小  説

50-幻想の居場所






 冬の空気は冷たいけれど、乾いているから飛ばせば胸がすっとする。春は空気が暖かく
て、身も心も軽くなるから自然とスピードが出る。夏の日差しは強烈で、うだるよりも気
分が高揚するからなんだか飛ばしたくなる。
 そして秋は空が高くなって世界が広がった気がするから、やっぱり高速で舞いたくなる。
 とどのつまり、霧雨魔理沙にとって空を飛ぶことに季節は関係ないのであった。雨だっ
たり雹だったりしたら大いに関係してくるが、こんなに気持ちのいい秋晴れの空だったら
自分の限界を試しているかのようなスピードを出すのである。
 風を切る感触が気持ちいい。魔理沙は箒にまたがって、残暑も過ぎた空を飛ぶ。胸に湧
き上がる爽やかさを楽しみながら、魔理沙は博麗神社へと箒の先端を向けていた。こんな
にいい気分だから、霊夢のところに上がりこんでお茶でももてなされるのが筋だと思って
いた。

 やがて、何を奉っているのかいまだに分からない神社の鳥居が見えてくる。魔理沙は大
きく旋回しながら高度を下げていった。このまま一直線に突っ込んでもよかったが、やる
とどこかを破壊して霊夢を怒らせるかもしれない。今は霊夢と弾幕をする気分でもなかっ
たのでやめておく。本当に自分の限界を試さなければならなくなるだろう。
 地面と箒との仰角に気をつけ、魔理沙は着地地点に見当をつける。着陸時の滑走距離は
決して長くはないが、ブレーキングを誤らなければそれはさして問題なかった。魔理沙は
速度を一気に落として境内に降り立った。かかとで地面をこすり、境内を滑走して停止す
る。文句なし。魔理沙は箒から降りてうん、とうなずいた。

 さて早速たかりにいこう。昨日は湿気たせんべいだったが、多分今日も湿気たせんべい
だろう。多分というか絶対。博麗神社の茶請けが一日で変わるわけがない。万年素寒貧巫
女のことだ、今日も今日とてそれで静かに満足していることだろう。

「霊夢ー。今日も来たぜー」

 母屋の玄関から挨拶することなく、魔理沙は縁側から声をかけた。いつもなら霊夢はそ
こにいるが、今日もやっぱりそこにいる。湯飲みを手に、傍らに急須とせんべいの入った
小さな盆を携えて、博麗霊夢はいつも通りそこにいた。昨日来たときと寸分違わぬ状態に、
魔理沙は苦笑する。

「お前、本当は霊夢再生機とかじゃないか? いつものことだがいつもすぎるぞ」

 箒を肩に乗せ、魔理沙は霊夢のそばに歩み寄る。毎日毎日霊夢のこんな姿を見ていると、
今日が昨日なのか明日なのか分からなくなるという、不思議な感覚に襲われてしまいそう
だった。

「……? 霊夢?」

 箒を縁側に立てかけ霊夢の隣に座ろうとして、魔理沙はふと、霊夢の異状に気がついた。
 
「………………」

 霊夢が何の反応もしない。しかし寝ているわけではない、と思われた。
 湯飲みを手に持ち、霊夢は座っている。この状態でも寝るときは寝るが、目を開いたま
ま寝ることは流石にない。
 まして白目をむいているともなると、それは寝ているのではなくて気絶しているのだ。
 魔理沙はなんとなく空に目を向けた。微妙な表情をした霊夢の魂が無縁塚に向かってい
るのが視えた気がした。


 ――ずっぱーん


「起きろー! 何だか分からんが寝るなー!!」
 魔理沙は瞬時に状況を理解すると、気つけに霊夢の頬を思い切りひっぱたいた。腰の回
転が存分に加わった魔理沙渾身の平手打ちである。別の意味で気絶すること請け合いな威
力だった。
 首を捻られ、頬にでっかい紅葉をこさえ、霊夢の頭はそのまま床にダイブした。何の抵
抗をすることもなく、ごん、と頭が墜ちる。しかし霊夢は起き上がらなかった。白目のま
ま、床に転がってしまっている。

「くっ! 私のビンタを食らっても起きないだと? 何てこった」

 魔理沙は心配になってきた。誰かと争ったような形跡はたった今作られただけだから、
何かの力を受けたわけではないだろう。霊夢は意識を失うほどショッキングな出来事に出
くわしたのだ。

「……くそっ。こうなったら奥の手だ!」

 しばらくどうすべきか逡巡していた魔理沙だったが、このままでは霊夢が本当に三途の
川の渡し守やその先の閻魔大王にお世話になってしまう。意を決して、魔理沙はもう一段
階上の気つけを試すことにした。こちらはさらにリスクが高いのだが、リターンを狙う以
上はこの方法しかない。
「許せ霊夢! 骨は拾ってやるからな! 恥骨とか!!」
 魔理沙は霊夢を抱え起こすと、気つけのための「点」を狙う。ここを突けば、霊夢はこ
の世に戻るかあの世に旅立つかどちらかである。一瞬迷いが生じるが、しかしそんな状況
ではない。
 魔理沙は狙いを定める。少しでもその点からずれたら終わりだ。正中を捕らえることだ
けに集中しなければならない。

「だあああぁぁぁぁりゃあああぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 ――ピチューン


 およそ人体から発せられたとは思えない、間抜けな音が博麗神社で静かに轟いた。とは
いっても、この音は幻想郷内では人が死んだに等しいほどの意味を持つ。人体最大の急所
を突くときに出る、死の音なのだ。これを食らってなお生きるには、主にガッツが必要で
ある。使える者はスペルカードを一枚か二枚。いずれにしろ根性があればなんとかならな
くもないわけであった。
 そして霊夢は、その条件に関しては両方とも十分すぎるほどに持ち合わせている。だか
ら、魔理沙は霊夢の復活を信じて撃ち込んだ。死ななければたとえ死の淵にいたとしても
蘇ることができる究極の気つけ法なのだ。

「う…… う〜ん? あ、あら魔理沙? ジスレヴィード?」
「なんでお前がエスペラント語を知ってるのかはともかく、とにかく起きろ。ついでに私
は帰る気はまだないぞ」

 まだ意識が戻りきっていない霊夢のために、魔理沙はお茶を入れてやることにした。ち
なみに湯飲みは平手のときに盛大に床にぶちまけてしまっていたが、今のところ気にする
者はここにはいない。魔理沙は湯飲みにお茶を入れなおすと、霊夢に渡してやった。


「落ち着いたか?」
「ん……うん。ありがと、魔理沙」

 ずず、と一口飲み、霊夢はゆっくりと息を吐き出す。霊夢の隣に座り、魔理沙は確認し
た。ばつの悪い笑顔を作り、霊夢が返す。

「で、何があったんだ? 魂が抜けかけた霊夢なんて初めて見たぜ」

 場が落ち着いたのを見て、魔理沙は改めて霊夢に尋ねてみた。霊夢自身も、確かに三途
の川が見えたとちょっと危ないことを口にしている。それだけの何かが起きたということ
だ。

「ん〜、なんというか……。凄く驚いちゃってね」

 縁側に来たのは無意識な現実逃避かも、と霊夢は苦笑する。
 魔理沙はその台詞でなんとなく納得した。霊夢は普段滅多なことでは驚かない。どんな
驚愕の事実が発覚しても、それとなく受け入れてしまうのだ。霊夢が驚くということは、
常人が目玉が飛び出すくらい驚くということ。霊夢が凄く驚くということは、常人が瞬間
最大脈拍数が五百くらいまで達するということ。つまり、魂が抜けかけるほど霊夢が驚く
ということは、常人は死ぬということに他ならない。
(……あんまり知りたくないな)
 そんな分析をしたがために、魔理沙は心からそう思ってしまった。死因が驚きによるシ
ョック死。凄く嫌だった。

「まあ、百聞は一見にしかずって言うし。見てみればいいわ」

 しかし霊夢がそんなことに気づくはずもなく、湯飲みを置くと霊夢は立ち上がって魔理
沙に手招きした。ついていくべきかいかざるべきか、文字通り人生の岐路に立たされる魔
理沙。

「早く来なさいよ」

 もちろん選択などできないが。霊夢は魔理沙の手を取り、境内の方へと引きずっていっ
た。仕方なく魔理沙は自分の足で歩くことにする。

 霊夢と魔理沙は拝殿の正面まで来た。
 
「で? 何があったんだ?」
「見てみてよ、お賽銭箱の中」
「賽銭箱?」

 まさか賽銭が入っているとでも言うのか。ひょっとして金塊が入っているとか。あるい
は松茸が自生していたとかか。好奇心をそそられ、魔理沙はひょいと賽銭箱の中を覗いて
みた。
 魔理沙の目に入ったのは。
 
