小  説

37-燃え上がれ恋色マジック 第7話

 闇雲に振り回される炎は、触れれば火傷では済まない。例え触れずとも、肌は炎の線の
高温さを敏感に感じ取っていた。魔理沙からは汗と冷や汗が吹き出している。

「魔理沙の嘘つき!」

 フランドールがレーヴァテインを横に薙ぐ。魔理沙はそれに突進し、触れる直前で下に
もぐりこんだ。すぐさま現れる炎の魔弾を1つ1つかわしていく。
 
「私のこと好きだって言ってくれたのに……!」

 返す手で斜め下から炎が迫る。魔理沙は高速で移動してフランドールの攻撃を避けた。
魔理沙からの攻撃はない。ただひたすらに避けているだけだった。
 
「私は魔理沙のことが好き!だから一緒にいてほしいのに!どうしてよ!!」

 空気を切る音は燃える音にとって代わられる。焼かれた空気が肺に入り、一瞬呼吸が危
うくなる。だが魔理沙は、そんな状況でもより高温な方、フランドール自身がいる位置へ
向かっていった。
 
「私は……!」
「!!」

 魔理沙の行動を見て一瞬フランドールの動きが止まる。すぐさま動き出したものの、も
ともとスピードのある魔理沙は、会話が出来る程度の距離ならば瞬時に詰めることが出来
るのだ。炎を振ろうとしたフランドールの腕を、魔理沙はがっしりと掴んで止めていた。
 
「……っ魔理沙!」
「私は、人間だ」

 フランドールを見下ろす形で、魔理沙が口を開く。
 
「だから、誰かと一緒にいるとしても、限度がある」

 永遠を生きられる吸血鬼。せいぜい100年かそこらが寿命の人間。パチュリーのよう
な魔女であっても、その命の蝋燭の差は歴然としている。
 フランドールが魔理沙を睨みつけた。
 声が、少し湿っぽかった。
 
「……だったら、私といてよ。私なら、魔理沙とずっと一緒にいられるんだから!」

 吸血鬼としての能力。血を吸い、眷族にした者を永遠にすることが出来る。無論、日の
光に当たろうものなら即座に壊れる仮初めの永遠だが。それでも、フランドールの「一緒
にいたい」という気持ちからそれはくるのだ。
 痛いほどに理解できる。誰かとずっと一緒にいたいということ。とりわけ、他人からの
温もりが少なかったフランドールにとって、魔理沙のような人間の存在は最初で最後かも
しれないからだ。フランドールの視線が魔理沙に突き刺さる。
 けれど。
 
「フラン」

 魔理沙はそのフランドールを真っ直ぐに見つめ返した。
 
「人間だろうと吸血鬼だろうとな……。自分の一生ってのは、自分で決めるものなんだ」

 短くても、長くても、例えそれが永遠であっても、己の生き方は誰かに決められるよう
なものではない。それが運命に縛られていようとも、抗い続けるものなのだ。
 だからフランドールも、ずっと地下室にいるというレミリアの決め事を破って外に出て
きたのだ。
 きっかけは他人でも、最後は自分が決めるのだ。
 
「私がどうするかは、私が決めるぜ」

 その先はほとんど決まっているのだけれど。
 欲張りだから、魔理沙はあちこちに声をかけて自分を楽しませている。
 それでも、最後は自分で決めるのだ。
 
「……ダメ」

 諭すような魔理沙の声。しかし、フランドールはゆっくりとかぶりを振った。
 いつの間にか、その顔には笑みが浮かんでいた。
 
「魔理沙は私と一緒にいるの。そんなこと、させないんだから」

 人の話を聞いていたのだろうか。フランドールのことだから聞いていなかったかもしれ
ない。よしんば聞いていたとして、それで納得するようなフランドールでもなかった。
 自分を見上げるフランドールに、魔理沙は苦笑した。
 
