小  説

27-天下分け目の超決戦!! 〜食の巻

 この日、最初に悲鳴が上がった場所は白玉楼だった。発したのはそこの庭師、魂魄妖夢
である。直後、どたどたと廊下を突っ走る音が響き渡る。

「幽々子様あっ!!」

 妖夢は白玉楼のお嬢様西行寺幽々子の部屋の前に来ると、障子戸を思い切り引き開けた。
立て付けのいい戸が、すたーんと壁に叩きつけられる。日々の手入れの賜物であろう。そ
んなことはおいといて、妖夢は怒り心頭の表情で部屋の中にいた幽々子を睨みつけた。

「なによう、そんなに慌てて。そんなだからこの間みたいに何もない廊下ですっ転ぶのよ、
妖夢は」
「何の話ですか何の!いつ私が廊下で転んだんです!っていうか話を逸らさないでくださ
い!」

 妖夢が息を荒げて怒鳴り散らすも、幽々子はのほほんとしてそれを受け流す。妖夢の怒
りなどこれっぽっちも気にしてはいない。妖夢の怒りはますますヒートアップするばかり
だが、どう怒ったところで幽々子にその気持ちは伝わりはしない。言いたいことはもう終
わったわねとでも言うように、妖夢に背を向けて書物を読み出す幽々子に、妖夢は再度怒
鳴りつけた。

「無視しないでください!」
「ああそうだったわね、何の用かしら妖夢?」

 花の咲いたような無邪気極まりない笑顔で幽々子は振り返った。天然なのか計算でやっ
てるのか分からないあたり、ついその笑みに疑いのまなざしを向けてしまう。しかしそれ
とこれとは別問題なので、妖夢は憮然とした表情で口を開いた。

「台所にあったおはぎ食べたの幽々子様でしょう?」

 妖夢の問いに、幽々子が硬直すること約4秒。その後、こめかみを押さえて幽々子が大
きなため息を吐いた。

「ああ……私もう生きるの嫌になっちゃった。妖夢みたいないい子が私のことを疑うなん
て……。どこで教育方法間違ったのかしら……」

 よよよ、と泣くふりをする幽々子。
 幽霊だからもう死んでるでしょう。
 幽々子様以外に誰がおはぎ30個も食べるんですか。
 仮に幽々子様に教育されてるとしたら、始めっから間違いだらけですよ。
 怒りと突っ込み所の多すぎるセリフに頭が混乱してしまい、妖夢は声を出すことができ
なかった。
 しばらく自分を落ち着けるために素数を数える妖夢。その間、妖夢の大きな半幽霊は気
を紛らわすかのようにその場でくるくるうねうね回転していた。

「……ほっぺたにあんこくっつけて、よくそんなセリフが言えますね」
「えっ!嘘っ!」

 ようやく冷静さを取り戻した妖夢はそう切り出した。その言葉に幽々子は慌てて頬に手
をやる。
 
「ええ、嘘ですよ。でも、食べたのは本当みたいですね」

 単純だとは思ったが、妖夢の仕掛けた罠に幽々子はまんまと引っかかった。しかし笑え
る状況でもないので妖夢は表情を崩さない。幽々子は頬に手を置いたまま固まってしまっ
た。もちろんそこにあんこなどくっついているはずがない。ついていたら絶対気づくから
だ。
 すると突然、幽々子の目からぽろぽろと涙がこぼれた。妖夢がぎょっとしていると、幽
々子はわっと泣き伏せてしまった。

「うわーん!いいじゃないのよー食べ盛りなんだからおはぎの1個や2個くらいー!妖夢
の部屋にあったお団子じゃ足りなかったんだからー!!」
「さも食べ盛りじゃない時期があるようなこと言わないでください!1個や2個どころか
30個でしょうが!しかもあれも食べたんですかいつの間に!!」

 ある程度予想はしていたが、やはり嘘泣きのようだ。幽々子は自分に都合の悪いことは
全て妖夢をからかうことでうやむやにしてしまう程度の能力を持ち合わせている。後で食
べようと思っていた団子が取られてしまったことを知った妖夢はひとしきり突っ込みを入
れた後がっくりと肩を落とした。

「全く……食べ盛りって、幽霊なのにどこが育つっていうんですか」
「えー?……妖夢に一生縁のない部分とか?」
「…………!!」
「……?妖夢、どうしたの?」

 悪気があるのかないのか分からないが、幽々子のセリフは妖夢のその部分を深く深くえ
ぐっていった。叫びだしそうになる衝動を何とか抑え、妖夢は意を決して幽々子のほうを
向く。

