小  説

19-一方その頃 〜東方妖々夢 第6話

「うわぁーん!!さーくーやー!!」
「めーりーん!遊べー!!」
「ぎゃー!!!」

 紅魔館の廊下は阿鼻叫喚の地獄絵図だった。まるで台風が通った後のように、メイドた
ちが死屍累々と転がっている。まだ生き残っているメイドも、今現在活発な勢力を保って
いる2つのハリケーンに巻き込まれまいと右往左往していた。
 その中心に1番近い最大暴風域で、美鈴が襲われていた。
 はりきって図書館を後にした小悪魔だったが、いざその光景を見ると引いてしまった。
流石にれみりゃとフランドールが同時に出てくるとは思わなかったのだ。
 美鈴を助けようかどうしようか迷っていると、美鈴のほうから2人の間をすり抜けて逃
げ出してきた。

「隊長!」

 いかにも命からがらといった美鈴を抱きとめる。美鈴は肩で荒く息をしていた。呼吸困
難になるくらい必死だったらしい。

「あ、起きたの?早いわね」
「大丈夫ですか?」
「駄目」

 皮膚のところどころに焼け焦げた後のある美鈴は、むくれた顔できっぱりと言い放った。
 一旦戦線離脱をして、2人はれみりゃとフランドールから距離を取った。
 
「も〜イヤ!あの2人をまとめて相手するくらいなら咲夜さんに折檻されたほうがいい!」

 壁を背にずるずると座り込んで、美鈴は声をあげた。そこまで言わせるとは、よほどの
大荒れだったのだろう。小悪魔は持っていたハンカチで美鈴の汗を拭いてやった。

「いつになったら咲夜さんは帰ってくるのよ〜」

 泣きそうな表情で美鈴は愚痴る。そんなことは小悪魔には答えようがない。2人には祈
るしかないのだ。

「咲夜様のことだから、きっともうすぐ春にしてくれますよ。もうひと踏ん張りですって」

 元気付けるように小悪魔は美鈴の肩を叩く。もちろん、空元気の気休めにしか過ぎない。
美鈴は小悪魔をにらむ。

「確証はあるの?」
「ないです」

 きっぱりとあっさりと即答。自分でも驚くような反応だった。美鈴はため息をつく。
 
「元気は……出たみたいね」

 あれから5分ほどしか経過していないのだ。美鈴の言葉ももっともだろう。だが魔法で
ドーピングしているとはいえ、小悪魔はそのとおり元気いっぱいだった。気力もテンショ
ンも十分である。

「虚の元気ですけどね。でも、咲夜様が帰ってくるまでは、なんとしてでも私たちががん
ばらなきゃ」

 小悪魔はにっこりと美鈴に微笑む。その力ある笑みに、美鈴は苦笑で返した。
 
「……そうね、がんばんなきゃね」

 咲夜が帰ってくるのを待つしかないのだから。だからそれまでがんばるしかないのだ。
 2人には、文字通りその選択しかできないのだ。
 壁を支えに、美鈴は立ち上がった。それとほぼ同時に、れみりゃとフランドールが廊下
の角から現れた。

「隊長」
「ん?」

 まるで獲物を追い詰めたような顔をする2人を見据えながら、小悪魔は美鈴に声をかけ
た。
 
「昨日はすいません。フランドール様の部屋に閉じ込めてしまって」
「ああ、それね。いいわよもう。怒る気なんかないわ」

 2人とも互いの顔は見なかった。じわじわと距離を詰めてくる悪魔の姉妹を見つめたま
まだった。

「あの時は私たち、バラバラでしたね。ちゃんと組めば、あの魔理沙さんだって追い詰め
られるっていうのに」
「……そうね」

 結果的には負けてしまったのだけれど、勝負としてはほとんど勝ったようなものだった
のだ。それが紅魔館最強の2人組に通用するかはともかく、小悪魔と美鈴が組めば、1人
のときよりもずっと戦闘能力が上がるのは確かだった。