「……やってみろ」

 私は絶対、自分で決める。
 魔理沙は宣言した。











「私は違う。私は外の世界に惹かれたわけじゃない」

 カードが発動する。あふれる光が図書館を照らし出す。その眩しさに目がくらむが、か
まわずパチュリーは詠唱を続け、太陽の光を爆発させた。この世界の、圧倒的な光。まさ
しく王にふさわしい爆発。
 擬似的な光だから灰になることはなくても、やはり吸血鬼にとって苦手であることに変
わりはない。だが怯むことはない。腕で顔に当たる光を遮りながらも、フランドールの目
には憎悪がみなぎっていた。
 
「何が……何が違うっていうのよ!」

 多少の距離を置いて、フランドールが叫ぶ。だがそれは、光の弾幕が発生する音によっ
てかき消された。
 
「くっ……!」

 フランドールが舌打ちする。1度発動してしまえば、そのスペルは術者の魔力が切れる
か術者自身が倒れるかしない限り止めることは出来ない。フランドールは弾幕の間を縫っ
て、なんとかパチュリーに近づこうとした。
 
「私は……外の世界に惹かれたわけじゃない。外の世界なんて、本に比べればくだらない
ものだわ」
 フランドールを見据えつつ、パチュリーは言葉をつむいだ。
 
「私が惹かれたのは……外の世界じゃなく、霧雨魔理沙という人間によ」

 魔力の衝突音にかき消されそうになるも、その声はフランドールの耳には届いていた。
 
「私は妹様と違って、自分から外を拒絶したわ。その気持ちは、今でも変わらない。あな
たは違うでしょう?」

 パチュリーは、そこで不意にスペルを止めた。フランドールは驚いた表情だったが、会
話をするにはロイヤルフレアはうるさすぎる。図書館に静寂が戻ったところで、パチュリ
ーは再び口を開いた。

「私は違う……。私は外になんか行きたくない。ただ……魔理沙が来てくれるならそれで
いいわ」
「……同じじゃない。私だって、魔理沙と一緒にいたいもの」
「違うわ」

 フランドールの言葉を、半ば遮るようにしてパチュリーが言う。自分でもどうかしてい
るのではないかと思えるほど饒舌だった。
 
「あなたは外の世界を見ている。魔理沙はその中の一要素に過ぎない。私は違う。私は魔
理沙しか見ていない……」

 我ながらなんとも恥ずかしいセリフである。
 だがそれは、自分の気持ちを初めてはっきりと見つめていることなのだ。
 自分に正直になるなんて、きっと一生できはしないと思う。しかし、だからこそ自分が
魔理沙のことをどう思っているのかを知りたかった。これは、自分自身への問いかけでも
あった。
 答えは、実に明瞭だった。
 
「魔理沙は私に、本以外に魅力的なものがあると気づかせてくれた。それは、決して外の
世界じゃない。外のことなんて付随的なものでしかないわ。私が興味を持ったのは、外で
はなく、魔理沙本人……。私の心を少しだけ変えた、魔理沙なのよ!」

 ほんの少しでも、それまで停滞していた心には、それは劇的な変化だった。
 
「だから……!!










「私はフランのことは好きだ。……私はバカだからな。もっともっと、自分の人生楽しく
していきたい」

 だから、いろんなところに声をかけて、大騒ぎして。
 本当に欲張りだと思った。
 フランドールに言ったことは嘘ではない。
 ただ、「本当に好きな人」がまだ見つかっていなかっただけで。
 
「でも、最後は自分で決めるんだよね?」
「ああ」

 フランドールは魔理沙の手を振り払った。同時に、その小さな体に大きな魔力が集めら
れてゆく。

「させない……。魔理沙のそんな決意、私が壊してあげる!!」

 誰に決めるかは、最後は自分で決める。
 しかし、そのきっかけは他人かもしれない。
 
「それでも!」

 魔理沙はフランドールから距離を取って叫んだ。














「だから私は!」


「それでも私は!」















「だから私は、魔理沙のことが好きなのよ!!」
「それでも私は、パチュリーのことが好きなんだ!!」





































 ――パリン。







































「え?」

 分かるはずがないだろう。一体何が起きたかなどと。
 その場にいたのは全部で6人。互いに向かい合う形になっているパチュリーと魔理沙。
そして、その2人を見つめる小悪魔、美鈴、咲夜、レミリアである。だから、今の今まで
フランドールを前にしていた2人としては、何がどうなっているのか理解できないに違い
ない。
 呆気に取られた表情で相手を眺めているだけの2人を、4人の観衆はそれぞれ特徴的な
顔で見ていた。満足げな表情で2人を見つめる者。腕を組み、しみじみと眺める者。今に
も飛び上がりそうなくらいに興奮している者。口に手を当て、頬が真っ赤に染まっている
者。
 
