小  説

31-燃え上がれ恋色マジック 第1話

 本来、「図書館」とは静寂であるべきだ。本を読むという行為に対し、周囲が騒がしく
ては読書に集中できないからだ。そういった意味では、ここ紅魔館にある図書館も、図書
館として正しい姿をしている。少し前までは、どこぞの人間がよく荒らしまわってくれた
が、今は静寂そのものだからだ。司書である小悪魔にとって、図書館が平穏であるという
のはとても喜ばしいことだった。
 本棚の掃除を一時中断して、小悪魔はパチュリーと魔理沙のために紅茶を淹れていた。
ジャスミンの葉が程よく香る。2人分の紅茶をティートレイに乗せ、小悪魔は自分の部屋
を出た。

「パチュリー様、魔理沙さん、紅茶が入りました」

 広大な面積、及び容積を誇る図書館の一角に、また大きな机がある。机というよりはも
はやせりあがった床と称していいのだが、用途は机である。その角を中心に陣取る2人の
もとに、小悪魔は紅茶を運んだ。

「あ、ありがとう」
「いいところに。ちょうど欲しいと思ってたところだ」

 数冊の魔道書を机に乗せ、自分たちもそれぞれ1冊ずつ本を手にしている。パチュリー
と魔理沙は、その読みかけの本から目を離し、小悪魔に応対した。小悪魔はいつもどおり
の光景に微笑みながら、2人の前に紅茶を置いていった。少し離れたところに紅茶の入っ
たポット、そしてシュガーポットとミルクピッチャーを置いておく。パチュリーはレモン
を入れるかストレートで飲むことが多いが、魔理沙は気分によって時たまそれらを使うこ
とがあるからだった。

「それじゃあ、仕事に戻りますね」

 一礼して、小悪魔は2人のところから離れた。絨毯敷きの床をすべるように歩く。
 
「なあパチュリー。合成魔術と混合魔術ってどう違うんだ?」

 そのとき、ふと魔理沙の声が小悪魔の耳に入った。小悪魔はなんとなく振り返る。別に
魔理沙の言った言葉が気になったのではなく、声に対して半ば反射的に動いてしまったよ
うなものだった。

「あなたねえ、仮にも魔法使いならそれくらい知ってなさいよ。全然違うじゃない」

 本から顔を上げてパチュリーを見る魔理沙に、パチュリーは呆れた声を出す。小悪魔が
見ていると、出来の悪い生徒に注意する教師のように、パチュリーは魔理沙の質問に答え
ていた。
 その様子にくすりと笑うと、小悪魔は床から飛び立った。

 パチュリーの言う通り、合成魔術と混合魔術では全くその意味が違う。合成魔術はその
名の通り、2つ以上の魔術を合成して新しい魔術を作り出すことである。パチュリーはそ
れを得意としており、賢者の石やエメラルドメガリスに代表される、五行の力を合成した
スペルカードを何枚も作っている。魔術の合成それ自体はあまり難しくなく、小悪魔でも
十分施行可能なのである。魔力さえあれば大きなものでも出来る。
 それに対して混合魔術は、合成魔術とは似て非なるものである。合成魔術のほうは、合
成するものの性質が近く、合わせやすいもののことを指す。すなわちパチュリーの用いる
五行の力である。混合魔術はその範囲をさらに広げたものであり、全く性質の異なる魔術
を合成するのである。例えるならば、霊夢の霊符とパチュリーの日符を混ぜ合わせるよう
なものだ。東洋魔術を根底に持つ霊夢の符と、西洋魔術を根幹にしているパチュリーの符
では、根本からして違うのだから合成など出来ない。混合魔術とは、その壁をも乗り越え
て新たなる第三の魔術を作り出すことなのだ。日符と月符を合わせようとする場合にもこ
ちらが当てはまる。混合魔術はあまりに難しく、また大量の魔力を必要とするため、小悪
魔には使うことは出来ない。
 それにしても、魔法や魔術を使う者であれば当然知っている事柄であることを知らない
とは、魔理沙はこれまで一体どんな魔法の学び方をしてきたというのだろう。全くとは言
わないが、基本がなっていないではないか。
 だからこそ知を求めて、この図書館に来るのだろうが。

 小悪魔は掃除を再開した。埃を拭き取り、毛玉をつぶして、魔道書の再整理を行う。毎
日これの繰り返しであるが、好きでやっている以上苦ではない。時々図書館の中で会うメ
イドが愚痴をこぼしているが、だからといって自分にまでそれを押しつけないでほしかっ
た。自分は楽しんでやっているのだから。