「幽々子様……そのだらけた生活を正す気がないのなら、私にも考えがありますよ?」
「全然だらけてないけど、何する気なの?妖夢の考えることって面白いから私好きよ」
「そんないい笑顔しても駄目です!ちょっと来てください!」

 妖夢は幽々子の手を引っ張ると、白玉楼を飛び出した。
 そのとき幽々子はまだ、自分が地獄逝きの切符を掴んでしまったことに気づいていなか
った。






 この日、2度目の悲鳴が上がった場所は紅魔館だった。発したのは特に名前も知られて
いないいちメイドである。直後、猛スピードで廊下を疾走する音が響いてきた。

「さ、咲夜様ー!ってわああ!!」

 メイド長の名を呼んだ0.5秒後には、その咲夜が既にメイドの目の前に立っていた。
どうやら時を止めてやってきたらしいが、いきなり立たれると心臓に悪い。

「何よ、人を化け物みたいに。どうかしたの?」
「あ、も、申し訳ありません。え、ええと……」

 突然のことで頭が混乱してしまったメイドだったが、少し時間を置くとすぐに用件を思
い出した。日頃の教育の賜物であろう。

「そうだ!貯蔵室の人肉がなくなってるんです!それも全部!」
「全部?」

 咲夜は首を傾げて、メイドと一緒に貯蔵室へと向かった。食堂の隣にある貯蔵室にはい
つも大量の食糧が蓄えられている。妖怪は人間を食べるため、当然人肉も保存されている。
レミリアやフランドール用の人間は咲夜が別に保存しているが。

「……あらほんと」

 貯蔵室の中、人肉用の貯蔵庫を開けた咲夜は素っ頓狂な声をあげた。メイドの言ったと
おり、きれいさっぱり人肉が消え失せているのだ。

「館内に不審人物は?」
「現在捜索中ですが、今のところは……」
「そう……美鈴の仕業かしらね」

 ぼそり、と咲夜はメイドに聞こえないように呟いた。紅魔館屈指の大食漢紅美鈴ならば、
数十人分の人間がなくなっても不思議ではない、と咲夜は勝手な考えを抱いていた。

「とりあえず、屋敷内と周辺を徹底的に探して。これだけの量をどこかにやったんだから、
そんなに遠くにはいないはずよ」
「はい!」

 食料の保管については常に監視の目があると考えていい。となれば、その目を盗んで強
奪を図るとはなかなかの手合いだろう。隠密の能力はかなり高そうだ。自分も出て行った
ほうがいいと思った咲夜は、ナイフの数を確認した上で、ついでに食糧の調達をしようと
貯蔵室を出た。
 その高い隠密能力を持っているはずの犯人は、数分後に捕まってしまったのだが。






 寂れっぷりでは他のどこにも引けを取らない博麗神社。博麗霊夢は目の前の幽霊と半幽
霊と半人間、〆て2人に憤りを感じていた。
 妖夢が幽々子を連れて行ったのは博麗神社だった。妖夢曰く、毎日のおかずにも困るほ
ど食料が困窮しているのだそうだ。というわけで、幽々子にはこの博麗神社でしばらく断
食に近い生活を送ってもらうとのことだった。
 それを聞いて真っ先に怒ったのは幽々子ではなく、当の霊夢であった。
 
「うちはそこまで困っとらんわー!!」

 と、お払い棒で妖夢の頭をしこたま殴りつけた後、半身のしっぽを掴んでぐるぐる回し、
かけ声一閃ドアッと外に放り投げてしまった。もちろん半身は飛べるから、六道怪奇を逆
噴射してすぐに帰ってきたのだが、今はお札を貼られて妖夢の背後で悶絶している。本体
のほうは足が痺れた程度で済んでいるらしい。足に貼ったつもりはないのだが。

「そこを何とか!幽々子様はこの通りもうどうしようもないほどに食べ続けて……!」
「だって食欲の秋だもーん」
「一年中春夏秋冬食欲シーズンなのに……このままじゃ妖怪食っちゃ寝になりますよ!!」
「秋は特別!5割増!!」
「増えすぎです!!」

