小  説

17-一方その頃 〜東方妖々夢 第4話

 紅魔館の壁に巨大な穴が開いていた。
 抑えることを知らないれみりゃがスペルカードを使った結果だった。
 
「えっ。えぐっ。さくやぁ……」
「……た、隊長、生きてますか?」
「……何とか。辛うじてかすりで済んだわ」

 穴を中心に向かい合うようにして、小悪魔と美鈴はへたり込んでいた。瓦礫が数個当た
っただけで命に別状はなかった。1発だったとはいえ、ふらふらの体でよけきった自分を
ほめたかった。

「うぅ〜……」

 だが喜んでいられる状況ではない。早くも第2弾が来そうだった。今度は何だ。千本の
針の山か。

「れ、れみりゃ様!ですからね……!」
「そうだ!れみりゃ様、ケーキを作ってはいかがですか!?」

 充填中のれみりゃに小悪魔が提案をする。たった今思いついた対処法だった。叫びなが
らも小悪魔は次の策を考える。手は広げておかないと命が危ないからだ。

「けーき……?」

 ケーキという言葉に反応して、れみりゃがいったん泣きやむ。小悪魔は全力で笑顔を作
ってうなずいた。

「そうです。咲夜様なら明日必ず帰ってきますよ。でもきっとすごく疲れてらっしゃると
思います。ですかられみりゃ様、れみりゃ様がケーキを作ってあげてください。きっと咲
夜様の疲れも吹き飛びますよ」

 まくしたてるように小悪魔は説明する。理解できなくてもいい。れみりゃの心を静める
方法だ。本当にケーキなど作る必要などない。

「さくや、つかれてるの?」
「ええ、きっと。けれどれみりゃ様のケーキなら、咲夜様も喜ぶでしょう。作ってあげて
ください。私も手伝いますから、ね?」

 あやすように小悪魔は笑いかける。ポイントは「咲夜が喜ぶ」だ。それさえ理解してく
れれば、少なくともこれ以上の弾幕発射はないはずである。
 れみりゃは小悪魔を見つめていた。否、恐らくは見ていまい。表情を変えぬまま考えて
いるのだろう。
 しばらくして、れみりゃはうなずいた。花のような笑顔で声を上げる。
 
「うん!れみりゃけーきつくるね!さくやよろこばせるの!」
(勝った!!)

 2人揃って心の中でガッツポーズ。小悪魔はれみりゃを言いくるめることに成功した。
命の危機脱出。その安心感で、小悪魔はその場に座り込んでしまった。

「だ、大丈夫!?」

 美鈴が慌てて駆け寄る。
 
「ええ。ちょっと気が抜けただけです。それよりも隊長、すみませんがパチュリー様を呼
んできてもらえませんか?」

 もともと体力も気力も限界なのだ。かなりやつれた笑顔を美鈴に向ける。
 
「い、いいけど。何する気?」
「いや、このままじゃ明日にでもゴミ捨て場に行きそうな気がするので……。ちょっと、
気力充実してもらうだけです」
「ねー、はやくはやくー」

 状況の分かっていないれみりゃが小悪魔の袖を引っ張る。それだけなら可愛らしいこと
この上ないのだが、今背後にある穴は間違いなくれみりゃが作り出したものだ。自覚がな
いだけに余計恐ろしい。疑うことなく、この女の子はスカーレットデビルなのだ。
 ほとんど腰砕けの状態で小悪魔は立ち上がった。美鈴もふらふらだが、とにかくパチュ
リーを呼びに行った。

