小  説

10-結成! 紅髪不幸同盟! 前編

「あううううぅぅぅ〜……」

 夜の紅魔館。掃除と警備が主のメイドたちにとって、仕事が終わったあとの解放の時間
である。食堂では、いくつかのグループが楽しそうにおしゃべりをしていた。基本的に、
紅魔館の掃除はグループで掃除箇所を分担するので、同じ割り振りの者同士で話すことが
多い。廊下なら廊下、庭なら庭、図書館なら図書館である。

 紅魔館内の魔法図書館は、どちらかというと掃除に割り当てられるメイドの数が少ない。
名前のとおり、魔道書がうんざりするほど並べられているし、相当に埃っぽいのに、だ。
 理由は、図書館の管理を担う司書の働きがいいからである。たった1人にもかかわらず
館内のほぼ全ての本の内容と位置を把握しており、1日中埃や毛玉と奮闘する。普通なら
ばあれほど広い図書館をずっと掃除し続けるのは辛い。しかし、好きこそもののなんとや
ら。図書館の司書は本と本の手入れが大好きなのだった。

 その司書である小悪魔が、半泣きの状態で食堂に入ってきた。服も髪も埃まみれで、顔
にはところどころ火傷の痕があった。

 紅魔館内のメイドは、今やそれを見ただけで何があったのかを推察することが出来るよ
うになっていた。恐らくは、いや間違いなく、黒くてすばしっこいやつに翻弄されていた
のだろう。食堂でまかないを担当する者たちも、毎日ボロクソになって夕食を取りにくる
小悪魔に、同情の念を禁じえなかった。その度に、ご飯がちょっとだけサービスされてい
ることに小悪魔は気づいていない。

「B定食サラダつきで……」

「はい」

 カウンターにもたれながら、小悪魔は力のない注文をする。今日は特に疲れた。このま
ま眠ってしまいたいが、自分の主であるパチュリーが寝るまでは起きていなければならな
い。第一、魔理沙に増やされた仕事がまだ残っていた。

 夕食を持って、空いている席につく。箸を持つのも面倒になるくらい、体がだるかった。

「はあああぁぁぁぁぁぁ〜……」

 小悪魔は深い深いため息をついた。

 今日は魔理沙が自家製の滋養強壮剤をパチュリーに飲ませ、喘息と息の根を止めかける
という事件があった。起きたパチュリーは本当に元気になって、スペルカードを乱発。本
棚に甚大な被害。魔理沙の火事場泥棒。再び倒れるパチュリー。その看病に追われ掃除も
ままならず、今日の図書館は埃だらけである。先日買った空気清浄機も壊れかけていた。

 重い仕事が、小悪魔の肩にのしかかる。

「はふぅ〜。疲れた……」

 ため息をつきながら小悪魔は食べ始めた。手と顔を洗ってくるべきだったかもしれない。
ご飯が埃っぽい気がした。

「あ〜あ。疲れたぁ〜」

 小悪魔がもそもそと食べていると、後ろから自分と同じような口調の声が聞こえた。

「……あ、美鈴隊長」

 そこにいたのは紅魔館館外警備隊隊長、門番紅美鈴だった。美鈴もまた、泥だらけ擦り
傷だらけだった。

「あ、お疲れ……」

「お疲れ様です……」

 2人は互いに無気力な挨拶を交わす。美鈴は小悪魔の向かいに座った。

「隊長、今日は早番だったんですか?」

「うんにゃ。これからよ。緊急出動があったから……」

 仏頂面で美鈴は箸をつけた。

 霊夢と違って、魔理沙は紅魔館に入ることを許されていない。入ったら不法侵入だ。侵
入者の排除は警備隊の務め。最終的には門番である美鈴が出撃することになっている。

 しかし、魔理沙は傷1つ負わずに図書館に入り込んでくる。つまりそれは、美鈴に圧勝
したということに他ならない。紅魔館ではトップクラスの実力を誇る美鈴をあっさり破っ
てきたのだ。

「大変ですね……」

「まあね。でも侵入者が来たって言われて、私が出ないわけには行かないでしょ?」

「ええ……」

 たとえそれが敵わない相手だったとしても。幾度となく戦って勝利数はゼロ。引き分け
もゼロ。敗戦率100%。そんな敵に毎日挑まなければならない美鈴の心境は、一体どん
なものなのだろうか。自分もボコボコにやられているから、気持ちは分からないでもない
が。

