするのだろうが、こうも散らかっていては、価値も何もなかった。
「で、本はどこにあるんですか?」
「さてねえ」
「さてねえって……」
「読み飽きたやつはどっかに放置してあると思うぜ」
「……じゃあ、なおさら返してくださいよ〜」 
あれだけ熱心に読んでいたので、てっきり大切に保管しているものと思っていた。自分の
苦労は一体何なのかと、
小悪魔は泣きたくなってきた。
「まあ、テキトーに探して持っていってくれ。私は寝るから」
「無責任な……」
「真夜中に無理矢理起こされたほうの身にもなれ」
「それは謝ります。けど、毎日本を持って行かれるほうの身にもなってください」
「まあいいよ。それじゃあ寝るからな」
「分かりました。勝手に持って行きますよ」
「霊夢、一緒に寝るか?」
「そう言うと、ホントに私が夜這いかけにきたみたいじゃない」 
巫女と魔法使いは、そのまま部屋を出て行った。魔理沙の話によると、図書館の本は小悪
魔が今いるこの部屋に全てあるらしい。
ここ以外では読んでいないそうだ。仕方なく、小悪魔は本を探し始めた。
「……にしても、すごい量。これだけあったら、魔力反応起こしちゃうんじゃないかな」 
実際、この部屋の床はほとんど見えなかった。隅にはモノが塔のように積みあがっている。

「あー、これもだ。これも……。はあ〜……」 
本は次々と見つかっていった。それだけなら、喜ぶことだろう。しかし、この部屋におい
ては、見つけたものを置く場所がないのだ。
まして、本の数はとっくに3桁を超えている。だから必然的に部屋の掃除をしなければな
らない。
「……なんで私が……」 
図書館並みの埃の量に閉口しながら、結局小悪魔は掃除もし始めた。結果的に本が全部見
つかるから、と、全く割に合わない利点を
無理矢理ポジティブに考えて。
「これは……こっち。これは……なんだろ?こっち置いとこ。なんか怖い……」 
改めて見てみると、相当量の蒐集品だった。しかも、かなり質がいい。やはり、魔理沙は
魔力品に関しては目が肥えているのだろう。
「でも……整理くらいはしてほしいなあ……」




 
本の収集、および部屋の整理が終わるころには、夜が明けてしまっていた。大量の本を外
に出し、紐で縛ってまとめてから、
小悪魔は2人が寝ている部屋の前まで来た。
「それじゃあ、持って行きますね。霊夢さん、道案内、ありがとうございました」 
小声でそう言い、頭を下げる。2人には当然見えていないし、聞こえてもいないだろう。
けれど、言っておくのが礼儀というものだ。
一応置手紙もしておいて、小悪魔は外に出た。 
盗られた本の数、実に247冊。近いとはいえ、これだけの量これだけの重さを運ぶのは、
考えるだけでも嫌になる。
「……行こう」 
ため息をついて、小悪魔は空を飛んだ。 
眠い。それに空腹も限界だ。何より、昨日からずっと働きづめで疲れている。しかし、早
く帰らなければパチュリーが起きてしまう。
朝起きたら持っていかれていた本が全て戻ってきている。それを見せて喜ばせたかった。 
ふらふらになりながら、湖の上を飛ぶ。紅魔館(ゴール)は目の前だった。 
だが。 
ゴールの前に、障害はあるものだった。
 
ぶち、と。とてつもなく不吉な音がした。 
途端、小悪魔の体勢が崩れる。
「あ、わ!?」 
慌てて持ち直したときに、下のほうが見えた。
「あ……ああー!!」 
数冊の本が、湖にダイブしてゆくのが、スローモーションではっきりと目に映った。 
紐が切れたのだ。
「あ、あ、あ、あ、あ!」 
湖から、飛沫が上がる。それは、死を目の前に突きつけられたかのようだった。
「…………は、早く引き上げなきゃ!!」 
取り乱して残りも全て落とさなかったのは上出来だった。小悪魔は、急いで岸辺に降り立
つ。本をそこにおいてから、服を脱ぎ始めた。
着たままでもかまわないのだが、運ぶときに雫がたれては何にもならない。下着はつけて
おいて、小悪魔は水に飛び込んだ。 
水につかった時点で、早くも遅くもないのだが、見失う可能性があった。落とした位置は
覚えている。数は9冊だ。澄んだ湖の中を、
小悪魔は必死で泳いだ。
 