「え?な……何?」

 最初に動いたのはパチュリーだった。訳が分からないといった風に周りをきょろきょろ
と見回す。

「フランは……?」

 魔理沙が続いて周りを見て、それから4人のほうを向いた。
 
「フランなら今日は地下から出てないわよ」

 その言葉に、レミリアがさらっと答える。
 
「え?でもついさっきまで……というか、お前らいつの間に……」
「私たちはだいぶ前からここにいたわよ。いくらあなたにやられたとはいえね」

 続けて出てくる魔理沙の問いに、今度は咲夜が答えた。門のところでやられた痕はもう
残っていなかった。状況が把握できない魔理沙は、目が点になっていた。

「……もしかして、幻術?」

 やや間をおいて、パチュリーが口を開いた。先ほどまで2人が見ていたものと、今の状
況。フランドールが地下から出ていないという事実は、現在この図書館に彼女の気配が感
じられないことから明白だった。加えていつの間にか2人の回りに来ていた4人。何より
も、つい今しがた聞こえたであろう何かが割れた音。
 どうやら、ようやくパチュリーの思考が回転し始めたようだ。
 
「まあ、幻術よね」
「ええ、幻術ですね」

 美鈴の言葉を小悪魔が受ける。
 
「もうお気づきかもしれませんが、お2人は魔道書の異次元迷宮空間にはまっていたんで
すよ」

 小悪魔がパチュリーと魔理沙に解説する。本当は魔道書そのものではなく、それをアレ
ンジした小悪魔の魔法だったのだが、それはすぐに気づくことになるからあえて言わない
でおいた。
 
「この娘に言われたときは正気かと思いましたわ。まさかパチュリー様を罠にかけようだ
なんて……」

 しみじみと咲夜がうなずく。実際には昨日の時点で既に罠を張っていたのだが、それは
それである。規模は今日のほうがずっと大きいのだから。
 
「で、でもそれなら、解呪に何かしらのきっかけがあるはずだぜ?フランを倒したわけで
もないし、ただ最後は叫んだだけで……」
「私もそうよ。ただ言葉を…………」

 うろたえる魔理沙。パチュリーも混乱する中で言う。しかし、パチュリーのほうは言い
かけて何かに気づいたようだ。
 
「言葉……迷宮……。まさか……まさか、ウォッドヤーク!?」

 自分に言い聞かせるようにぶつぶつ呟いていたパチュリーは、ある1つの魔法名にたど
り着いた。異次元迷宮空間はその発生源をつぶすことで解呪できる。だが実際には、力で
はなく言葉で解呪された。
 ならば。
 パチュリーの答えに、小悪魔はにっこりと微笑んだ。昨日見せていた悪魔の笑顔ではな
く、普段パチュリーたちに見せているような綺麗な笑顔だった。
 