 ぐっと親指を立てていい笑顔をする幽々子に、妖夢は呆れ顔で返す。だが、それ以上に
このくだらないやり取りに呆れているのは霊夢だった。

「……あのさー、幽々子がたくさん食べるってのはまあ私も知ってるんだけど……私の家
に置いてかないでよ。うちの食料がなくなるでしょうが」
「いえ、ここなら必要最低限の栄養しか取れないから……」
「だからそこまで困ってないっつーの!!」

 お互い平行線である。どうにも、妖夢の思い込みが強いふしがあるようだった。
 
「とにかく!こんなものすごい食いぶちをうちに泊めるつもりはさらさらないわ。帰んな
さい!」
「そんな!それじゃあどうやって幽々子様に反省させれば……!」
「……まあ、これくらいじゃ反省しないと思うけどね」

 妖夢は土下座までして懇願するが、駄目なものは駄目である。うっとうしいから早く帰
ってほしかった。こうしている間にも幽々子はせんべいをばりばり貪り食っているという
のに。第一、幽々子はちっとも反省していないように思えた。おなかがすいたら適当に食
べて、妖夢をからかうことに全気力をかけているような存在だ。そう簡単には反省などし
ないだろう。
 お願いします。駄目。お願いしますっ。駄目ったら駄目っ。
 妖夢と霊夢の声が交錯する。そこに幽々子のせんべいをかじる音が混じり、不快極まり
ない三重奏を奏でていた。指揮者もいないのだから見事なまでの不協和音である。とって
もト短調。

「れーいむー。遊びにきたわよー」
「ああ……また厄介なのが……」

 千日手の言い合いの最中、外から聞き慣れた声が聞こえてきた。霊夢はうんざりした表
情を隠し切れない。それでもこの頑固な半人半霊から逃れられるなら、と霊夢は庭に出た。
玄関のほうから聞こえてこないあたり、どいつもこいつも無礼だと思う。

「あーはいはいいらっしゃいレミリア。今ちょっと立てこんでるけど」

 棒読みで歓迎の言葉を述べる霊夢。いつもの日傘を片手に、レミリアはじゃあ上がらせ
てもらうわ、と靴を脱いで縁側に腰をかけた。
それは別にいい。何を言ったってレミリアは上がりこむのだから。だから、霊夢はむしろ
レミリアの隣にいた人物に目がいっていた。

「咲夜……どうしたの?それ」

 霊夢は間の抜けた表情で「それ」を指差す。レミリアが博麗神社に来るときは、咲夜が
ついてくるかついてこないかの二択なのだが、その咲夜におまけがくっついていることは
なかった。
 だから、咲夜の小脇にルーミアが抱えられていたりすると、霊夢としては首をひねって
しまうのである。

「ああ、ちょっと色々あってね。これから素敵なお仕置きタイムなのよ……」
「うわ〜ん!ただおなかがすいてたからなのに〜!」

 嫌な笑みを浮かべる咲夜に、ルーミアは情けない表情で手足をじたばたさせる。だがも
ちろん寸詰まりなルーミアでは地面に足を届かせることさえできなかった。

「……一応訊くけど、それ、うちでやるわけじゃないわよね?」
「そのつもりはないわ。ちょうどお嬢様が出かけられるからお供しただけよ。場所と方法
はこれから考えるわ」
「あ、咲夜さん、こんにちは」


 涙目で助けを求めるルーミアを無視して2人が会話をしていると、妖夢が顔を出した。
手にはせんべいの入ったお椀が握られている。相も変わらず食べ続ける幽々子から取り上
げたのだろう。

「……?その子、どうしたんですか?」

 ルーミアを見て、妖夢が霊夢と同じ質問をする。妖夢とルーミアは面識がないが、誰で
もいいから助けがほしいルーミアは必死になって助けてと叫んでいた。しかし咲夜がそれ
で放すわけがない。完全にルーミアを無視して咲夜は妖夢の質問に答えた。

「うちの貯蔵室に忍び込んで色々とかっ食らってくれたのよ。今から口じゃ言えないほど
の拷問を……」
「うわあ、さっきよりグレードアップしてる!?」
「ああ、それはそれは……。幽々子様も知らないうちにおはぎを食べまくって……」