落とした地点に着くと、7冊はすぐに見つかった。とりあえず1番近い岸に戻してから、
残り2冊を探す。何度か呼吸をしに水面とを
往復しながら、1冊を発見。
「あ……あと1冊……」 
大きく息を吸って、もう一度水に潜る。夏だから泳ぐにはちょうどいい、などと言ってい
られない。ある程度潜ったところで小悪魔は
潜行を止める。周りと、見える限りの湖底を見回した。
(!) 
見つけた。泥が付着しているが、間違いない。本をつかむと、小悪魔は水面に戻った。
「ぷあっ!!」 
水面で荒く息をする。少し整えてから、水から飛び立ち、岸辺に戻った。そこから、先ほ
ど残りと服を置いた場所へと移動する。 
随分時間がかかってしまった。日はとっくに昇っている。パチュリーもそろそろ起き始め
るころだろう。ずぶ濡れの自分と本に、
なんと言うだろうか。そう思うと、自然とため息が出る。
「……あれ?」 
しかし、本を置いたところに戻って、小悪魔は自分の目を疑った。 
本が、ない。
「あ、あれ?あれ!?」 
濡れた本を抱えたまま、小悪魔は辺りをきょろきょろと見回す。だが、本はどこにも見え
なかった。場所を間違えたということはない。
自分の服はあるのだ。服だけを残し、あとの238冊は消え去ってしまった。
「そん……な……」 
小悪魔は、その場にへたり込んだ。今起きていることが信じられない。誰かが持っていっ
たのだろうが、「ここにない」ということが、
小悪魔を絶望させた。 
目の前が真っ暗になった。 
自分の苦労なんかどうでもいい。本をなくしたことのほうがずっと重要だった。200冊
以上の本をなくしたのだ。魔理沙の家にあった
のなら、まだ探しようがあった。だが今は、どこの誰が持っていったのか全く分からない。
もしかしたら魔理沙がまた持っていったのか
もしれないが、あれだけの価値が分かる者ならば、誰だって持って行くに違いなかった。 
そして、手元にあるのは、水につかったたったの9冊。文字なんか読めるはずがない。 
つまり。
 
小悪魔は、自分の手で全ての本を失ったのだ。

「……………………」 
ショックで何も考えられなかった。下着姿のまま、体も拭かずずっとそこに座っていた。 
涙が出て、ようやくそれは終わった。
「……!……っ!…………っ!!」 
声にならない泣き声。小悪魔は地面にうずくまって、自分の行動を悔いた。 
なんて、ことをしてしまったのか。 
どれだけ悔やんでも、悔やみきれない。本当に取り返しのつかないことをしてしまったの
だ。 
取り返したはずの主の所有物を、わざわざ自分の手で失うなどと。
「う……うぇっ。うぅ……あうっ!あぁああ……」 
悲しい嗚咽が、森に響いた。




 
太陽もすっかり昇りきったころ、ようやく小悪魔は紅魔館に戻ることにした。 
自分がどうしようもないことをしてしまったことなど知る由もない図書館の主は、きっと
心配しているだろう。とりあえず帰って、
事実を話すしかない。どれだけ怒られてもかまわない。それだけのことをしてしまったの
だ。 
はれぼったい顔を一度洗い、服を着て、水に濡れた、悲しいくらい少ない本を抱え、小悪
魔は空へ飛んだ。紅魔館はすぐそこにあった。
 
図書館の中は相変わらず暗かった。その中でぼんやりと明かりが見える。おそらく、パチ
ュリーがまた研究をしているのだろう。
「パチュリー様……」 
その後ろに立って、おずおずと小悪魔は呼びかけた。
「あら、お帰り。どこ行ってたの?」 
主は、いつもどおりの口調で振り向いた。
「あ……あの……」 
正直に話すつもりだったが、いざ相手を目の前にすると、小悪魔は縮こまってうつむいて
しまった。 
だが、話さないわけにもいかない。小悪魔は顔を上げた。
「パチュリー様、申し訳ありません!!」 
そして、すぐにまた頭を下げる。
「何が?」
「あ、あの……。私、夜中に魔理沙さんの家に本を全部返してもらいに行ってたんです」
「うん」
「それで……返してもらったんですけど、その……途中で、なくしてしまったんです」
「……なくした?」 
パチュリーの言葉に、怒りは感じられなかった。単に驚いているだけのようだ。 
だが小悪魔はますます小さくなる。
「帰る途中で、紐が切れて……いくつか湖に落としてしまったんです。それで、残りを岸
に置いておいたんですが、全部集めて戻ったら……。
ひっく……それ、で。なくして……持って帰ってこられたのは……うぇ、こ、れだけ、な
んです……」 
終わりのほうは涙で声がかれてしまった。のどがひりひりと痛む。小悪魔は、びしょびしょ
になった本をパチュリーに差し出した。
「……あら。これはまた、見事なものね」 
あきれた声が小悪魔の耳に届く。
「もっ申し訳ありません!!私、良かれと思ってしたことなのに……なのに、こんな……
ご、ごめんなさい……ごめんなさい……」 
頭を下げたまま、小悪魔はただ、ごめんなさい、ごめんなさいと謝り続けた。何をされて
も良かった。自分の愚かさが招いた結果なのだ。
覚悟はできていた。