「ご名答です、パチュリー様」

 そこにそこはかとなく悪意が感じられるのだが、パチュリーも魔理沙もただ言葉を飲み
込むだけで、細かいところまで気が回っていないようだった。

 そう、パチュリーの言うとおりである。
 厳密には、言葉を鍵とする結界型障壁『ウォッドヤーク』と、小悪魔の作った異次元迷
宮空間との「合成魔術」である。両方とも結界型の魔法なので、小悪魔には不可能な混合
魔術ではないのだ。
 昨日のうちから、小悪魔は徹夜でこれを作っていたのだ。心の隙を突く迷宮空間を使い、
2人の心を暴く。その上で、否が応でもその言葉を言わせるための結界を合成する。キー
ワードは、互いの「好き」という声。2人が幻影のフランドールと対峙したのはたまたま
だが、それは自分の心が具象化した姿に過ぎない。2人が見たものは自分自身の心である。
自分が目をそらしていた部分を、迷宮空間による精神攻撃の一種で無理矢理見させる。本
来ならば心の弱いものはそこで折れてしまうのだが、魔理沙もパチュリーも気持ちはとっ
くに決まっていたのだろうし、どの程度の攻撃になるか、そしてその方向性を小悪魔はし
っかりと想定して調整しておいたのだ。その微調整のおかげで寝られなかったのである。
 自分の気持ちに対して話をさせる。見かけ上は他人と話しているようでも、「自分」と
対話するという根本の部分は変わっていない。己と対話していけば、自然とその答えにた
どり着くのだ。
 同時に、それは告白の証拠でもあった。
 
「………………!!」

 魔理沙もパチュリーも、開いた口がふさがらなかった。よもや自分が罠にかけられてい
るとは思っていなかったのだろう。とりわけパチュリーは、自分でも気がついていないだ
ろうが、どんどん顔が紅潮していっていた。
 
「いやあ、言ったわね」
「言いましたねー」

 咲夜と美鈴がうんうんとうなずく。
 
「だから私は魔理沙のことが好きなのよーって」
「それでも私はパチュリーのことが好きなんだ!って」

 美鈴がパチュリーの、咲夜が魔理沙のまねをする。セリフのくすぐったさに頬が緩む。
異次元空間に巻き込まれた時点で現実での体は行動不能になる。結界に閉じ込めた形にな
るのだ。パチュリーと魔理沙は必死で動いているつもりだったのだろうが、それはあくま
で頭の中での話。現実では口しか動いていなかったのである。結界に捕らわれた2人を、
小悪魔たちはずっと観賞していたのだ。体が動くことはないのだが、幻影内でどういった
展開がされているか術者は投影することができる。魔道書であれば無論投影されることな
どないのだが、今回は小悪魔である。ばっちり他3人に生中継を行っておいた。
 心の込められた2人の叫びは、図書館中に響き渡っていた。
 
「熱い叫びだったわ」
「魂の声でしたね」

 2人の表情が崩れ始めていた。笑い出しそうで辛いのだ。昨日のように隠れていたのな
ら、咲夜とてその瀟洒さを破壊してしまっていただろう。
 
「お……お前ら、いやにあっさり負けたと思ったら……!」

 魔理沙も何が起こっていたか理解したらしい。普段は冷静そうな普通の魔法使いの顔が、
パチュリーのように赤く染まっていく。
 2人揃って、初々しく真っ赤っかだった。
 
「ああ、その娘に言われてたのよ。何があっても通さない『ふり』をしろって」
「ふり……!?」
「そのほうが、燃えるしね」

 ニヤニヤしながら、咲夜の言葉を美鈴が受け継ぐ。
 咲夜と美鈴が、メイドたちを動員してまで魔理沙の進行を阻もうとしたことは、魔理沙
の一途な想いをより燃え上がらせるために、小悪魔の仕込んだ演出だったのだ。咲夜と美
鈴の2人が本気に近い力を出すことで、魔理沙の心に火をつけさせるという計画だった。
もちろん本当に追い返してしまっては意味がないから、ある程度戦ったところで魔理沙を
通すことにしていたのだ。この計画のおかげで警備隊には尋常でない被害が出ているが、
そこはそれである。悪いとは思っているが、このくらいは許可の出ている被害なのだ。
 何しろ、警備隊長とメイド長が承認しているのだから。
 
