小  説

30-来し方行く末

 霊夢と魔理沙は、ほぼ同時に博麗神社の境内に降り立った。といっても同じ方向から来
たわけではない。偶然一緒に目的地に着いただけだった。

「あー、疲れたぜ。ただいまーっと」
「こらこら。それは人ん家に上がり込むときの挨拶とは違うでしょうが」

 思い切り我が家のように家の扉を開ける魔理沙に、霊夢は呆れ気味に突っ込みを入れる。
もちろんそれだって挨拶のようなものだ。注意したところで治るわけでもない。霊夢も魔
理沙に続いて家の中に入った。

「霊夢、食材こっちに置いといていいか?」
「うん、出来れば泥とか落としてくれると嬉しいけど……ってまたずいぶんたくさん持っ
てきたわね」

 魔理沙の持ってきた荷物を覗き込み、霊夢は驚いた声を出す。山菜と思われるものが、
入っているというより詰め込まれていた。

「多いほうがいいだろ。霊夢だってなかなか重そうじゃないか」
「私のはお米だもん。霖之助さんのところからかっ……もらってきたの」
「……今、『かっぱらった』って言おうとしなかったか?」

 霊夢は自分の荷物を魔理沙の荷物の隣に置いた。体積及び重量で見れば、1人で食べる
には多すぎるほどの量だった。

「そういや肉とかは?」
「咲夜に持ってくるよう言ってあるわ。何の肉かは知らないけど」

 食材はまだまだ増やすつもりである。そもそも、野菜だけでは不満この上ない。栄養を
バランスよく摂ってこその自活生活と言えるだろう。
 夕食までにはまだ時間があるので、霊夢と魔理沙は居間に戻ってきた。2人揃ってコタ
ツに潜り込む。

「やっぱり寒いなあ。コタツはいいもんだ」
「去年に比べりゃそんなでもないわよ。魔理沙は寒がりすぎ」
「私は普通だぜ?一年中そんな薄着でいられるお前がおかしいんだ」

 少々熱すぎるくらいの緑茶をすすりながら、2人はのんびりとおしゃべりをする。これ
が冬場の過ごし方と言わんばかりに。
 博麗神社は師走になっても暇である。もちろん睦月になっても暇である。つまり年末年
始も暇である。大晦日の大掃除なんてこれっぽっちもやりはしない。霊夢に言わせれば、
毎日毎日掃除してるのだからそんなもの必要ないのだ。生活空間が維持されていればそれ
でいいのである。そんなことをしているから敷地の隅にある蔵の中が埃まみれ蜘蛛の巣ま
みれになるのだが、普段使わないからやっぱり掃除の必要はないのである。年も暮れる最
後の日。今日も博麗神社はのどかだった。

「……霊夢ー」
「何?」

 コタツに顎を乗っけて、実にだらしない様子で魔理沙が口を開いた。霊夢も霊夢で、コ
タツに頬をべたっとくっつけ、上げる必要のない部分の体温を上げている。

「新年のお守りって作ったのか?」
「一応ね。いる?」
「ご利益少なさそうだからいらん」
「なら言うな」

 どうでもいい会話を2人は続ける。霊夢は一応神社を管理しているため、正月の行事に
関するものだけは年末に作っている。ただ、そのどれもがごく少数であるにもかかわらず
毎年自分が持つ分以外残るというのはどうかと思う。だったら作らないほうがいいのだが、
それだとますます神社である由縁がなくなってしまうので、半分仕方なしに、半分体裁の
ために作っているのだった。知り合いにまでいらないと言われてしまうと、その虚しさに
更なる磨きがかかってしまうが。

「そういえば魔理沙、あんたパチュリーと一緒にいなくていいの?せっかく年越しなんだ
し。去年も家で過ごしたじゃない」
「何言ってるんだ。年越しは自宅か神社で過ごすもんだぜ」
「初めて聞いたわよ、そんな珍説……」