「あ……?」

 賽銭箱いっぱいに詰め込まれた、大量のお金だった。額にして、五百万は下らない――。
 
「――」

 川原で昼寝をしている死神が見えたような気がした。


 ――ピチューン


「げほごほがはっ!!?」

 痛恨の一撃が魔理沙に入る。一瞬で意識を取り戻し、魔理沙は腹を押さえてうずくまっ
た。霊夢が玉串を突きこんだらしい体勢でいるのが視界の隅に映った。

「大丈夫?」
「お、おう……。霊夢、ダンコン」
「ネランキンデ」

 そっちもやったんだからお互い様でしょ、という響きが霊夢の声に込められていた。肉
体的にも言い返せないので、魔理沙は黙って回復に努めることにした。

「し、しかし……驚いたな。霊夢の魂が抜けかけるのも納得がいったぜ」
「でしょ?」

 体が落ち着くと、魔理沙は改めて賽銭箱の中を見てみた。なるほど、霊夢が驚くのも無
理はない。本当に詰め込まれてるとしか表現できないほどにぎっしりと、硬貨や紙幣まで
賽銭箱に入っているのだ。実に見事なびっくり箱である。たまに疎状態の萃香が入ってい
たりする程度の博麗神社の賽銭箱にこれだけのお金が入るということは、天地がひっくり
返ってもありえない出来事なのだ。第一昨日も魔理沙は神社に来ていたが、そのときには
いつも通り一銭もここには入っていなかった。入っていたのは空気だけだった。
 つまりこれだけの金が、たった一晩で入ったということである。これだけあればいくら
なんでも音がするから霊夢も気づくものだろうが、霊夢は何の気配も感じなかったと言う。
寝ているときは全然警戒していないからあまり参考にはならないが。

「うーん、不思議なもんだな」
「うん。なんだか怪しくて、手つけてないのよ」

 霊夢のところには絶対に回ってこない天下の回りものだが、かといってこんな風に回っ
てこられると素直に喜ぶことはできなかった。霊夢も心底困ったような表情をしている。

「誰が、何のために……」

 目下知りたいのはそれだった。何の理由があればこんな世界で最も金と縁のないところ
にこれだけの金を入れなければならないのだろうか。魔理沙は腕を組んで考える。

「魔理沙は、誰が犯人だと思う?」
「萃香」

 そして、割とあっさり目星はついた。霊夢の問いに、魔理沙は即答する。
 
「動機は?」
「あいつの力で金を萃めて霊夢を驚かし、霧になってそれを観察する」

 我ながら完璧な推論だ。死角は見当たらない。
 
「それだったらもう種明かしして出てくるはずよね。これだけのお金もどうにかしなきゃ
いけないんだし」

 霊夢はきょろきょろと周囲を見回して、萃香の名前を読んでみた。
 しかし、誰もそれに返事をしない。萃香の気配は全くなかった。観察する程度に疎にな
っているなら、大抵の場合その気配を感じることができる。だがそれは初めからなかった。

「ハズレみたいね」
「かもな」

 ただいないという可能性も考えられるが、萃香は正直だからすぐに種明かしすることの
方が多い。ということは、萃香が犯人であるのは少し考えにくいことだった。

「じゃあ、霊夢は誰だと思う?」
「……萃香じゃないなら、紫かしらね」
「動機は?」
「どっかからスキマ経由でお金持ってきて入れて、私が驚く様を」
「同じじゃないか」

 どちらも人を覗き見するのが趣味のようなものだから仕方ないのかもしれないが。推測
でしかないにもかかわらず、どちらもろくでもない動機だった。しかしありそうだから笑
い飛ばせない。

「でも、紫の方は呼ぶわけにもいかないな」
「まだ昼だからね。夕方ごろになったらマヨヒガに行ってみる?」
「そうだな」

 今のところ、有力なのは紫しかいなかった。それどころか、霊夢は紫か萃香が犯人だと
ほぼ断定している。魔理沙が理由を訊くと、その二人以外にあれだけ大量の金を一晩で運
べる者はいないからだそうだった。

「確かに、持ってくるだけで重いな」
「でしょ? 悪戯でやるとしたらあの二人よ」
「……待った。悪戯じゃないとしたら?」

 そこでふと、魔理沙は一つ思いついた。
 
「は? どういうこと?」
「つまり、本当に神頼みの意味で誰かがあれを入れたんじゃないかってことだよ」

 あれだけたくさん入れれば、いかに博麗神社といえどなけなしのご利益がいただけるこ
とだろう。そこまでして何を願うのかは全くもって謎だが。

「……。お賽銭の意味を履き違えてるならそうかもしれないけどね」

 しばし考え込んでいた霊夢は、やがて口を開いてそう言った。
 
「賽銭の意味?」
「お賽銭で運が買えるわけないでしょ」

 縁側に移り、お茶を入れなおすと霊夢は会話を再開した。せんべいを一口、ばりっと齧
る。

「お賽銭は運気を上げるためのものじゃないわ。だからたくさん入れたところで効果なん
かないの。あれは神様へのお供え物、つまり感謝の表現方法の一つなのよ」

 ばりっともう一口。霊夢は至極冷静に賽銭の意味を魔理沙に教授した。
 そーなのかー、と魔理沙はうなずく。ということは、神頼みそのものが間違ってるわけ
で、あの賽銭にその意味を込めても全然効果はないということだ。だが魔理沙自身賽銭の
量でその後の運が変わると思っていたので、そのことを知らないでよほど切羽詰まってい
れば、ありえない話ではないと思った。

「てことは、あれは無駄金ってことになるな」
「本当の意味を知らなきゃね」

 残るは、本当の意味を知っている者がそのために捧げた説。しかし、この幻想郷で神を
信仰する殊勝な輩は親指の関節くらいで事足りるほど少ないだろう。第一そんなのがいた
ら、もっと昔から賽銭が入っていていいはずである。