「……あ、そうだ」

 そういえば、と小悪魔は呟く。
 広い図書館には大量に本が入った本棚が大量にある。そのためそれを扱うには、本棚群
をいくつかの区画にして考えなければならない。そうでないと図書館の中で迷子になって
しまうからだ。掃除をするときなど、小悪魔は勝手に区画を作り、時間的な区切りを用い
ている。パチュリーのバイオリズムに合わせた区画法は、図書館の掃除を受け持つメイド
たちにも浸透している。ただし非常に覚えにくいので、そういう意味でも図書館に割り当
てられるメイドは熟練者が多かった。
 確か、その区画のうちの1つに、意思を持った魔道書が発生していたはずだった。メイ
ドがそれを発見した場合には、近づくのを禁止した障壁を張らせておくようにしている。
巻き込まれたら死ぬまでに発見されるか、死ぬまで発見されないかの二択になるからだっ
た。そうした魔道書の力をフォーマットするのは小悪魔の仕事である。それを思い出した
小悪魔は、掃除用具を置いて障壁のある区画へと飛んでいった。

「あったあった」

 薄い障壁の張られた場所を見つけ、小悪魔はそのそばに降り立つ。まずするべきことは
周りに誰もいないことを確認すること。障壁を解除した瞬間に幻影が発現する事もあるか
らだ。
 どうやらメイドは周囲にはいないらしい。代わりに、今いる場所はパチュリーたちのと
ころから近いらしく、2人の話し声が聞こえていた。もっともあの2人ならば、よほどの
ことがない限り幻影に巻き込まれることなどないだろうが。
 そのことに安心して、小悪魔は障壁を解除しようとした。
 
「……あら?何これ、ウォッドヤーク使ってるわ」

 しかし、いざ障壁に触れてみて、小悪魔はそれが普通の障壁とは違うものであることに
気がついた。
 ウォッドヤークという、特殊な結界型障壁である。障壁は大抵において魔力だけで構成
されており、その強度を超える魔力をぶつければ壊れてしまう。
 しかしウォッドヤークというのは、どれだけ大きな力をぶつけても壊れることはない。
境界そのものを操作すれば別だが、基本的に力押しでは破れない障壁だ。
 その解除法は、言葉。ある決められた言葉を放つことでその壁を解くことが出来る。ど
このメイドだか知らないが、一風変わった障壁を張ってくれていた。

「もう、面倒だなあ」

 ため息をついて、小悪魔は右手を挙げる。そして小声で呪文を詠唱すると、1冊の本を
呼び出した。どこからともなく飛んできた本が、小悪魔の右手に納まる。

「ええと、解呪解呪っと……」

 その本のページをめくり、小悪魔は目の前にある障壁を解除する言葉を探し始めた。ウ
ォッドヤークは施行した者がその解除の言葉を決められるのだが、それは案外簡単にばれ
てしまう。障壁そのものから解呪の言葉を探すことが出来るからだった。力では壊れない
ながらも、ウォッドヤークがあまり使われないのはそうした理由があるからである。
 本に書いてある探査の術を詠唱し、小悪魔は解呪の言葉を探し出した。
 
「……んーと、『咲夜お姉様サイコウ!!』。……何これ?」

 判明した言葉はかなり危険なもののような気がした。この言葉のほうに障壁を張ったほ
うがいいような気がする。小悪魔はげんなりした表情になった。
 障壁が解除される。こんな言葉で解除されなければならないとは、障壁も泣きたい気分
だろう。どこのメイドだか知らないが、実に一風変わった障壁を張ってくれていた。
 障壁の中にあった、魔力が変に溜まった本の魔力を喪失させる。ため息をついて、小悪
魔はそれを本棚に戻した。

「……だから、そういうわけじゃないって!」

 小悪魔が掃除場所に戻ろうとすると、パチュリーの声が聞こえてきた。何か喚いている。
何事かと思い、小悪魔は本棚の影からそっとパチュリーたちの様子を伺ってみた。

「別にいいだろう、共同で研究したって。いちいち本持って帰るより、ここでやったほう
が資料もあるしさ……」
「魔理沙がやったら家が散らかるでしょ。駄目」

 どうやら、魔理沙がここで何かの研究をしたいと言っているらしい。確かに、魔術研究
のために本を持って帰ることはあるが、魔理沙は次の日には資料不足で貸し出しを追加し
ていく。図書館でやったほうがその手間が省けるのだろう。
 だがパチュリーは承知していない。理由は色々あるだろうが、やはり自分のやりたい研
究が出来なくなるのと、無駄に周りを荒らされるのが嫌なのだろう。