「が、がんばりましょうね、れみりゃ様」
「うん!」

 屈託のない笑顔。気持ちだけでも元気にさせてもらい、小悪魔は再びキッチンへと向か
った。




「さいしょはどうするの?」
「始めはスポンジを作るんです。れみりゃ様は粉をふるいにかけてください」

 手本を見せてから、分量を量った薄力粉とふるいをれみりゃに渡す。れみりゃは楽しそ
うにふるいを叩き始めた。その間に小悪魔はバターと卵を湯煎にしておいた。
 今の小悪魔は気力も体力も充実していた。パチュリーに頼んで回復してもらったのだ。
 だが、厳密には回復はしていない。残り少ない体力を魔法によって増幅し、無理矢理完
全回復状態まで引き上げたのだ。例えるならば、一滴の水を水蒸気に変えて体積だけを増
やしたといったところである。だから当然減りも激しく、弾幕1つ当たろうものなら即座
に脚にくることだろう。たとえ乗り切ったとしても、もともとないものを水増ししただけ
なのだから、魔法が切れた途端に凄まじい反動が来るのである。パチュリーは勧めなかっ
たが、れみりゃを放っておくわけにもいかない。ガス欠は覚悟の上で小悪魔は臨んだ。
 小悪魔が倒れたときのため、現在美鈴は仮眠を取っている。
 ふるいをかけおわった粉を入れてかき混ぜる。作業はなるべくれみりゃにやらせた。自
分が作っているという認識をさせたほうが良いだろう。

「そうそう、そうです。のの字を書くようにして、底から上へ……」

 それからバターを混ぜ、型に入れてオーブンで焼く。焼いている間にクリームを作るこ
とにした。

「それじゃあれみりゃ様、次に……」

 オーブンを閉め小悪魔は振り返る。その先にいたれみりゃは、ある一点を見つめていた。
 
「………………」

 れみりゃのすぐそばを、「マリサ」が駆け抜けていった。
 
「ふぇ……」
「……なんで」

 急速充填。拡散砲発射準備完了。
(なんでこんなときに来るんですか、魔理沙さんー!!)

「うええええええぇぇぇぇぇぇ〜ん!!」

 我を行くは幼きデーモンロード。混乱し薄れ行く意識の中、小悪魔は思う。

 これで生きてても、キッチン壊したから殺されるかも。







 朝がやってきた。咲夜はいまだに帰ってこない。
 美鈴と小悪魔は朝食の準備を始めていた。
 結局ケーキはおしゃかとなり、れみりゃはれみりゃでスペルを撃った後眠ってしまった。
小悪魔は美鈴に助け出されたが、半壊したキッチンを片付ける作業のせいで一睡もしてい
ない。夜を徹して修復したため、形だけは元に戻ったが、失ったものも多かった。咲夜が
帰ってくるまでに全てを取り揃えることは出来ないだろう。そもそも、ごまかすことが不
可能かもしれない。正直に事の顛末を打ち明けて、その上で折檻を受けたほうがいくらか
マシな気さえした。
 小悪魔は夜明け頃から何もしゃべっていない。憔悴しきった顔には鬼気迫るものがあり、
 誰も話しかけることが出来ない。美鈴でさえ、声をかけるのがためらわれた。
 
「お嬢様、朝食をお持ちしました」

 ノックをしてレミリアの部屋に入る。
 
「おはようございます。よくお休みになれましたか?」
「あれ……?なんでさくやじゃないの?」

 今出来る精一杯の笑顔で入った美鈴だったが、返ってきた言葉はそれを簡単に打ち砕いてしまった。
「ま……またれみりゃ様ですか……」
 レミリアはレミリアに戻っていなかった。普通1度れみりゃが出てしまえば、2日連続
で現出することはない。咲夜効果は相当に大きいのだろう。

「あ!ねえ、けーきつくろ!けーき!」

 れみりゃは小悪魔の姿を認めると小悪魔にすり寄った。咲夜がいない理由は覚えていな
いのに、咲夜にケーキを作ることだけは覚えているらようだ。つくづく咲夜効果は大きい
らしい。

「れ、れみりゃ様、今はそれどころでは……」
「やー!けーきつくるのー!!」

 美鈴の言葉をさえぎって、れみりゃは小悪魔にしがみつく。小悪魔のほうはされるがま
まにがくがくと揺らされていた。

「せ、せめて朝食を取られてから……」
「やー!」
「れみりゃ様ぁ!」
「うー……ちゅうかきらいー!」

 しつこく食い下がる美鈴を睨みつけて、れみりゃは運ばれてきた料理をひっくり返した。
がしゃがしゃと食器や中の料理が床に散らばる。

「……!」

 瞬間的にべき、と音がした。れみりゃからは見えなかったが、美鈴が拳を握り締めてい
るのが小悪魔には見えた。決して表情には出さないものの、美鈴の気持ちが踏みにじられ
たことは小悪魔にもよく分かった。