「とりあえず、紫に聞いてみるしかないわね」
「そうだな」

 お金はこの際放っておく。何らかの処置を施すのはそれからにしようと結論づけ、霊夢
と魔理沙は夕方を待つことにした。
 ちなみに、こぼしたお茶は魔理沙が責任持って拭かされることになった。











 紫の起床時間が早まるなんてことは、天地がひっくり返ると見せかけて一回転し元に戻
るくらいありえない現象である。そのため、夕方に出発したはいいがもう少し他を当たっ
てから行くことにした。

 例えば紅美鈴。
 ――給金もないのにそんなことできるわけないじゃない。

 例えばアリス・マーガトロイド。
 ――昨日はずっと人形たちと話してたわ。

 例えば上白沢慧音。
 ――賽銭の意味は知ってるが、そんなことができるほど裕福じゃない。

 永遠亭にも寄ってみたが、手がかりは全く見つけられなかった。いよいよ紫が怪しくな
ってきたように思える。霊夢と魔理沙は永遠亭を出た後、竹林で迷うことにした。迷えば
マヨヒガに迷い込めるだろう。
 事実、竹の隙間を適当に移動していたら、いつの間にか視界が開けて家の立ち並ぶ空間
に入ってしまっていた。このシステムがいまいち理解できないが、結果オーライなので二
人は紫たちの住む家を探すことにした。少数ながら最も活気のあるところがそうである。

「あそこね」
「そうだな」

 他の家と大差ないところから、ひと際大きな妖気が出ている。大妖怪八雲紫とその式と
その式がまとめて住んでいるのだから、大きくて当然である。

「紫ー!? 起きてるー!?」

 家の前に着陸し、霊夢は戸を開けて中に声を投げ入れた。まだ一般的には夕飯前だから、
起きている可能性は低いだろう。そういえば、魚を焼いているような匂いが漂っている。

「あれ?」

 二人が少し待っていると、奥から橙が顔を出してきた。ということは紫は寝ていて、藍
は夕食の支度だろうか。

「珍しいね、二人が来るなんて。何かあったの?」
「あんたの主人の主人に用よ」

 出迎えた橙に、霊夢は簡単すぎる用事を告げた。橙は小首を傾げる。しかし何かやらか
しに来たわけではないと察し、二人に待っているように言うと、とてとてと奥に引っ込ん
でいった。

「藍さまー。二色がかける二で来てるー」
「なんて表現するんだあの猫は……」

 それで通じるのかと問えば多分通じてしまうのだろう。向こうで藍と橙が何やら話して
いた。火という単語が聞こえたから、火加減を見ることかもしれない。少しすると、三角
巾にエプロンと、いかにも料理してましたな格好をした藍が二人の前に姿を現した。

「おおう、どうした。紫様に用事か?」
「その通りよ。まだ寝てる?」

「寝てるな。そろそろ冬が近いからあんまり早く起こしたくない」

 廊下の奥を振り返り、藍はため息混じりにそう答えた。今の時期に早めに起こそうとす
ると異常に機嫌が悪いそうなのだ。
「私じゃなくてお前たちが用事だと言えば少しは納得してくれるかもしれんが……」

 自分の用事で起こして酷い目にあった経験があるのだろう。笑顔に苦労が滲み出ていた。
 
「急用であれば何とかするが……どうする? 普段夕飯まで起こさないからな」
「あー、いや。急用ってわけでもないけど……」

 霊夢は手を横に振りながら、ちらりと魔理沙を見やった。長年付き合っている友人とし
て、魔理沙はその意味をすぐに理解する。
 紫が起きていない。起きるまで待たなければならない。八雲家はどうも夕食準備中。自
分たちは夕飯まだ食べてない。紫が起きていない。起きるまで待たなければならない。
 他人の家の食事中に待つという行為は非常に気持ちの悪いものである。どう時間をつぶ
そうかという合図だった。
 しかしもちろんここまできてわざわざ夕食のために戻りたくはない。迷うのだって一苦
労なのだ。帰って待っていてもいいのだが、そうなると紫がいつやってくるか分かったも
のではない。
 結論は出た。魔理沙は霊夢にアイコンタクトする。長年付き合っている友人として、霊
夢はその意味をすぐに理解した。
 二人はそろって藍の顔を見つめた。

 じっ。

 藍は最初わけが分からず二人を見返していたが、やがて無言の圧力に気づいたのか、目
が泳ぎ始めた。

「あー……」

 じっ。

 藍はぽりぽりと頬をかく。どうやら二人の目が何を言っているのか察したらしい。
「えーと……。夕飯はまだ作り始めたところなんだが…… 食べてくか?」
『よろしく』
 二人の声は、完璧にハモっていた。