「でっ、でたらめ言わないでよ!」

 次々と明らかにされてゆくトリックの中、不意にパチュリーが待ったをかけた。
 
「いくら合成魔術とはいえ、その娘にこんな大掛かりな魔術が施行できるはずがないわ!!
私も魔理沙も気づかないなんて!!」

 この期に及んで認めたくないらしい。昨日今日で認められるようなものではもちろんな
いが、しかし事実は事実である。小悪魔はあっさりと答えを返した。
 
「確かに、私1人じゃこんな魔術作れませんよ。だから、レミリアお嬢様に魔力を貸して
もらったんです」
「レミィが……!?」

 愕然とした表情でパチュリーが友の顔を見る。そのレミリアは、他3人同様くつくつと
笑っていた。
 混合魔術でなければ、合成魔術の使用可否は術者の魔力量で決まる。ウォッドヤークと
異次元迷宮空間の合成は小悪魔の魔力では施行することができない。そこで、レミリアの
強大な魔力を借りて成功させたのだ。
 パチュリーと魔理沙が気づかなかったのは当然といえば当然だった。迷宮は図書館の入
り口とパチュリーの部屋の前に設置されていたのだが、異次元迷宮空間というのはそもそ
も対象に気づかれないようにその中に巻き込むのだ。普段の2人であればそれでも気づい
たであろうが、昨日のように動揺したり互いのことしか考えていなかったりしていたのだ
から、簡単にはめられてしまったのである。

「私に直談判してきたときには驚いたわ。でも、あんまり面白そうな計画だったから、つ
いね」
「まさかレミィ、運命を……?」
「まさか。そんなわけないじゃない」


 ――あなたたちの運命なんか、操るまでもないんだから。


 意地悪く笑ったレミリアの顔は、実に楽しそうだった。
 
「あ……あう……」

 パチュリーはもう何も言えなくなってしまったようだ。
 
「さて……。それで、どうなの?パチェ」

 そこへ、追い討ちをかけるようにレミリアがたずねる。
 いや、実際それは追い討ちだった。
 
「ど、どうって……?」
「あら、決まってるじゃない。幻影の中じゃお互い会えなかったんでしょ?……改めて、
言ってみたら?」

 幻影の中で言った、本心を。
 レミリアの表情は悪魔そのものだった。紅い悪魔というよりもかなり黒かった。
 それに乗るかのように、4つの薄笑いが魔女2人を追い詰める。こんなに面白いことは
かつてないと言い切ってもいいような気がした。4人は無言で圧力をかけた。
 魔理沙もパチュリーも、唖然として動くことができなかった。
 
「そらー!言え言えー!」

 美鈴がやたらと盛り上がって告白を促す。しかし、奥手もいいところのパチュリーにそ
んなことができようはずもない。どちらにしても黙っていたほうが展開はよさそうなので、
小悪魔は止めておいた。
 しかし促すことだけは小悪魔も推奨していた。
 
「それで、どうなんですか?魔理沙さん」

 さりげなく、しかし的確な言葉を小悪魔は浴びせる。パチュリーを促しても固まったま
まだろうから、あえて魔理沙のほうに声をかけた。

「う……」

 魔理沙がたじろぐ。いくらフランドールがいないとはいえ、本心をこんな連中の前では
言いたくないだろう。
 しかし、昨日のフランドールに対しているときと比べれば、迷っている時間は短かった。
たじろぐこと数秒、目を閉じて躊躇すること数秒。
 
「パチュリー」
「な、何よ?」

 そして、1度小さく深呼吸。


「私は好きだぜ、パチュリーのこと」


 にっと笑う魔理沙の顔。ややぎこちなかったが、その笑顔には気恥ずかしさが多分に含
まれていた。桜色に染まった頬は、魔理沙が1人の少女であることを如実に物語っている。
しかし、当の魔理沙がかもし出す雰囲気にはそれは全くといっていいほど感じられない。
流石は恋の魔砲使いといったところか。百戦錬磨ということはないだろうが、魔理沙の笑
顔はとても気持ちのいいものだった。
 
「〜!!」

 一方、思い切り真正面から告白されたパチュリーは、これ以上ないくらいに顔が赤くな
っていた。昨日魔理沙がフランドールに言ったときとは、その言葉の重みが違うことに気
づいたのだろう。脳が沸騰寸前。或いは全身卒倒寸前だった。
 