「ですから、今度こそ……一蓮托生です!」
「……望むところよ!」

 対魔理沙用に組まれ、1日で用済みになった紅髪のタッグが、今ここに復活した。
 小悪魔と美鈴は同時に構えた。同じくしてれみりゃとフランドールが立ち止まる。
 
「れみりゃ様、フランドール様」
「んー?」
「なぁに?」

 小悪魔と美鈴は交互に告げた。初めは美鈴、そして小悪魔。
 
「我らメイド長代理……」
「お2人の弾幕ごっこのお相手……」
「快く……」
「お引き受けいたします!!」

 2人は高らかに宣言した。間違うことなき宣戦布告。
 辺りにいたメイドたちは全員が全員驚きの表情を隠せなかった。最凶最悪の2人に喧嘩
を売ったのだ。命はいらないといったようなものである。
 だがそれでもよかった。2人一緒だから、きっと乗り切れると思った。確証なんてない
けれど、ここまできたらそんなものはいらない。

 そう、一蓮托生だ。

 フランドールはにやりと笑った。思い切り弾幕ってもいいと許可が下りたのだ。
 
「そ〜うこなくっちゃー!いっくよー、禁忌『レーヴァテイン』!!」

 れみりゃは不満そうな表情を崩さない。咲夜に会いたくて仕方がないようだった。
 
「いいもん、どうせさくやがかえってくるまでたいくつだもん。てんばつ『すたーおぶだ
びで』!!」

 紅い館で紅い世界が繰り広げられる。そこで踊るは4つの紅。
 今、最後の幕が開けられた。









 一方その頃――。








「…………………………あ…………たいちょう……」
「………………………………………………なに?」
「……………………そと………………さくらが……」







 春は濁流のように幻想郷中に広がっていった。いたるところで桜の花が咲き、眠ってい
た草花は一斉に緑を取り戻した。白銀の雪など一瞬で溶け去って、地上にはさまざまな動
物たちが跋扈していた。白い世界は、あきれるくらいの春色に変わっていっていた。
 咲夜は、体中についた桜の花びらを払い落としながら紅魔館に戻ってきた。
 
「ただいまっと……。お嬢様は」
「うわぁ〜ん!!咲夜様ぁ〜!!!」
「咲夜さぁ〜ん!!お帰りなさい〜!!!」
「ってうわっ!何!?」

 扉を開けた咲夜を待っていたのは、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった代理の2人だった。
廊下で生ける屍になっていた2人は、咲夜の顔を見るなり飛びついたのだった。

「咲夜さんて、あんなすごいこと毎日やってたんですね……」
「改めてご尊敬申し上げます、咲夜様……」

 ぐすぐすと2人は咲夜にひっついて泣いていた。
 
「……なんかよく分からないけど、大変だったみたいね」

 自分はさほど苦労した覚えはないけれど、この2人にとっては相当の重労働だったのだ
ろう。あきれながらも、咲夜はそのまま泣かせてやることにした。
 でも、スカートに鼻水をつけるのはやめてほしかった。
「お帰りなさい、咲夜」
 そこへ、レミリアとフランドールが出迎えた。れみりゃは咲夜が扉を開ける数分前にレ
ミリアに戻っていた。れみりゃの中の何かが、咲夜が帰ってくることを告げたらしい。

「少々遅れてしまいましたがお嬢様、何か変わったことはございませんでしたか?」

 レミリアがれみりゃになっていたことなど知る由もない咲夜は、恭しく礼をした。
「春になったわ、それだけよ」
 小悪魔と美鈴にとっては憤死しそうな台詞を、レミリアはさらっと口にする。既に泣き
疲れて眠ってしまった2人は、幸いにもその言葉を聞かずには済んだが。

「それでは、早速お花見の用意をいたしましょう」
「咲夜ー、私も連れてってー」
「承知いたしておりますわ」

 咲夜は笑顔でフランドールに応対した。今までの死闘など微塵も感じさせない華やかな
笑み。これぞまさしく、完全で瀟洒な従者。紅魔館の当主たちに最もふさわしい人物、十
六夜咲夜。咲夜は時を止めて床に転がる粗大生ゴミを手早く片付け、レミリアたちと博麗
神社へ出かける準備を始めた。

「さあ、行きましょう」
「ええ」
「うん!」

 新しく始まった春の世界に、3つの影が飛び立っていった。











 一方その頃。
 メイド長代理2人は、桜の木の下で安らかに眠っていた。
                                    (完)

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