 居間に置かれたちゃぶ台は、元来三人用らしく五人で使うには狭かった。仕方なしに藍
が蔵からボロいのを一つ引っ張り出し、それで何とかすることになった。見栄えがよくな
いのでテーブルクロスがかけられている。布一枚かぶせるだけで食卓が豪華に見えるから
不思議だ。メニューは純和風滋養重視だが。

「じゃあ私は紫様を起こしてくる。悪いが三人で用意してくれ。箸や茶碗はちゃんとある
から」
「あいよー」

 盛りつけは量を橙に教えてもらい霊夢と魔理沙が、食器は橙が用意することに。それを
見つつ、重い足取りで藍は居間から出て行った。

「ちぇ〜ん。私が死んだら骨は拾っておいてくれ〜。主に鎖骨とか〜……」

 そんなに危険な作業なのか。しかも何ゆえ鎖骨なのか色々とツッコみたかったが、残念
ながら本人は既に声の届かない場所まで行ってしまった。

「あんなこと言ってるわよ、あんたの主人」
「藍さまは無駄に頑丈だから大丈夫。最悪でも虫の息程度で済むよ」
「お前、それは信頼してるのか貶してるのかどっちだ?」

 そんな会話をしながら、三人は美味しそうな料理を二つのちゃぶ台に並べていく。滋養
重視なのに見た目も楽しい辺り、藍の料理の腕前が見て取れた。
 料理も並べ終え、あとは藍と紫を待つばかりである。普段から夕食はこんな感じにお預
け状態らしい。すきっ腹にはなかなかこたえる。


 ――ピチューン


 三人が腹の音を押さえて二人を待っていると、不意に死点を突く音が聞こえてきた。
 まさか眠りから目覚めさせるために死の寸前まで追い込んでいるのだろうか。すきま妖
怪はそれくらいしなければ起きないとでもいうのか。


 ――ピチューン


 本日四度目の致命傷誘発攻撃が放たれたらしい。今のは手加減がなかったようだから、
おそらく紫が起き抜けに藍に撃ち込んだものだと思われた。
 しばし、沈黙が流れる。
 やがて、二人分の足音が廊下から聞こえてきた。どうやら藍は死ななかったらしい。
だが歩き方が鈍い。かなりの大ダメージが予想された。

「キーエルヴィファイルタス……?」

 障子を開けて、死に体の藍が入ってきた。笑顔が既に死んでいる。起こすだけでこれほ
ど攻撃されなければならないのか。普段の苦労が偲ばれる。
 倒れこむように藍が食卓につくと、後ろから完璧にまだ寝ている紫が入ってきた。
 
「紫、起きてる?」
「……あら藍。随分と紅くなっちゃったわねぇ〜」
「いや、確かに紅いこた紅いが……」

 寝ぼけ眼で霊夢を見て、紫はけたけたと笑う。藍は頭から血を出しているので、紅いと
いえばそうだった。

「あらま、橙はまたえらく黒くなっちゃって……」
「うん、確かに凶兆の黒猫だけどね。とりあえず起きなさい」

 紫を空いているところに座らせ、五人は夕食を食べることにした。

 藍の食事はどれも味わい深かった。一つ一つに、味覚以上の「味」がある。食材云々の
問題ではない。作り方がうまいのだ。

「やっぱり式神って便利ね。うちにも欲しいわ」
「お前のとこじゃ何もすることないだろ」
「はふはふ」
「紫様、それは私の煮物です。いい加減起きてください」
「ねむ……うま……」

 そんな食事風景。
 賽銭のことは今は忘れ、霊夢も魔理沙も夕食を堪能することにした。










「で、結局二人は何しに来たの?」

 紫の目が完全に覚めたのは、二人が風呂を借りて入った後だった。起動の遅いことこの
上ない。しかし霊夢と魔理沙も紫からその言葉を聞くまで本当に当初の目的を忘れていた
ので、そこを責めるわけにもいかなかった。

「ああそうそう。紫、うちのお賽銭箱にたくさんお金が詰まってたんだけど、あれあんた
がやったの?」
「違うわよ」

 あっさり。
 紫は違う名前を聞かれて答えるときのように、あっさり否定してみせた。

 ここまでやっておいて違うのか。魔理沙は思う。
 何しに来たのかしら。ご飯食べてお風呂入るためかしら。霊夢は思う。

 だが全く考えもせずに否定されると、逆に怪しい気がした。
 
「本当に? 何か知らない?」
「知ってるわ」

 すっぱり。
 念のため訊いてみると、今度は簡単に肯定されてしまった。どちらかが本当でどちらか
が嘘かもしれないと思わず疑ってしまう。

「知ってるのか。誰がやったんだ? 霊夢の魂が抜けかけたんだぞ。相当の手練と見てる
ぜ、私は」
「誰でもないわ。あれは自然現象よ」
『自然現象?』

 霊夢と魔理沙の声がまたハモった。一体どこをどう見ればあれが自然現象というのか。
空から降ってきたとでもいうつもりか。

「賽銭というと、昨日のことですか?」

 紫が二人の反応を見てくすくす笑っていると、風呂から上がってきた藍が顔をみせた。
後ろには不機嫌そうな橙がいる。猫だけに風呂嫌いのようだ。藍に無理矢理入れられたの
だろう。