 一応魔理沙はパチュリーを誘ったのだが、結局図書館から出てくることはなかったのだ
という。なんだかんだで本の虫だ。どちらにしても博麗神社のような寒くて本のないとこ
ろには来たくなかったのだろう。
 しん、と空気が静まり返る。魔理沙は座布団を枕に横になってしまった。コタツの極意
ここにあり。そのまま眠るか眠らないかという微妙な境界を漂うことはまさに最高の至福。
帽子も取らないまま、魔理沙は惰眠のハッピーロード突き進もうとしていた。

「こんにちはー」

 そのとき、実にタイミングよく聞き慣れた声が家の中に響いてきた。しかし魔理沙は完
全に無視を決め込み、帽子を取って改めて寝付こうとしていた。応対は霊夢に任せるとい
うわけである。

「ああ、来たわね」

 魔理沙が黒い亀になってしまったため、寒さにうんざりしながらも霊夢はコタツから這
い出た。毎度のごとく玄関から来ない2人組を出迎える。縁側に続く障子戸を開けると、
日傘の下に身長差のある2人が立っていた。レミリアのほうは赤いコートを、咲夜のほう
は冬のメイド服にマフラーだった。レミリアはともかく、咲夜がとんでもなく寒そうな格
好に見えるのは気のせいなのだろうか。

「いらっしゃい。さ、早く上がって。ここ閉めたいから」

 冷たい空気を家の中に入れたくないので霊夢は2人に手招きした。靴を脱いで、咲夜と
レミリアが縁側に上がる。
 これで今日のメンバーは揃ったわけだ。
 
「咲夜、食べ物は?」
「これよ。はい、お肉」

 咲夜は抱えていた紙袋から、さらに紙で包まれた塊を取り出した。
 
「これ、何の肉?まさか人肉じゃないでしょうね?」
「犬肉よー」
「牛肉よ」

 早くもコタツに潜ってしまったレミリアが、2人の会話に口を挟む。肉の危険度が3段
階で下がっていった。寝ぼけの眼の魔理沙がハクタクの肉かなどと呟いているが、それは
この際無視である。

「英吉利牛?」
「和牛」

 霊夢は咲夜から肉を受け取った。しかし、咲夜の持っている紙袋にはまだ何か入ってい
そうだった。

「あとは何か入ってるの?」
「ああ……これが、そば。美鈴に打たせたから味としてはいいはずよ。それと、こっちが
永遠亭でもらったお餅」

 咲夜はさらに2つの紙包みを取り出した。
 永遠亭ではつい先日に、「年末餅つき大会 〜Pound Rice」というよく分か
らないネーミングの大会が盛大に催され、大量に餅ができてしまったとのことだった。月
の兎は毎日のように餅をついているともっぱらの噂だが、永遠亭に住む月兎は鈴仙1人で
あるので、要はその他地上の兎が遊びでやったのだろう。昨日永遠亭に行ったらおすそ分
けしてもらったとのことだった。

「あとは豆腐ね。やっぱりこれがないと……」
「そうね。これがないとね」

 恐らくは空間を操って保持していたのだろう。咲夜は紙袋の底から、水の入った容器を
取り出した。中には2丁の豆腐。上出来、とばかりに霊夢と咲夜は互いに微笑む。台所か
ら、ぱんと小気味よく手を叩き合う音が聞こえてきた。

「じゃあもう下ごしらえしちゃおっか。あ、でもあんたいるから別に今やらなくてもいい
かな?」
「嫌よ。人の家の台所は使いにくいもの」
「こらこら、ちゃんと働け労働者」

 中距離的に遠回しな言い方で咲夜に料理を強制するも、咲夜はあっさりそれを回避。結
局手伝うということで霊夢と咲夜は料理を始めた。

「台所が狭いと使いにくいわね」
「うるさい」

 博麗家で1番大きな土鍋を出す。といっても、元は宴会用に白玉楼から寄贈されたもの
であるが。その中に水とだしを適当に入れ放置。まさしく塊のままの肉は責任もって咲夜
に切らせ、霊夢は魔理沙の持ってきた山菜群を取り出した。