「パチェ、答えは?」

 ニヤニヤしながらレミリアがパチュリーを促す。
 もちろん、素直に答えるわけがないというのは誰もが予想していたことだった。
 
「……べっ、別に私は魔理沙の事なんか好きじゃないわよ!!」

 そして、またいつかどこかで見たように、赤くなった顔を背けるパチュリー。
 
「あー、またそうやってー……」
「まあまあ、隊長」

 呆れ返って前に出ようとする美鈴を、小悪魔は押し留めた。そしてパチュリーに微笑み
かける。
 
「ですが、パチュリー様」
「何よ」
「……嫌いじゃないんでしょう?」

 小悪魔は分かっているのだ。これが、今のパチュリーにとって精一杯の気持ちだという
ことを。だから、下手に刺激するようなことはしない。昨日は確かにやりすぎてしまった
感があった。2人の気持ちを考えるなら、もっともっとゆっくりと時間をかけるべきだっ
たのに。
 
「……まあ、ね」

 今日はここまで。そして明日からまた、少しずつ進んでもらおうと思った。


 パチュリーはそっぽを向いたままだったが、ふと何かを思い出したように魔理沙に向き
直った。
 
「そういえば魔理沙!魔理沙は妹様のほうが好きなんでしょ!それはどうなってるのよ!」

 なかなか素直になることができないパチュリー。もっとも、昨日のことを考えればそれ
は自然といえるだろう。魔理沙の言った言葉も、そのせいで魔理沙をひっぱたいてしまっ
た事も、気にしないわけにはいかないはずだった。
 
「……そうだな。行ってやらないとな」

 パチュリーの言葉に、魔理沙は苦笑した。幻影の中でも言っていたが、やはり自分が何
をしたのかは分かっているらしい。
 今日遊ぶという約束もあって、魔理沙は地下にいくことに決めた。門のところで咲夜と
美鈴がフランドールに言い聞かせたというのは、もちろん嘘である。
 
「ねえ魔理沙、本当に……?」

 咲夜が尋ねる。迷宮内での魔理沙のセリフは全て筒抜けだ。そこでは、どうもフランド
ールを拒絶していたように思える。だから、もしも同じ理論でいったのならば取り返しの
つかないことになるのではないだろうか。
 疑問顔の咲夜に、魔理沙は首を振った。
 
「それは、おいおい教えていくことだろうな。ただ、フランは『好き』の違いが分かって
ない。好きか嫌いかの二択しか知らないんだ」

 「好き」、「嫌い」、「好きじゃない」、「嫌いじゃない」。この微妙な違いがフラン
ドールには分かっていないのだ。確かに、誰かと遊ぶことしか考えていないフランドール
だ。その心に、恋の感情があるかは疑問が残ることである。
 そして、それは教えてすぐにどうなるものでもない。知っているならば知っているで、
いわゆる「恋の争奪戦」が始まることになるのだろうが、知らないならば、やはり時間を
かけてそれを教えていくことになる。
 
「『Like or Love』?」
「そういうことだ」

 魔理沙は帽子をかぶりなおした。咲夜と美鈴と戦ったときのダメージはないのだろうか。
何かが吹っ切れたようなさっぱりした笑顔は、魔理沙の魅力をより一層引き立てているよ
うに思えた。
 バカみたいに騒いで、みんなと笑い合って、そんな、天真爛漫な恋の魔砲使い。
 その光が眩しかったから、その光を見ていたかったから、パチュリーは魔理沙に惹かれ
たのだろう。

「それじゃパチュリー、ちょっと行ってくるぜ」

 振り返った魔理沙は、パチュリーの唇に一瞬だけ自分の唇を重ねていった。











「…………………………」

 魔理沙が去り、図書館に残された5人は、開いた口を塞ぐことができなかった。とりわ
け、パチュリーは頭からつま先まで赤を通り越して真っ白になってしまっていた。
 まさか、明らかに茶化す連中がいる前で公然とキスをするとは思わなかったのだ。それ
も、昨日のおでこと違って口である。
 去り際、魔理沙が魔術研究の事も考えといてくれとか言っていたような気もするが、も
はやそれは誰も覚えていなかった。
 とりあえず、小悪魔の立てた計画が成功したことだけは事実のようだった。ただ、最終
的な結果が予想以上の良さをもたらしていた。
 しかし、計画の成功などもうどうでもよいことだった。パチュリーがほんの少しだけ素
直になってくれたこと。魔理沙がその心を見せてくれたこと。
 そして、2人の距離がちょっとだけ縮まったこと。
 あの日から、魔理沙を見続けてきたパチュリーを小悪魔は見守っていた。何度も何度も、
こうなればいいと思っていたのだ。だから今日の出来事は、本当に望ましい結果だったと
いえる。2人の背中を軽く押して、得られたものは大きかった。
 きっと、もうこんなことをする必要はないだろう。