「そうよ。昨日の夜神社に行ってみたんだけどね、そのときにはもうたくさんのお金が入
っていたわ」
「じゃあ、紫の仕業じゃないのね」
「自然現象って言ったじゃない。それにあんなことしても霊夢が驚くだけでしょ?」
「霊夢を驚かすのが相当難しいって、お前分かってるのか?」

 魔理沙の言葉は無視して、紫は話を続けた。
 
「霊夢、あのお金見て何か気づかなかった?」
「……? 何かあったっけ?」

 霊夢は腕組みをして考える。魔理沙も隣で考えてみることにした。何か気づくとはいっ
ても、博麗神社の賽銭箱に金が大量に入っているだけで超が二つ三つつくほどの異常事態
だ。他に気づこうとしてもなかなか気づくことはできない。

「もしかして、いろんな種類のお金があったってこと?」
「正解」

 魔理沙が首を傾げて悩んでいると、霊夢が答えを出した。にっこりと笑って紫がうなず
く。

「そうだったっけか?」
「うん、出かける前に一回中身確認したんだけどね。円じゃないのが結構入ってたわ」

 魔理沙の問いに、霊夢はこくりとうなずいた。
 
「それが何を意味してるか分かる?」
「少なくとも、自然現象と簡単に結びつけられないことだけは」

 やんわりと霊夢が先を促す。各種様々な通貨が入っていることが、どうして自然現象と
なるのか。萃香が色々な種類の金を萃めてくればそれだって可能だろうが、犯人がいない
のならそうではない。それに、どうやってあの金が自然に賽銭箱に入るのかが分からなか
った。

「しょうがないわねえ。じゃあ答えに近いヒントをあげるわ」

 ため息をついて紫が言う。そういう風にもったいぶらず、素直に答えを言ってしまえば
こちらを苛立たせないで済むのだが、これは紫の性格なのだろう。霊夢と魔理沙はとりあ
えずそのヒントを聞くことにした。

「あのお金はね、全部幻想郷の外の通貨なのよ」

 と、紫は言ったところで藍の入れてきたお茶をすすった。
 幻想郷の外の通貨。それが、博麗神社の賽銭箱の中に大量に詰まっている。
 いまいちはぐらかされているような気がする。魔理沙はそう思った。もう少し核心に近
くないとピンと来ない。まして霊夢の頭ではちんぷんかんぷんなのではないだろうか。

「……つまり、外の世界でお金が廃れてるってこと?」
「!?」

 しかし驚いたことに、霊夢は紫のヒントに二度目の答えを出した。魔理沙は霊夢の方を
振り向く。霊夢は何驚いてるの、という表情だった。このヒントで分かって当たり前とで
も言うように。

「大・正・解」

 そこに、紫が満面の笑みを浮かべる。
 どうもこれは、頭で考えるよりもフィーリングで何とかする問題だったらしい。閃きの
速さが重要だったわけだ。ならば自分が分からなくて霊夢が分かったのもうなずけた。納
得いかないほどに悔しいけど。

「私はもう何度も外に行ってるけどね、外じゃほとんど誰も現金なんて持ってないの。使
えなくはないんだろうけど、みんな売買はこれくらいのカードでやってるわ」

 紫が説明を加える。両手の親指と人差し指で長方形を作って、紫はそのカードの大きさ
を示した。
 そんなのを何枚も持って売り買いしているのだろうか。魔理沙はわけが分からなくて首
をかしげた。

「そのカードの中には式が書き込まれててね、金額を表示できるらしいの。そこに書き込
まれてる数字から代金分差し引いて対価とする、というわけね」

 ということはつまり、外の世界では数字がお金の代わりになっているということか。ま
すますピンとこない。数字をカードに式として書き込み、そこから足したり引いたりする
ことで財産とする。その数字が価値あるものと認められているなら、それは確かにお金と
して使えそうだが。

「よく分からん。カードの中にいる式が金に当たるものを出したり入れたりしてる、って
考えればいいのか?」
「まあそんなところね」

 それなら多少は納得がいく。魔理沙は自分のお茶を口に入れた。神社のところにあるの
よりは新鮮な葉だった。

「なるほどね。みんながみんなそのカードを使うから、お金は用を果たさなくなってきた
のね」
「そう、カード一枚で何でも買える。わざわざお財布にお札や小銭をたくさん入れて持っ
ていく必要はないの」
「簡単といえば簡単ね。それで、いわゆる現金は外の世界では幻想となりかけてるってわ
け」
「そういうこと。色々な通貨があるのはそのためよ。カードの使用が世界全土で共通にな
ってるんだから」