「……なにこれ。なんか見たことないようなものがたくさん入ってるけど。しなびてるし」

 霊夢の知る、普通に食材になりうるものに加え、正体のよく分からない植物が混ざってい
た。見た目毒はなさそうだが、がさつなところのある魔理沙だから、もしかしたら何かと間
違えたのかもしれない。

「ああ、それ薬草でしょ。しなびてるんじゃなくて干してあったからだと思うわよ」

 霊夢が植物とにらめっこしていると、隣の咲夜が声をかける。
 
「薬草なの?」
「名前は忘れたけどね。滋養強壮か何かだったわよ」
「ふーん。ま、いいか」

 大して興味も覚えず、霊夢は薬草とやらの葉を適当な大きさにちぎることにした。他の
山菜も、泥を落として食べやすい大きさに切っていく。

「咲夜、肉切ったらご飯炊いて」
「分かったわ」

 下ごしらえのつもりだったのだが、作業をしているうちに空腹感を覚えてきたので、2
人はもう作ってしまうことにした。夕飯には多少早い時間なのだが、どうせ他にする事も
ない。霊夢と咲夜は、いそいそと夕食の準備を始めたのだった。







「……いい匂い」
「あー、お腹すいてくるな」
「じゃあ少しは手伝ってよ」

 鍋の中身が煮立つ。その香りが居間まで漂ってきた。相変わらずこたつむりな魔理沙と、
ヤドカリ吸血鬼なレミリアは、小さな腹の音と共に頭を持ち上げるが、霊夢の言葉は端か
ら無視。コタツに取りついたまま出てくることはなかった。

「さ、それじゃあ今日の夕飯を、っと」

 仕方なしに箸や茶碗をコタツの上に並べる霊夢の後ろから、両手に鍋を持って咲夜がや
ってきた。かなり大きな土鍋をどん、とコタツの真ん中に置く。

「おぉ〜!」

 誰とはなしに歓声が上がる。冷えた空気の中にもうもうと立ち上る湯気。だしの効いた
煮汁の匂いが嗅覚を刺激し、湯気と一緒に肺を満たす。ぐつぐつと中から聞こえる鈍い音
は、いやらしいほどに耳から食欲をそそらせる。
 冬の定番といえば、やはり鍋だろう。王道とも宝とも言う。土鍋の中にはあふれんばか
りの美味そうな具が漂っていた。

「冬といえばこれだよなー……」
「そうね。私にとって人間は食料だけど、コタツと鍋物を開発した人間だけは尊敬するわ」

 鼻をひくひくさせて、魔理沙が起き上がる。さりげなく問題発言をしながらレミリアは
恍惚とした表情でため息をついた。

「さてと、それじゃあ……」
「食べますか」

 咲夜がご飯を全員に配る。4人はコタツのそれぞれの面に座り直した。霊夢とレミリア、
咲夜と魔理沙がそれぞれ向かい合っている。

「いただきまーす」

 1年ももうすぐ終わる大晦日。
 今年最後の夕飯であった。







「そういえば魔理沙、あの……薬草だっけ?どうしたの?」
「ああ、永琳からもらった。冬に採れる薬用植物何かないかって。風邪引き安い季節だし
な。てゐのほうもよく知ってたぜ」

 そう言って魔理沙はいくつか植物の名を挙げていく。冬以外の薬草で保存してあったも
のももらってきたらしい。水仙やヒルガオが食えるというのは霊夢は初耳だった。

「咲夜ー、そこの肉取ってー」
「はい、どうぞお嬢様」
「あ!それ私が食べようと思ってたのに!」
「早い者勝ちよ」
「手伝いもしてないくせにー!」

 コタツの中心に置かれた鍋から、ひょいひょいと肉がさらわれていく。霊夢が騒いでい
る間に魔理沙もすくっていったからだった。穴開きおたまで無理矢理野菜を魔理沙の椀に
放り込み時間を稼ぐ。その間に食べられる分を確保する。そう、鍋は戦闘なのだ。
 わいわいやりながら、夕食の時間を過ごしてゆく。それは、1年の締めとしては実に楽
しく、ふさわしいと思えるものだった。
 1人暮らしである霊夢と魔理沙はなかなか鍋物を食べる機会がない。団欒という言葉か
ら2人は縁遠いのだ。だからこういう日は特別で、とても大切である。ただ料理が美味い
とか、そういう意味ではなしに。