「……ありがとう」 
返ってきた言葉はそれだった。一瞬、意味が分からなかった。思わず、小悪魔は顔を上げた。 
パチュリーは微笑んで、小悪魔の頭をなでた。
「大変だったでしょ?」
「あ、あの……」
「事情は分かったわ。でも、大丈夫」
「え……?それは、どういう……」
「あなたの言った本は、全部返ってきてるわ」
「え?」「魔理沙が、届けにきてくれたわ」 
パチュリーがそう言うと、本棚の陰から、魔理沙が顔を出した。
「魔理沙、さん……?」
「あー、その。悪かったな」 
魔理沙は、バツが悪そうに頭をかいた。
「いや、あのさ、お前あの部屋片付けてくれただろ?」
「あ、はあ……」
「まあ、なんつーか、感謝の気持ちってヤツだ。ちょっと礼でも言いに行こうと思ってな。
そしたら、お前が湖で必死になんかやってるから、
これは重いだろうと思って、持ってったんだよ。お前は気づいてなかったみたいだけど」
「…………」 
持って行ったのは、結局魔理沙だったらしい。ただ、その行き先は紅魔館だったようだ。
「濡れたほうも、乾かしてインクの字を元に戻すなんて、私ならわけないわよ」 
横で、パチュリーが言う。だが、小悪魔はもう聞いていなかった。 
さっき出尽くしたはずの涙が、またあふれた。
「それなら……」 
視界がにじんで、どんどん暗くなる。
「それなら……せめて一言言ってってくださいよぉ〜。ふええええぇぇぇ〜……」
 
――ごと。
 
小悪魔は、ふっと床に倒れた。
「お、おい大丈夫か?」 
慌てて魔理沙とパチュリーが駆け寄る。
「……寝てる」
「寝てる?」 
パチュリーの言うとおり、小悪魔は寝息を立てていた。
「まあ、当たり前よね。昼にあんたの相手して、修復作業を夜中までやって、そのままあ
んたの家まで本を取りに行ったんでしょ?
その上なくしたと思ってた本が出てきたんだもの。張り詰めていたものが切れたのよ。そ
れでなくても、ここのところストレスたまってたみたいだし」 
パチュリーは、苦笑して小悪魔を抱き上げた。
「まったく……無理しすぎよ。私のためとか思ってるんだろうけど」
「大変だな、こいつも」「8割方あんたのせいってことを忘れないでね」 
パチュリーは、小悪魔を自分の部屋のベッドに寝かせた。タオルで濡れた髪を拭いてやる。
「起きたら咲夜に言って、何か消化のいいもの食べさせてあげないと」
「今日は、こいつは休ませるのか?」
「そのつもり。たまにはそんな日もないとね」
「そうだな。じゃあ、私も今日は本は借りないことにするぜ」
「あら珍しい」「ま、たまにはそんな日もいいんじゃないか?」
「あんたが言えたセリフじゃないけどね」 
パチュリーは、小悪魔の頭をそっとなでると、魔理沙と一緒に部屋を出た。
 
願わくは、彼女が良い夢を見られることを。
「ん……パチュ……さま……」







 
翌日。 
図書館では、またもテロのような爆発騒ぎが起きている。
「昨日持ってかなかったそうじゃないですか!今日も持っていかないでください!」 
赤い髪の悪魔が、箒に乗った魔法使いを追いかける。
「昨日持ってかなかったから、今日持ってくんだろ」
「いい加減に……!」 
小悪魔が全部言い終わる前に、魔理沙はまたしてもスペルカードを発動させた。その爆発
にまぎれ、紅魔館を飛び出す。
「あんなのは、あくまでたまにだぜ」
 ここで起きる争いは、どこかのどかなものである。それは、「日常」のように起きるこ
 とだから。 
とどのつまり。 
今日も今日とて、幻想郷は平和なのであった。



戻る