「酷いぜパチュリー、こんなにお願いしてるっていうのに……」
「それのどこがお願いしてるのよー。う、上目遣いくらいじゃお願いとは言わないわ」

 ぷいっと魔理沙から目を逸らすパチュリー。魔理沙の仕草に思い切り心が揺らいだのは
明らかだった。

「とにかく、駄目なものはだ……ん、ぐ……う、げほっ!げほっ!」

 断固として拒否しようとしたパチュリーだったが、そのとき突然咳き込んでしまった。
持病の喘息だ。咳をしながら、パチュリーはうずくまる。
 流石にこれ以上の傍観はまずいと思い、小悪魔は本棚の影から出ようとした。
 
「お、おい!大丈夫か!?」

 しかし、魔理沙が屈みこんでパチュリーの様子を見ようとしたのを見て、小悪魔は動き
を止めた。

「……だ、大丈夫」

 涙目でパチュリーが答える。すぐに治まるということは薬も必要ないということだった。
常日頃からパチュリーの喘息にもつきあっている小悪魔としては、パチュリーがどのよう
に咳をするかでも状態を知ることが出来る。だから放っておいてもいいというわけではな
いのだが、小悪魔はあえて自分の姿を2人の前に出すことをやめた。

「平気か?熱とかないか?」

 心配そうな表情で魔理沙がパチュリーに訊く。そして、おもむろに自分の額をパチュリ
ーの額にくっつけた。言うまでもないが熱を計るという意味である。

 しかし、その突然のことにパチュリーはひどく驚いたようだ。普段あまり開かない目が、
ものすごい勢いで見開かれている。同時に、顔が耳まで真っ赤になっていった。

「……熱あるんじゃないか?パチュリー」

 そっと額を離して、魔理沙が呟く。パチュリーの顔が赤いことにも気づいたようだ。そ
れが吐く息も感じられるほどの密着したせいであるのと、パチュリーがガチガチに緊張し
ていることには気づいていないようだったが。パチュリーの目には魔理沙しか映っていな
かったものと思われる。毎日のように魔理沙は図書館にやってくるが、こうして文字通り
にパチュリーと触れ合うことはないからだ。パチュリーのほうからそれを避けていること
に、多分魔理沙は気づいていない。

「だ、だだだだいじょううぶだっててば」

 焦りすぎて言葉がおかしい。パチュリーはあからさまに魔理沙から目を逸らすが、それ
だけでは魔理沙は納得しない。どこを見ても全然説得力がないのだから。

「少し横になってたほうがいいんじゃないか?寝室連れてってやるよ」
「だ、大丈夫だってば!」
「ああ分かった分かった。分かったから少しおとなしくしてろ半病人」
「きゃあっ!!?」

 そう言うや否や、魔理沙はひょいとパチュリーを抱え上げた。俗に言う「お姫様抱っこ」
である。パチュリーと魔理沙の身長差はそれほどないのだが、病弱なパチュリーを抱える
魔理沙は、実にその姿がよく似合っていた。魔理沙はすたすたとパチュリーを寝室へと連
れて行く。パチュリーはじたばた暴れるが、魔理沙の手から逃れることは出来ない。とい
うよりも、小悪魔から見れば逃れる気はないのではないかと思えた。

「ち、ちょっと魔理沙!どこ触ってるのよ!」
「主にパチュリーの肩とふとももだが」
「はっきり言わないでー!」









 夕方。時間的には夜といって差し支えないのだが、太陽はまだしぶとく空に光を残して
いた。
 今日はあまりトラブルもなく、仕事が早めにかたづきそうなので、小悪魔は夕食をいつ
もより早くとることにした。

「ふう……」

 人肉入りサラダを頬張りつつ、小悪魔は小さくため息をついた。別に疲れているわけで
はない。むしろ平穏な今の生活により、小悪魔の体調は毎日すこぶる良好だった。
 しかしそれでも、小悪魔には悩みの種があるのである。それが自分の努力次第でどうに
かなるものではないだけに、小悪魔はますます頭を抱えてしまうのだった。
 後ろから何度も自分を呼んでいる声にも気づかないほど、小悪魔は悩み抜いていた。
 
「こらっ!」
「痛っ!?」

 こんがらがった糸くずのようにごちゃごちゃ考えていた小悪魔の頭に、的確な手刀が浴
びせられた。いくつかの案をまとめ、それを柱に何かしらの計画をしようとしていたが、
その一撃はそれをあっさり打ち砕き、カオスに戻したまさしくトリリトンシェイク。不意
打ちの痛みと状況把握と今しがた考えていたことがごちゃ混ぜになり、小悪魔は混乱した
まま振り向いた。