「咲夜、はいあーん」
「あ、はあ……あ、あーん」

 レミリアが豆腐を咲夜の口に持っていく。初めは戸惑った咲夜だが、それも一瞬。すぐ
にお嬢様の言う通りに豆腐をいただいていた。

「んぐっ!?」

 その途端、急に涙目になる咲夜。それも当然、豆腐は鍋から取り出したばかりなのだ。
猫舌の咲夜にはとびきりきつい不意打ちである。
 口を手で押さえて吐き出そうとする衝動を抑え、咲夜はぷるぷる震えながら豆腐を飲
み込んだ。

「はい次、あーん」
「!」

 それを見計らって、レミリアが再度豆腐を咲夜に差し出す。咲夜は心底困った表情にな
った。

「………………」
「あれ?いらないの?」

 口を閉じて躊躇する咲夜に、レミリアは首をかしげた。無論分かってやっているのだ。
咲夜は舌が痛くて口が開けられないことを。

「いらないなら食べるわね」
「い、いえ!いただきます!」

 咲夜の様子を見てレミリアが豆腐を食べる仕草をする。せっかくレミリアに食べさせて
もらえる絶好のチャンス。これを逃したら多分次は一生来ない。咲夜は慌てて口を開けた。
舌が痛そうである。

「そう?じゃ、あーん」
「あー……」
「なんちゃって」

 微妙に嬉しそうな顔で咲夜が口を開ける。だがレミリアはそれを見ると、にんまりと意
地悪く笑って豆腐を自分の口に入れてしまった。
 後に残ったのは完全で瀟洒な従者の、だらしなく開いた口だけだった。
 
「……!」

 一瞬、時が止まったような気がした。もちろん時を止める程度の能力を持たない3人が
そのことを確認することは出来ないのだが、瞬間的に咲夜の座っている位置が変化したの
と、顔を上げた咲夜の目が真っ赤になっていたところからそれは推測できた。
 多分時を止めている間に大泣きしたのではないかと思われる。
 沈んだ表情で飯をついばむ咲夜の隣で、レミリアはくつくつと笑っていた。
 
「ほれ霊夢、あーん」
「……なんでそこで対抗意識燃やすのよ」

 何に触発されたか、その向かいでは同じ要領で魔理沙が霊夢に迫っていた。
 そうして1年は、いつものように和やかに、騒々しく、そしてどこまでも平和に、暮れ
てゆくのだった。







「さあ、それじゃあ忘年会の始まりだぜ」
「わーい酒樽酒樽ー」

 体も芯まで暖まり、それに反比例して鍋の中身が寂しくなる頃。夕食はその辺りで切り
上げ、魔理沙が神社の酒を持ち出してきた。

「まあた神社のお酒をー」
「何言ってるんだ霊夢。酒は飲むためにあるんだぜ?」

 手際よくコップを全員の前に並べ、魔理沙が酒を注いでいく。今更止めても仕方ないこ
となので、霊夢は黙って注がれていた。
「……今年1年も、特に何もなかったわね」
「待たんか。冬が終わらなかったり夜が終わらなかったりあったでしょうが」

 一口酒を口に含み、咲夜が呟く。霊夢がそれにびしびしと突っ込みを入れていた。何か、
さっきから突っ込みばかり入れているような気がする。

「でも確かに……幽々子たちに会ったのも、輝夜たちに会ったのも、今年のことなのよね
え」

 気を落ち着けようと、霊夢はくっとコップの酒を一気飲みした。周囲の者から歓声が上
がる。全てを飲み干すと、ちょっとだけ落ち着いた。同時に、自分の言った事件のことが
思い出される。