 あの2人の運命は、既に決まっていることなのだから。


 我に返った小悪魔は、いまだパーフェクトフリーズなパチュリーを部屋に連れて行くこ
とにした。パチュリーほどショックは大きくなかった3人もようやく動き出す。
 
「あー、面白かった。もー、2人の反応といったら……」
「美鈴、今は我慢よ。……あとで思いっきり笑いましょう」
「これからどうやって発展していくのか、楽しみね」

 3人に感謝しきれないくらいの礼を言い、小悪魔はパチュリーを背負って部屋へと飛ん
でいった。小悪魔の顔にも、それ相応の笑みが浮かんでいた。
 結果的にはいい方向へと進むことができたが、一歩間違えれば奈落に落ちるところだっ
た。空も飛ばずに丸太1つで谷を越えるようなものだった。
 しかし、今こうして笑っていられるのならそれでいい。魔理沙がフランドールとどう接
していくのかが気になるところだが、そこはもう魔理沙にまかせたほうががいいと思った。
 
「最後は自分で決めるんですよね、魔理沙さん」

 魔理沙の出て行った図書館の入り口のほうに、小悪魔は笑みを向けた。











 パチュリーの部屋へと向かう途中、ふと、小悪魔は空気の流れに気がついた。
 どうやら、魔理沙が図書館の扉を開けっ放しで出て行ったらしい。
 澱んだ空気に小さな風。全てが止まっている図書館の中で、それは確かに動いていた。
 動かない大図書館を、風が動かしてゆく。時の止まった世界を、音より速く動かしてゆ
く。
 彼女たちには、確かな変化が訪れていた。静かだった心に火がともされる。火は、風を
もっていよいよその勢いを増す。それは魔法のように、あっという間に心の世界を照らし
てゆく。































 だから燃え上がれ、2人の恋の魔法。

原稿用紙186枚の大作、ついにアップ開始(2008年6月30日)。
燃え上がれ恋色マジック全第7話をアップしました(2008年9月22日)。 この作品は天馬の作品のなかでも自ら締め切りを定めて書き、評判もよい部類かと思いま す。天馬もすべて書き上げたときに次のような感想を書き残しています。

<執筆感想>
「終わった……

な、長かった……。テストや最萌を挟んだとはいえ、まさかひと月半もかかるとはおもわ なんだ。
 そんなわけで、全作品21作目にして、小悪魔SS第10弾、燃え上がれ恋色マジック でした。『魔理×パチュメイン型小悪魔視点SS』、小悪魔の出番ほとんどありませんで したが、小悪魔SSと言い張ります。
本文書きながら投稿するのは今まで初めてで、今まで以上に自分で決めた締め切りに怖が ってました。
今回の納得度は、まあ60点くらいかな?後半が相変わらずぐだぐだだったのが主な原因。 もっとしっかり考えて書かないと。
さて、ようやっと魔理沙とパチュリーの距離が少しだけ縮みましたが、もちろんこのまま 2人の仲を発展させるほど私の脳みそは単純ではありません。なんせ、魔理沙にはまだ霊 夢にアリスにフランがいますからね(一応、フランとの決着はつきません。やはりおいお い教えていくほうだと私は思っています)。私はそこに、はね〜〜さんのチルノも加えた いと思っています。うっわあ、強敵だあ。後1人いれば五つの難題になるのに。
この先魔理沙とパチュリーがどうなるのか、それはまだあんまり考えてません。
それでも天馬流星は、魔理×パチュを応援しています。
そして、小悪魔を心から応援しています。」

(2005年2月16日天馬記)

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