 妖夢はルーミアに同情しつつも、同じ状況に置かれている咲夜に気の毒そうな声をかけ
た。互いの事情を察した2人は、ほぼ同時にため息をついた。

「2人とも大した食欲ね。どっちのほうが大食いなのかしら?」

 呆れた空気が漂う中、霊夢が呟く。ふわふわと空を飛び回り、常に食べ物を求めるはま
さしく空の食欲魔人。数十人分の人肉と30個のおはぎ。それだけを比べればルーミアの
ほうが食べそうだが、幽々子のほうはまだ少しも満腹になっていないのだという。体の約
70%は胃でできているのではあるまいか。
 そんな馬鹿な考えを抱いていると、今まで黙っていたレミリアが口を開いた。
 
「あら、それじゃあ比べてみたらいいじゃない」
「は?」

 奥でタレている幽々子を除き、全員がレミリアに注目する。いい暇潰しになるわ、とレ
ミリアは笑って4人に説明する。

「だから、どっちのほうがたくさん食べられるのか試してみればいいじゃない。そこの闇
妖怪が勝ったら無罪放免とかで」
「はあ……」

 咲夜が呆けた声で答える。レミリアの突飛すぎる思いつきに、流石のメイド長も思考が
少々凍結してしまったようだ。数秒後にそれを理解すると、微妙に心残りの混じった笑顔
で承諾した。そしてそのまま飛び立つと、急いで紅魔館へと戻っていった。
 かくして、幻想郷で最初にして最大の大食い大会が開催されることとなったのだった。







 翌日。
 最大、と銘打った割には、今回の大食い大会は色々な意味で小規模だった。会場は紅魔
館の食堂。参加者2名。場所が場所だけにギャラリーも少数だった。
 テーブルを挟んで幽々子とルーミアが睨み合う。これが何か大きなものを賭けた壮絶な
戦いであるならば龍虎の戦いとでも言えただろうが、今こうして食のために己の信念を燃
やしている2人はどう見ても間抜けそのものであり、言ってしまえばチワワ対子ダヌキ。
あまりに低次元な決闘である。それでも本人たちはやる気満々だった。
 ルーミアはこの大会に勝利しなければ咲夜のスペシャル拷問フルコースを受けなければ
ならない。噂によればそれを受けた者はみな次の日から見当たらなくなっているらしく、
唯一の生き残りである門番紅美鈴でさえ、あまりの凄絶さにその事実を記憶から消し去っ
ているとのことだ。ルーミアとしては何がなんでも勝たなければならない。文字通り、自
身の存在を賭けて。
 一方の幽々子もまた気合が入っている。理由が理由だけに何らペナルティはないのだが、
それでは面白くないということで、一週間ほど紅魔館で断食体験をやってもらうことにな
った。もう死んでいるのだから何も食べなくてもいいのだが、幽々子の腹は特別製でちゃ
んと減るようにできている。冥界でも色々な亡霊たちが飲み食いはしているが、死んでい
る以上餓死につながる空腹感が必要なくなるので、幽々子のように空腹を感じる輩は実は
少ない。ハングリーな死人は意外と珍しいのだ。幽々子としては、一週間も何も食べられ
なくなるなど地獄に等しい。そんなことしたら悪霊になって妖夢に取りついちゃうわ、な
どと嫌な奇声を上げている。幽々子のほうも、己の全存在を賭けて勝たなければならない
のだった。本当のところ、悪霊になることはないのだが。

「ふふふふ、悪いけどあなたには絶対に負けないわ」
「そーはいかないよ。私だって勝たなきゃいけないんだから」

 バチン、と2人の間から火花が散る。それなりに緊張感はあるが、でもやっぱり参加者
が参加者なので、ちょっと和やかに見えなくもなかった。

「どっちが勝つと思う?」
「微妙なところだな。私は幽々子だと思うけど」

 霊夢の問いに、魔理沙が答える。魔理沙はたまたま紅魔館に遊びにきていたが、面白そ
うだからと食堂にやってきたのだ。顎に手を当てて考える仕草をしている。

「どうかしらね。ルーミアなんか、運動って言ってフランドールと弾幕ってきたらしいわ
よ」
「……そりゃすごいな。いや、しかしその疲れが出ると思うな」
「分からないわよ。幽々子は絶対余裕よ、なんて言って咲夜の作ったケーキばくばく食べ
てたもの。昨日ね」

 後ろからレミリアが口を出す。その横で妖夢が恥ずかしそうにうなだれていた。
 
「幽々子様には悪いけど、負けてほしい……」

 とそのとき、カラカラと音がして、台車に乗せられた料理が運ばれてきた。それぞれの
台に、どう考えても宴会用の大皿が乗っかっている。料理のほうは半球の蓋がかぶせられ、
中身は分からない。それぞれの台がルーミアと幽々子の目の前に置かれる。ごとり、とい
う鈍い音から、それが相当に重いものだということが察せられた。