 5月のことだった。本来ならばとっくに桜が咲いており、毎日花見の宴会騒ぎ、ぽかぽ
か陽気で昼までおねむ。そんな春満喫ライフを送っているはずだった。それを、思慮深さ
があるのかどうか分からないどこぞの死人嬢が奪ってしまっていた。おかげで暦の上では
春になっても、外では豪快に雪が降っていたのだ。迷惑極まりない行為だったが、それは
紅魔館のメイド長がきっちり処罰してくれた。処罰といっても所詮は弾幕。その後、すん
なり下界の人間たちとも打ち解けてしまった。
 雪が降っていたせいもあるかもしれないが、もうずいぶん昔のことのように思える。そ
れだけ、冥界の者たちと親しくなっていたのだろう。冥界と親しくなるのはなんだか嫌な
気もするが。

 そして同じ年。慌しくやってきた春が過ぎ、うっとうしいくらいに暑かった夏が終わる
頃。本来ならば月見を楽しく待ち望んでいるはずだったのに、いつまで経っても前日の夜
が終わらなかった。おかしいと思って出てみれば、竹林で出会った犯人は見知った人間と
見知った妖怪。夜を止めているのをやめさせようにも、何だかよく分からないことを言わ
れて弾幕戦に突入してしまった。得意の魔砲をぶっ放され、頭のてっぺんから足のつま先
まで焼けてしまった。
 家に帰ってフテ寝して、翌日になったら本物の満月が戻ってきていた。その原因が月人
にあると知ったときには、拳の1つでも叩き込んでやろうかと思ったものだった。「あん
たらのせいで服が焼けたでしょうがー!」と。つまりそれくらいのことにしか考えていな
かったわけなのだが。
 だから結局、そんなことはその次の日には忘れてしまっていた。まだ半年も経っていな
いのに、やはり昔のことのように思えた。1日限りのことだったからかもしれない。

「時が経つのって、実は遅いんじゃない?」
「見ようによってはね」

 霊夢は思う。考えてみれば、レミリアたちと知り合ったのもわずか1年半ほど前のこと
なのだ。紅い霧が邪魔で、紅魔館に殴り込みをかけたのだった。
 今はこうして、一緒に鍋を囲むほど仲がいい。魔理沙のように、毎日毎日家に上がりこ
んでくる。そんな、客観的に見ればおかしい事象も、霊夢はごく普通に受け入れていた。
 まるで、それが当たり前であるかのように。
 否、それが当たり前なのだ。今まで起きた、人妖のバランスを崩すような出来事を治め
たとき、大抵自分はそのことを忘れるようになっていた。それは何も自分がのん気だから
というのではなく、幻想郷の緩やかな日常がそれを覆い隠してしまうからだった。のんび
りした毎日が楽しくて、戦ったことなどなかったかのように思えてしまう。遠くに住んで
いるのに、通常考えられるよりもはるかに速い速度で仲良くなっていく。何気ない1日が
こんなにも深くて、何年分にも匹敵するほどかけがえのないものなのだ。
 だから、誰といても、まるで生まれたときから一緒だったような錯覚に陥るのだろう。
 紅い霧のこと。ああ、そんなこともあったわね。
 訪れぬ春のこと。面倒だったわね。
 終わらない夜のこと。なんだっけ、それ。
 だって今は、そんな面影なんか微塵も見えないじゃない。
 
「咲夜、このコップいっぱいに注がれた酒の中に、互いに1枚ずつコインを落としていく。
あふれさせたほうが負けだぜ」
「フフン。この私に勝てると思って?」
「うお、いきなり5枚かよ」