 単位が同一になっているということ。元から日本の通貨以外がない幻想郷内では、お金
の単位が違うというのがどういう感覚なのかは分からない。しかし、合わせることができ
ないのはそれだけ困難なことが生じることになっている。通貨を統一できれば、確かに多
種多様なお金なんかもう必要ないだろう。

「それが神社のお賽銭箱に来たってこと? 確かに、自然現象ね」

 外の世界の全ての金が入っているわけではないだろう。それにしては少な
 すぎる。おそらくあれは、貨幣が幻想のものになっているという表れ。外の世界で消え
そうになっている貨幣が、その存在を主張しようと一斉にかたまって幻想郷に入り込んだ
のだ。いわば貨幣の意思の具現。

「でも、なんでそれが神社の賽銭箱に入らなきゃならなかったんだ? 確かに霊夢は貧乏
の極みにいるけど」
「うるさいなあ」

 まさか貨幣が霊夢を哀れんだわけではないだろう。そうだったらむしろ霊夢が可哀想で
ある。

「それは簡単。魔理沙、あなた賽銭の意味は知ってるかしら?」
「意味? さっき霊夢に聞いたけど、神様へのお供え物だろ?」
「30点。それもあるけど、さらにそのお供え物の意味よ」

 魔理沙は再び首を傾げる。お供え物の意味。それは神様への日ごろの感謝と共に、これ
からも自分たちを守ってほしいということである。ある意味でそれは霊夢が履き違えてい
ると言った賽銭の意味に近いものがあるが、おそらく紫はそのことが言いたいのではない
だろう。

「つまりね……」
「分かった」

 魔理沙が考え込んだのを見て、紫は早々に答えを出そうとする。しかし魔理沙はすぐに
閃いた。流石にここまで誘導されれば自分でも気づける。馬鹿扱いされたくなかったので、
魔理沙は紫の言葉を遮った。

「つまりアレだ、お供え物に込める気持ち、だろ?」
「そうよ」

 正解。ちょっとだけ嬉しくなった。
 
「賽銭に心を込めて神様に伝えるの。強く願う分だけ、神様に届くわ。たくさん入れたり
額を高くすればいいってわけじゃない」
「私としてはそっちの方が助かるけどね」

 霊夢と紫から同じような雰囲気が漂っていた。この二人はなんだかんだで似たもの同士
なのかもしれない。この二人ほど他人に理解できない会話を成立させられるのもいないだ
ろう。紫と幽々子もそれと同等かもしれないが。

「てことは何か? あの賽銭には賽銭自身の念が込められてるのか?」
「違うわよ馬鹿ね」
「うお」

 魔理沙が尋ねると、横にいた霊夢がぴしゃりと言い放った。思い切り馬鹿にされ、魔理
沙は少しヘコむ。

「あのお金にはね、お賽銭箱の中にしか居場所がなかったのよ」
「突き詰めればそうね。幻想郷の外で使われなくなってきた貨幣。それが幻想のものとな
り幻想郷に入ってきた。でも、それは外の世界のお金であって幻想郷のお金じゃないの。
だから幻想郷の中ではほとんど使えないでしょうね。潰して金属塊にしちゃえば別だけど」

 あれだけあればさぞかし大量に作れることだろう。
 
「幻想郷の外にも中にもお金に居場所はなかった。でも、あれはお金であることに違いは
ない」
「そして、どんなお金であっても受け入れられる場所があったのよ」

 つまりそこが、賽銭箱の中。
 
「真心を込めて、神様のお供え物となることが、どこにも居場所のないお金に唯一できる
ことだったのよ」

 霊夢と紫が互いに魔理沙に説明していった。
 賽銭に念が込められていたわけではない。ただ初めから、受け入れられるところがあそ
こしかなかったのだ。もはや廃れてしまった貨幣たちは、賽銭の意味を持つことしかでき
なかったのだ。
 だから、大量のお金が博麗神社の賽銭箱に入っていたのは、ごくごく自然な現象だった
のである。


「ほんと、素敵なお賽銭箱よね」


 そう言って、紫が締めくくった。湯飲みを置いて、紫は立ち上がる。
 
「さ、それじゃ行きましょうか」
「どこに?」
「決まってるじゃない。あれだけの賽銭だもの。願い事叶え放題よ」
「さっき賽銭は量じゃないって言ってただろ」
「その量一つ一つに強い願いを込めるのよ」
「……大変そうですね」
「でもやらなきゃ。わざわざ外から来てくれたのよ? お祈りしてあげなきゃ可哀想じゃ
ない」

 紫は空間を横に切り、スキマを広げた。向こう側に博麗神社の境内が見える。
 
「……行こっか」
「……そうだな」

 霊夢と魔理沙も腰を上げた。藍は紫に言われ橙を連れてくる。五人そろってスキマを通
り、境内に降りた。

「わ、ホントにたくさん入ってる」
「凄いな。これは何百年分に相当するんだ?」
「一万年くらいかしらね」

 五人で並び、霊夢が鈴を鳴らす。がらんがらんと大きな音が周りの静寂をかき乱した。
 それから二回お辞儀。心を込めて、神様に礼をする。博麗神社は何を奉っているのかと
いうのはこの際考えてはいけない。日ごろの幸せに、感謝するべきなのだ。