「さてと。準備も整ったし、これより紅魔館主催の大食い大会を始めさせてもらうわ」

 美鈴とともに料理を運んできた咲夜が開催宣言をする。他7人と、偶然居合わせたメイ
ドたちが拍手をする。大会というにはあまりにお粗末な盛り上がりだった。

「ルールは昨日言った通り。制限時間30分以内に料理を食べきること。全部食べて、飲
み込んだほうの勝ち。2人とも残してしまった場合は残りの重量の軽いほうが勝ちとなる
わ。敗者には規定の罰を受けてもらうから、まあはりきって食べてね」

 咲夜と美鈴が同時に蓋に手をかける。幽々子とルーミアは箸を構えた。
 
「開けると同時に開始よ。それじゃあ、用意……始めっ!!」
 重々しい蓋が開け放たれる。
 
 




「ぎゃあああああああああああああ!!!」





 そして、この日最初の悲鳴が紅魔館を覆った。




(続く!)
































 悲鳴をあげたのは霊夢と魔理沙と妖夢だった。ルーミアと幽々子は目の前の料理の様子
など全く気にせず食べ始めているし、レミリアは面白そうに見ているだけ。料理の制作者
である咲夜と美鈴は蓋の片付けをメイドに命じていた。

「な……なんだあれ」
「あれ、食べ物なの……?」

 実際、人間が見たら大層驚くものが皿の上に乗せられていた。皿から、3人は何かが山
盛りになっているのを想像していたのだが、現実はそれの遥か斜め上を行っていた。


 そこにあったのは、たった1つの――巨大な餃子。


「な……なによお、あのでっかいギョーザ!!」

 霊夢が顔を引きつらせて叫ぶ。何しろ、人間の赤ん坊が1人入るくらいの大きさなのだ。
冗談としか思えないその大きさは、むしろもう笑うしかないと思ってしまうほどだった。

「う〜ん、これはきつい……」

 妖夢の顔がこわばる。点心の域をものすごい勢いで飛び出していた。飲茶に出されるよ
うな代物ではない。

「あのガワ、どうやって作ったんだ?」
「主に美鈴の気を混ぜて形を整えたわ」

 現実的な食卓に出される餃子をそのまま拡大したのではないかと思えるほどに餃子だっ
た。ギャラリーの3人はもう声も出ず、もはや食対決を見守るのみだった。
 現在は幽々子が優勢のようである。箸使いのうまさにアドバンテージがあるためだろう。
手際よく皮を切り、中の肉を小皿に移して食べている。一方のルーミアは箸の持ち方が全
くなっておらず、身を取り出すだけでいっぱいいっぱいだった。

「流石幽々子。食べるのは早いわね」
「でもルーミアは一口の量が多いわ。手数で勝負か、量で勝負か、ね」

 手数なのか口数なのかはともかく、両者互いに譲らず。咲夜によると実際に子供1人分
の重さがあるため、食べきるのにはかなりの時間がかかる。とはいえ、紅魔館一の大食漢
である美鈴も凌ぐほどの食事スピードにはほとほと呆れるものがあった。一心不乱に餃子
を貪る幽々子の姿に、妖夢が涙ぐんでしまったのは秘密である。


「それにしても……地味ねえ」

 数分後、レミリアがぽつりと呟いた。
 直後、食べている2人を除いた全員が心に思う。
(言っちゃダメー!!)
 しかしみな既に気づいていた。ただもくもくと食べ続けるだけの勝負をずっと見ている
のは退屈以外の何物でもない。2人とも驚異の速さで食べているのだが、ペースが少しも
変わらないから変化に乏しく、また料理の量がとてつもなく多いので見飽きてしまうのだ。
早食い大会であったらもう少し楽しめたかもしれない。当の本人たちは必死なのだが、地
味なのは否めなかった。

「こう……もうちょっと面白い展開にならないのかしらねえ」

 ため息をつきながらレミリアは咲夜に紅茶を催促する。わがままなのには既に慣れてい
るので、咲夜は時を止めて紅茶を入れにいった。


「う〜……」
「……なあ、なんかルーミアのペースが落ちてないか?」

 特設観客席で紅茶を飲みながら、見ているだけで腹いっぱいになる食べ比べを眺める。
そんな中、不意に魔理沙が呟いた。全員がルーミアに注目する。確かに、既に半分食べ終
わっている幽々子に比べ、ルーミアの餃子はまだ6割ほど残っているようだった。そして、
幽々子は絶え間なく餃子を口に運んでいるのだが、ルーミアのほうはなぜか顔をしかめて
水を飲みながら食べていた。