 こんな馬鹿な風景、いつものことなのだから。
 今年は確かに、特に何もなかった1年だったのかもしれない。
 
「ああばあさんや、年越しそばはまだかのう?」
「誰がばーさんよ」







 そろそろ日付けも変わる頃。今は冬眠しているスキマ妖怪ならば始まったばかりと銘打
つ時間の夜。年越しそばも食べ終わり、霊夢は風呂から上がってきた。

「そういえばあんたたち、今日泊まるんでしょ?寝巻きはどうしたの?」

 タオルで髪をわしゃわしゃふきながら霊夢はたずねる。咲夜たちは食料以外持ってきて
いなかった。

「それなら心配ないわよ。このタンスの下から2番目を開ければほら」
「うわっ!いつの間に!」

 居間にあるタンスの引き出しを咲夜が開けると、明らかに咲夜とレミリアのサイズに合
わせた服が出てきた。いつ仕込んだのか、それとも空間を紅魔館と直結させたのか。

「何驚いてるんだ霊夢。その下の段は私が使ってるじゃないか」
「ああーっ!!」

 入れ替わりに魔理沙が風呂に入っていった。霊夢はタオルを魔理沙に渡し、コタツに入
った。

「全く、どいつもこいつも人の家を……」
「第2の我が家なんだからいいじゃない。減るもんじゃないし」
「増えるのが問題なのよ」

 大掃除をしないことを見抜かれているのだろう。下手をしたら、どこかに冥界の連中の
服や何かが入っているかもしれない。大掃除をしなかったことを、霊夢は少しだけ悔やんだ。

「第2の我が家って……。フランドールとかはどうしたのよ?せっかく年越しだってのに」
「あら、連れてきてよかったの?」
「ごめんなさい。断固拒否します」
「フランドール様は新年とかの概念がないからいいのよ。パチュリー様も無頓着だし」
「それに、年は自宅か神社で過ごすものって決まってるじゃない」
「だから初めて聞くっての!そんな珍説」

 どうして自分の周りにいるのは常識の欠けた連中なのだろうか。常識の定義が曖昧な幻
想郷だが、そう思わずにはいられない。自分がその非常識どもの中心にいることには気づ
いていなかった。
 年の越し方について内容のない議論をしていると、魔理沙が上がってきた。
 
「さー、それじゃあ忘年会の続きと行くか」
「まだ飲むんかい」

 これでまた荒れることになる。だいぶ酒が回ってきたらしく、咲夜もレミリアも表情が
緩んだままだった。
 年中こうやって笑っていたような。霊夢はそんな既視感に近いものに捕らわれた。魔理
沙は勝手に騒いで周りを巻き込み、いつの間にか人を笑わせている。咲夜やレミリアはお
茶と称して毎日家にやってくる。人で遊ぶために。
 他の連中もそうだ。なんだかんだと理由をつけては酒を飲んでいたはずだ。何か、それ
が普通のように1年間振舞っていた気にさえなってくる。
 もしもそれが続くのなら。それを普通のことと定義づけてしまっていいのなら。
 もうすぐ来る来年も、今年のように何の変哲もない1年になるのだろう。それが普通。
こんな風に非常識な少女たちと一緒に、緩やかに毎日を過ごしていくことになるのだと思
う。それがほぼ確定事項のような気がして、霊夢は苦笑してしまった。
 自分は、きっとそれを望んでいるのだろうけれど。







「……年が、明けたわ」

 カチカチと規則正しく音を刻む懐中時計。真に過去のものとなる年を、4人は静かに見
つめていた。
 そして、3本の針が同時に12を示したとき、咲夜がそう呟いた。
 
「明けたわね」
「新年だな」
「そうね」

 去っていった年。そして、やって来た年。
 4人は顔を上げた。
 
「あけましておめでとう」

 声が重なる。まるで示し合わせたかのように、ぴったりと。
 思わず笑ってしまった。新年早々、去年の続きか。
 きっとこうして、今年も笑っていく。何が起きても、それは穏やかな日常の中に隠され
てしまうだろう。
 それでいい。それでこそ、幻想郷の毎日だ。

 願う。今のこの瞬間のように、今年もまた、思いっきり楽しんでいけることを。
 来し方行く末、未来永劫。
 どうか、幸せでいられますように。




























「さあ、それじゃあ新年会といくかー!」
「まだ飲む気かー!!」

 今年もよろしくお願いします。


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