 ――ぱん、ぱん


 そしてまた、静寂の中で乾いた音が鳴り響いた。五人で一斉に手を叩いたため、音が随
分大きく聞こえた。その後、もう一度礼。願い事を心に、魔理沙は目を閉じて礼をした。
(私の願いは……)
 しばらくそうして、目を開けた。みんなほぼ同時に礼を終えていた。
 
「霊夢は何お願いしたんだ?」
「言ったら意味ないでしょ?」
「訊かなくても分かると思うけどね、私は」
「考えることは一緒だろうな」
「きっとね」

 それを聞いて、魔理沙は苦笑した。みんな同じ願い。それは、本当に自分たちにとって
大切なこと。
 それはつまり、みんなが――。


「……そういえば霊夢。あの賽銭の山は結局どうするんだ?」

 ふと、魔理沙はもう一つ重大なことがあったのを思い出し、霊夢に尋ねる。
 
「あ、そうね。でもこのお金幻想郷じゃ使え……あれ?」

 魔理沙に言われて霊夢は賽銭箱の中を覗き込んだ。そこで、妙な声を上げる。
 
「お、お金がないっ!!?」
「え?」

 霊夢の叫びに、四人は霊夢の周りに集まって中を見た。そして、霊夢同様驚く。
 そこに詰められていた大量の貨幣は、一つ残らず消え去っていたのだ。
 代わりに、大量の疎萃香が白目をむいて賽銭箱の底で累々と横たわっていた。
 
「昼間呼んでも出てこなかったのは、金の重みで出られなかったからか……」

 魔理沙は呆れて呟いた。これが本当のお金の重み、とか下らない駄洒落を思いついてし
まう。

 しかし実際、あの金には相当の重みがあったと思う。幻想となってしまい、ここまでや
ってきた。それだけで、本当に重いものだったのだと魔理沙は思う。
(誰にも使われなくなってここまで来て、やっと使われたんだ。供養、されたのかもな……)
 お金を供養するというのも変な気がする。しかし、外で幻想のものとなってしまったな
ら、それもあるのかもしれない。五人が目を閉じている間に、昇華されたのだろう。

「ああああぁぁぁ〜。せっかく富が手に入ったと思ったのに〜……」

 魔理沙が感傷に浸っていると、横で霊夢が崩れ落ちて泣いていた。そんなに悲しいこと
だったのか。気持ちは分からないでもないが。

「いいだろ別に。どうせここじゃ使えないんだしさ」
「あぁ〜、式神の作ったご飯美味しかったなぁ〜……」
「どうしてそこで私が出るんだ」

 多分作れと言いたいのだろう。正直なところ美味しかったし。霊夢は心底落ち込んだら
しく、目がどんよりしてしまっていた。

「ま、まあまあ霊夢。明日は私がご飯作ってやるから、今日はもう寝ようぜ?」
「うー……」
「あらそう? じゃあ私はこのまま出かけようかしら」
「そうしてくれ。今日はありがとうな、色々ためになったよ」
「あらあら、どういたしまして」

 互いに笑顔を交わし、魔理沙たちは別れた。紫は藍と橙を連れ、星の光が舞う夜空へと
飛び立っていった。それをしばし見つめてから、魔理沙は霊夢を背負って母屋に入っていった。










「魔理沙……」
「ん?」

 居間についてお茶を入れると、霊夢がぼんやりと魔理沙に声をかけた。
 
「願い事、何にしたの?」
「おい、言ったら意味ないんじゃなかったのか?」
「でも知りたい」

 賽銭がなくなってしまったことでどうでもよくなってしまったのだろうか。あまりに現
金すぎて、魔理沙は苦笑してしまう。

「やれやれ。そんなの決まってるだろ?」
「みんなと一緒にいたい、とか?」

 魔理沙から湯飲みを受け取り、霊夢は一口すする。そして、魔理沙が答える前にその答
えを言ってしまった。魔理沙は図星だったことに呆れ、霊夢も同じことを考えていたこと
に嬉しくなる。
 そう、願うなら。
 いつまでもこの幸せが続くように。
 この幸せの中心にいる、霊夢と一緒にいられるように。

「そうだよ」

 ため息をついて、魔理沙は霊夢の隣に座った。開けられた障子の向こうに、煌く星空が
目に入る。それはまるで、夜空に散りばめられたお金のように見えた。

「ずっと一緒にいられたらいいな」
「ん、そうね」

 そっと手を重ね、二人は強く願う。あの賽銭だけでは、きっと叶えられないだろうから。

 なぜならそれは。
 どんな単位のお金でも買えない、大事な宝物だから。
 どれほど巨額のお金でも買えない、大切な幻想だから。





 ここが、居場所だった。








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