「う〜……」

 べ、とルーミアは舌を出す。料理が口に合わないのだろうか。
 
「……どうしたの?」

 ルーミアの様子がおかしいので咲夜が近づいた。涙目のルーミアが振り向く。
 
「舌火傷した〜」
「火傷?……もしかしてあなた、猫舌?」

 ルーミアはこくり、とうなずいた。
 
「あー、それは悪いことをしたわね。ごめん、ちょっと大会は一時中断。ルーミアこっち
来て、手当てしてあげるから」

 事情を聞いてから今の状況になるのにわずか10秒。咲夜は即行で大会を中止してしま
った。誰にも内緒であるのだが、実は完全無敵を誇るメイド長も猫舌である。餃子が熱す
ぎて舌を火傷してしまったルーミアに、思い切り同情してしまったようだ。咲夜はルーミ
アに手招きする。ルーミアは席から立ち上がり咲夜についていった。

「ルーミアって猫舌だったのか?」
「冷たいものばっか食べてるとそうなるけど……もしかして、あいつ人肉生で食べてるの
……?」

 興味を引かれた魔理沙とレミリアがそれに続く。人間の体温は体内でも40度を超える
ことはない。したがって霊夢の想像が正しいならばそうなることもありうるだろう。嫌な
想像をしてしまった霊夢は頭を抱えてその場を離れた。生で人間を食らう少女。妖怪とい
えど気持ち悪い。次々に食堂の人口密度が減っていった。
 そして食堂では、幽々子がいまだに餃子を食べ続ける音が響いていた。




「……かん!しょく!!」

 それから10分後、周りの状況に全く気づいていなかった幽々子が、自信満々に席を立
つ。

「どう!?これで私の完全しょう、り……って、なんで誰もいないのー!!?」

 そこで初めて、幽々子は対戦相手がいないことに気づいた。きょろきょろと周りを見回
す。対戦相手どころか主催者までいなくなっていた。よく見ると食堂に残っているのは妖
夢1人だけである。

「……みなさん、ルーミアさんの治療に行っちゃいましたけど……」

 あまりに熱心に食べ続けているため、妖夢は声をかけられなかった。紅魔館の料理がお
いしいことは知っているので、止めるのも野暮だと思い黙っていたのだ。
 その結果、主は大食い大会で見事な完全勝利を手にし、同時にとんでもない恥をかいて
しまったのだった。幽々子の狼狽に、妖夢は申し訳なさそうな顔で答えておいた。恥ずか
しい気持ちは妖夢も一緒だった。食堂スタッフのメイドたちが後ろでくすくす笑っている
のが聞こえていたからだ。こんな主人で本当に恥ずかしい。どうしてこんなことになって
しまったのだろうと根本的なことを考えたりして、妖夢は時間を過ごしていた。
 試合に勝ったが勝負に負けた。まだあまり状況を飲み込めていない幽々子だったが、耐
え難い屈辱を受けたことだけは理解できた。

「妖夢、ちょっとこっち来て」
「は?なんですか?」

 そんなことになってもいつもの穏やかな笑顔を崩さず、幽々子は妖夢に手招きをした。
妖夢はようやく席から立ち上がる。


 直後、色々な感情の混じった悲鳴が紅魔館の食堂から聞こえてきた。


 ルーミアは咲夜の意向により無罪放免となったらしい。あの鬼のメイド長の同情を買う
とは、宵闇の妖怪は一体どんな方法を使ったのか。大会開催後すぐに館外の警備に戻され
てしまった美鈴は、何とかそれを聞き出そうとルーミアと話しているが、そればかりは咲
夜に口止めされているらしく、成果は芳しくなかった。
 結局、どんなことをしてもいつもと変わらなくなるのが幻想郷である。幻想郷最大の大
食い大会は誰にも知られぬまま、結果もよく分からずに幕を閉じることとなった。そのこ
とさえも、誰にも知られることなく。
















 なお後日、西行寺主催で無差別格闘や早押しクイズ100問やティッシュ配りやラーメ
ンの大食い競争が開かれた事も、あまり知られることはないのであった。

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