「……今日なんかさ、行きだけじゃなくて帰りも攻撃してきたのよ。あのスピードで、後
頭部に箒をガン!文字通り体重乗せてさ」

「うわ……」

 美鈴は、後頭部を軽くとんとんと叩いた。小悪魔の顔がひきつる。

「一瞬意識がトんだわよ。すぐに立ち直って撃ち落とそうとしたんだけど、返り討ち。お
まけに門の一部ぶっ壊しやがって……!」

 ダムダムとテーブルを叩く美鈴。酒に溺れた人間みたいに涙ぐんでいた。多分、これか
らその修復にあたるのだろう。ますます自分と境遇が似ていた。

「……気の効いたことは言えないですけど、その……がんばってください」

「ありがと。でも、あいつの行き先って確か図書館でしょ?あなたも被害受けるんじゃ……」

「ええ。今日もまた乱痴気騒ぎで本棚が壊されました。あとで直さないと……」

 しばしの間。そして同時に吐き出される青いため息。

「はあぁ〜……」

 とりあえず、しばらく2人は無言で箸をつついていた。

「こんなんじゃ、食欲も減るわよねえ」

「……にしては多いですよね、隊長」

 美鈴のメニューは、小悪魔の倍くらいの量がある。なんでこんなに食べられるのだろう。
おまけにこれだけ食べてもうらやましいプロポーションを維持していられるのだから、
世の中不公平である。一応これでも美鈴の食欲は減退しているのだが。普段は倍ではなく
3倍食べているのを、小悪魔はよく知っていた。

「そうかな。まあ、食べないともたないからさ」

 美鈴は苦笑する。どうも無自覚らしい。恐ろしい食欲だった。見ているほうが腹いっぱ
いになる気がする。

「はあ……。どうにかならないかなあ」

 1度箸をおいて、小悪魔は再度ため息をついた。

「そうよねえ。私1人じゃどうにもならないし、うちの警備隊もだいぶやられちゃってる
し…………ん?」

 ふと、美鈴は何か思いついたようだった。箸をくわえたまま、視線を空にさまよわせる。

「隊長?」

「1番上があの2人として……次点が咲夜さんと……パチュリー様で……」

 美鈴は指を折りながらぶつぶつ言っている。考えがまとまるまで、小悪魔はとりあえず
食べることにした。

「ねえ」

「はい?」

 少しして、美鈴が顔を上げた。

「あなた、紅魔館の中じゃ実力あるほうよね?」

「え?」

 不意に、考えた事もないことを訊かれ、小悪魔は戸惑った。

「う〜ん。咲夜様直属のメイド部隊の方のほうが強い人はいますよ。ほら、副メイド長さ
んとか」
 副メイド長は、赤と青の針状の弾幕を円形に発射する。弾が高速なため、かなり強い。
ただし、1度撃ち切ると2度目のタメに時間がかかる。撃ってる間は無敵なのだが、息切
れすると滅法弱かった。

「そういう弱点あるからね。その辺比べれば、あなたの大玉とクナイのコンビネーション
はかなり強いと思うわよ。ムラっ気あんまりないし」
「そ、そうですか?」

 小悪魔は魔理沙以外とはあまり戦ったことがない。せいぜい図書館に大量発生する毛玉
くらいだ。しかし、考えてみれば魔理沙はパチュリーや咲夜どころか、あのフランドール
さえも押さえ込める実力を持っているのだ。毛玉と魔理沙では、小悪魔の実力は測れてい
ないも同然だった。もちろん、レミリアを破った霊夢も参考にはならない。

「でも、結局魔理沙さんには敵わないですよ」

 今の論議は、魔理沙の強さを再確認しただけに過ぎないのではないだろうか。

「そうね。だからさ……」

「はい?」

「2人がかりでやらない?」

「……2人がかり?」

 美鈴の目が輝いていた。

「妹様に勝つようなやつに、私たちがサシで勝負挑んでも勝てるわけがない。となれば複
数でやるしかないわ。けど、あいつを止めるには実力のある者同士じゃないと太刀打ちで
きない。個人の戦闘能力から見れば、あなたは相当上位にいるはずよ」

「…………」

 確かにそうかもしれない。館外警備隊が100人出ても、魔理沙のマスタースパークで
一発だ。被害は大きくなるし、こちらのほうが動きにくくなる。相手が強いなら量より質
だ。少数精鋭のほうが効率がよい。

 小悪魔はその言葉に考え込んだ。持ち場が違うから今まで考えたことがなかった。1対
1ではどうひっくり返っても勝てないだろう。美鈴は実際紅魔館内で5本の指に入るはず
だ。タッグを組めば心強い。

「いけますかね」

「そりゃまあ、私たちが組んだって妹様にも勝てないわ。でも、戦況はこれまでとは格段
に変わるはずよ」

 確信を込めた力強い口調で美鈴は主張する。

「あいつを撃ち落とす必要はないのよ。いい?これは警備隊に配属された子皆に言ってる
んだけどね。『相手を倒す必要はない。せめて追い返せ。絶対に負けないこと。それが私
たちの最低条件』。これ、門番の心得ね」

 偉そうなことを言ってしまったかな。はにかむ美鈴からは、そんな気持ちが読み取れた。

 しかし、その言葉で小悪魔は確信した。大丈夫だと。この人は強い人なんだ。いつもは
少しとぼけた部分もあるけれど、実力は本物だ。

 だから、紅美鈴は紅魔館の番人なのだ。

 小悪魔も力強くうなずいた。

「やりましょう、隊長!」

「うん。よろしくね」

 その日、食堂で1つの同盟が結成された。

 共通点は、髪が紅いことだった。



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