「あ、美鈴隊長……」

 小悪魔の視線の先にいたのは、小悪魔よりもさらに美しく紅い髪を持った紅美鈴であっ
た。美鈴は片手に3人前ほどの料理を持ち、呆れた表情で小悪魔を見下ろしていた。

「もう、さっきから名前呼んでるのに気づかないんだから……」
「す、すいません」

 とりあえず、総重量がかなりありそうな料理を下ろしてほしい。片手で支えているのに
震え1つ起こさないとは、一体どれだけの腕力を秘めているというのか。
 小悪魔の思いが通じたのか、美鈴は料理の乗ったトレイをテーブルに置き、自身も小悪
魔の隣に座った。よく見ると3人前ではなくて4人前だった。相も変わらず、不思議な胃
袋を所有しているらしい。その栄養はどこに使われているのだろうか。この馬鹿でかい西
瓜の中身だろうか。

「どうかしたの?何か考えてるみたいだったけど」

 小悪魔がセクハラじみた考えをしていると、美鈴が質問してきた。たった今考えていた
ことを指摘されたのかと思い、小悪魔は一瞬動揺する。しかしすぐに取り直し、小悪魔は
1度脇に置いてあった紅茶をすすった。

「……隊長」
「ん?」

 紅茶を飲むと、小悪魔は呟くように美鈴に話しかけた。美鈴のほうは早速食べ始めてお
り、野菜スープを口に含んでいる。

「隊長は……好きな人っていますか?」
「ぶっふぉう!!?」

 小悪魔が言葉をつむぐと、美鈴は口に入れた野菜スープを盛大にぶっ放した。正面に誰
もいなかったのは幸いである。
 美鈴は豪快に咳き込んでいる。全く予想もしていなかった質問だったらしい。
 
「だ、大丈夫ですか!?」

 小悪魔は慌てて美鈴の背中をさすった。そんなに驚かせるつもりはなかったのだが、美
鈴にとっては不意打ちもいいところだったのかもしれない。
 確かに、メンバーが女性だけで構成されている紅魔館で、そうした色のある話がされる
ことは少ないだろう。咲夜の「ファン」などは大勢いるのではあるが。

「い、いきなり何を言い出すかと思えば……。あーびっくりした」

 ようやく落ち着いたらしく、美鈴は涙を拭き取った。
 
「す、すいません……」
「いや別に。それでなんだっけ?好きな人?私はいないけど」

 大きく息を吐いて、美鈴は小悪魔の質問に答えた。その答えは予想の範囲内である。一
応紅魔館の外を担当している美鈴だが、だからといって男性と会う機会が多いわけではな
いのだから。

「何?もしかして好きな人が出来たとか?」

 だから美鈴も、このような話が好きなのだろう。滅多にない話の種だ。食いつかないわ
けがない。
 しかし、他人にとっては面白半分に聞いても、小悪魔にとってはなかなかに深刻なこと
なのだ。

「いえ、私じゃなくて。……パチュリー様、なんですけど」
「は?パチュリー様?図書館に男なんかいないでしょ?それともどっかから呼び出したと
か?」

 美鈴は小悪魔の話が全く読めないらしく、頭から訊き返した。根っからの本の虫である
パチュリーが、男なんぞに熱をあげるわけがないと思っている。無論それは小悪魔も重々
承知していた。しかしパチュリーが熱をあげているのは本当である。その相手が、単に男
ではないというだけで。

「いや男じゃなくて……その……魔理沙さん、なんですけど」

 しかしそれに関して美鈴に免疫があるはずもないので、小悪魔は恐る恐る切り出した。
先ほどの発言で料理の一部を台無しにしてしまったのもあるが。
 結果、小悪魔の言葉に美鈴は眉をひそめた。顔中にクエスチョンマークが書かれている
のがよく分かる。急に恋愛関係の話をしたと思ったら、その中心人物は本の虫で、しかも
その相手が紅魔館によく遊びに来る人間の少女だというのだ。疑問に思わないほうがおか
しいと思う。