「………………」

 歯を食いしばって、美鈴は怒り出しそうになるのに耐えた。10秒くらいはそうしてい
たのかもしれない。それから、無言で床の掃除を始めた。

「……分かりました。作りましょう、れみりゃ様」

 それを見て、小悪魔が口を開いた。
 
「ほんと!?」
「ち、ちょっと!」
「仕方ないですよ。お腹がすいたらそのときは私が何とかします。すいませんが隊長、後
片付けお願いしますね」

 疲れた笑顔を美鈴に向ける。他のメイドに頼みたいところだったが、レミリアたちの世
話は自分たちに任されているのだ。咲夜が怖いからというわけではなく、与えられた仕事
はこなさなければならない。今一度気休めにもならない笑顔を作って、小悪魔はれみりゃ
とともにキッチンへと向かった。
 あとに残された美鈴は、悲痛な顔で残りの仕事を始めていた。





 一方その頃。
 メイド長は春を伝えられていた。





「くりーむつくろ!くりーむ!」
 キッチンでは、れみりゃの楽しそうな声が聞こえていた。
「ですが、昨日のスポンジがなくなってしまったので、まずはそちらを作り直さなければ……」
「え〜」

 れみりゃはどうしてスポンジがなくなったのか分かっていないようだった。仮にキッチ
ンが破壊されたからと知っていても、それが自分のせいだとは思わないだろう。

「はやくつくってよ〜」
「れみりゃ様が咲夜様にケーキを作るのでしょう?でしたら、れみりゃ様が作らないと……」
「やー!れみりゃくりーむつくるー!!」

 れみりゃは小悪魔の言葉を少しも聞こうとはしなかった。ぶんぶんと首を横に振る。思
考が幼児化しているだけに、れみりゃは普段以上にわがままだった。咲夜のように時を止
められるのならそれも聞けるのだが、残念ながら代理の2人にはそんな能力は備わってい
ない。仕方なく、クリームの作り方を教えながら小悪魔はスポンジを作り始めた。
 しかし吸血姫のわがままはとどまるところを知らない。
 
「ねー。まだ?」
「ええと、もう少しですね」
「ええ〜」

 クリームがそんな簡単に出来るわけはないのだが、れみりゃはかき混ぜることに飽きて
しまったらしい。数秒に一回はたずね、その都度もう少しと言われて不満が膨らんでいる。

「がんばってください。一生懸命作れば咲夜様も喜びますよ」
「う〜……。わかった」

 何度か咲夜の名前を出して粘り、その上で急いで作ってようやくスポンジを焼くところ
までこぎつけることが出来た。生地をオーブンに放り込んで、小悪魔はれみりゃの作業を
継いだ。いい加減退屈していたれみりゃは、ケーキを作ることなど忘れてしまったかのよ
うにその場で昼寝を始めてしまった。
 メイドを呼んでれみりゃを寝室に連れて行ってもらう。デコレーションはれみりゃが起
きてからすることにして、小悪魔は生地が焼けるまで休憩をとった。昨日から休憩などと
っていない気がする。体ももうほとんど動かない。体力はとっくに限界を超えている。魔
法の反動はまだ来ていないから、これからさらにダメージを受けるのだろう。今のうちに
少しでも回復に努めなければならなかった。
 しかし、それでも。
 1度起きたトラブルは、連鎖を伴うものなのだ。

 キッチンの扉が勢いよく開け放たれる。次の瞬間には1人のメイドが大慌てで飛び込ん
できていた。
「メイド長代理!図書館で魔物が暴れています!」
「は!?」






 一方その頃。
 完全で瀟洒な従者は、宴の食料役に抜擢されていた。


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