「あー……ちょっと待って。魔理沙さんって、あいつのことよね」
「はい」
「女じゃない」

 眉間を押さえて、美鈴はコメントする。
 
「そのセリフ、咲夜様に言ってみたらどうですか?」
「うん、ゴメン。よく分かった」

 しかし小悪魔はそのセリフを予想していたので、しれっと言葉を返した。美鈴はそれで
一瞬にして理解したようだ。美鈴はパチュリーとあまり接触することはないから小悪魔の
話が読み取れなかったのだろうが、美鈴にとってもっと身近なところに、より具体的な例
がいたのだ。一を聞いて十を知るとはこのことか。美鈴の顔から、クエスチョンマークが
1つ残らず消え去っていた。

「ふーん。あのパチュリー様がねえ。で、それがどうかしたの?」

 納得いったというように、美鈴は再び食べ始めた。4人前あるというのに、会話してい
ても次々と中身がなくなっているから不思議である。美鈴のテーブルマナーはしっかりし
ており、がっついているようには見えないのだが。

「ええ、その……。正直、見てられないんですよ」

 はあ、と小悪魔はため息をついた。
 
「パチュリー様ってあんな方ですから、色恋沙汰には疎いんですよ」

 魔理沙とパチュリーの2人は、魔法を使えるということ以外に共通点はないと言ってい
い。魔理沙も魔法使いである以上家にこもったりはするが、完全無欠のインドア派である
パチュリーと比べれば、大いに外の世界を見てきている。小悪魔の知る限り、パチュリー
は本の世界くらいしか見ていなかった。2人を足して2で割れば、ちょうど平均的な人物
ができるのではないかと思えるほど、2人は対称的だった。
 だから、パチュリーは魔理沙のような人物に憧れるのだろう。それが思慕の感情にすり
替わっているのかもしれないが、少なくとも魔理沙はパチュリーにとって、本以外で初め
て興味を持った「人間」だと言える。
 初恋に近いものだと小悪魔は思っていた。
 
「でもパチュリー様は頑としてそれを認めようとしなくて……。魔理沙さんを目で追って
るところとか丸分かりなんですけど」

 それが、もどかしいのだ。
 初々しいと言えばそれまでである。しかし、パチュリーの行動は見ているほうが恥ずか
しくなるほどじれったいものなのだ。
 今までずっと、何も言わない本ばかりを相手にし続けてきたのだ。だからそんな人物か
らの押しには極端に弱いし、また極端に押しが弱い。

「誰かに背中を押されないと、きっと一生進歩しないままだと思うんですよ」
「なるほどね……」

 魔理沙のほうがパチュリーをどう思っているかは分からない。嫌いなことはないはずだ
が、魔理沙も女性である以上男性を好きになる可能性はある。となれば、放っておいたら
パチュリーは何もできないまま魔理沙の行方を見守るだけになるかもしれなかった。もち
ろん魔理沙にその気がなければ、「友人」から先への進展など望めるはずがないのだが、
ここは幻想郷である。


 常識ごときがでかい顔をできるような世界ではないのだ。


 逆に言えば、やり方次第で魔理沙をパチュリーが望んでいるだろう方向に導くことも可
能なのだ。半強制的になるとはいえ、その希望は大いにある。

「つまり、パチュリー様の恋心を手伝ってあげたいというわけね」
「そうです」

 小悪魔と美鈴は互いに見つめ合った。美鈴の目には興味の色が見てとれた。
 
「面白そうじゃない。それ、私も混ぜてくれない?」

 新しい遊びを見つけた子供のように、美鈴は目を輝かせて言った。
 
「いいんですか?」

 小悪魔は意外そうな声を出す。正直、これは誰かに手伝ってもらうようなことではない
と思っていたのだ。せめて誰かからアドバイスをもらえる程度だと。だから小悪魔は、自
分1人の力でどうやってパチュリーを後押しするか考えていたのだ。

「うん。口裏合わせられるような人がいたほうがいいでしょ?私じゃどこまで力になれる
か分からないけどさ」
「いえそんな。隊長が一緒にやってくれるなら、すごく心強いですよ」

 具体的にどうするかはまだ決めていないものの、人数がいればそれだけ選択肢が広がる
ことになる。小悪魔は嬉々として答えた。

「ありがと。ついでだからこのこと咲夜さんに言っとくね。咲夜さんもこういうの好きだ
からさ」

 そう言って、美鈴はにっと笑った。確かに、メイド長を巻き込むのはいい手である。メ
イドたちの口止めも出来るし、何より時を止める程度の能力はあれば断然事を運ぶのに有
利になるからだった。

「お願いします、隊長」
「こっちこそ、よろしくね」

 互いに力強くうなずいて、小悪魔と美鈴は握手をした。
 そのときの2人の顔は、どちらも「小悪魔」のようだった。


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