小  説

70-Zephyr プロローグ&第一話(その1)

プロローグ

 今日もまた、いつもと同じ日常
 
 青い空も、いつもの通り
 
 けど、それはどこか違う翳りを見せている
 
 多分それは、私の心が反映しているから
 
 

 あの日からずっと、私は後悔している
 
 あの人に言った言葉を、今でも
 
 だから待ち続けてる
 
 いつまでも、いつまでも
 
 ありえないわずかな希望にすがったまま、私は前に進めない
 
 だって、進むべき道が見えないから



第一話 黄昏と青空 その1

 川本結城(かわもとゆうき)は部屋に入ると、その隅に荷物を置いた。あまり重くはないが、体積のある
 リュックが自重でごろんと転がる。

「それじゃあ夕食は七時ですから、外に出るときはそれまでに帰ってきてくださいね」
「はい、分かりました」

 そう言い残して、女将さんは部屋を出て行った。
 結城は、一度大きく伸びをすると、窓に寄った。外は、見渡すばかり畑と山。
 
「……なんで、こんな所に来ちまったんだろうな、俺」

 窓ガラスに手をつけて、ぽつりと呟く。
 そうして、改めて自分の行動の奇妙さに気付いて、溜め息をつく。旅行に行くなら行く
で、もっとそれらしい所に行けよ、と自分が叱責する。
 結城本人も、ローカル線を乗り継いだ結果、何故自分がこの三好町の駅で降りてしまっ
たのか分からなかった。三好なんて場所は知らなかったし、電車の終着駅でもなかった。
確かに突然長期休暇を貰い、どこかへ行こうと慌てて電車に乗ったが、それにしても本当
に何もなさそうな三好へ来る理由はなかったのだ。ただなんとなく、足が自然に出ていっ
ただけの話だ。
 
「……まあ、いいか」

 意味のない考え事に失笑して、結城は窓を離れた。ついと足取りを速めて、畳敷きの部
屋を出る。

「あら、早速お出かけ?」
「ええ。ちょっと散歩に」

 廊下で会った女将さんにそう言って、結城は外に出た。もう夕方だが、部屋にいてもす
ることはなかった。
 外の風景は朱かった。三月も半ば過ぎた春。そこにある物は全て夕焼け色に染まってい
た。
 それをぼんやり眺めながら、結城は周囲を見回した。窓から見たとき同様、周りはほと
んどが畑。むしろ建物の方が少ない。呆れる程に何もない所だ、と結城は思った。今、自
分の背後に建つ民宿「みよし」があるのは奇跡といえるだろう。もっともそれ以上に、そ
の存在理由が疑わしいが。
 しばらくその場で逡巡した後、結城は歩き出した。理由もなくここに来て理由もなく散
歩する以上、理由もなく歩くのが道理だと思った。とりあえずアスファルトで舗装された
道を歩くことにする。
 しかし「町」であるにも拘わらず、三好はとても狭い。二十分と経たない内に、山へと
通じる道まで来てしまった。振り向くと、「みよし」がまだ見える。
 
「……どうしたもんかな」

 頭を掻いて、結城は立ち止まった。そして、再び周囲を見回す。
すると、左の道が途中で分かれ、階段になって山の中へ続いているのが見えた。

「ああ、そういえば神社みたいなのがあったような……」

「みよし」を出た時に、鳥居だけちらっと見たのだ。

「……じゃ、ちょっとお参りでもしていくかな」

 結城は左折して、神社へと向かう。
 しかし、その階段の前に来たところで、結城は愕然とした。
 高い。文字通り見上げる高さに鳥居がある。
 石段の数が半端でなく多いのだ。途中にある少し広い場所から次まで、ざっと百段。そ
れが十五セットくらいある。
 その想像を絶するスケールに、結城は言葉を失った。ここまで桁外れな階段は見たこと
がなかった。「ちょっとお参り」に行くような場所ではない。
 どうしたものかと悩んだが、結局行ってみることにした。元々することがないので、こ
れくらいやってみようと思ったのだ。筋肉痛は覚悟の上である。
結城は段を登り始めた。数が多いとはいえ、一段一段の高さはそれ程でもない。だが、上
がっても上がっても先は続く。足が震えて息が切れる。ふと振り返って見ると、広大な畑
が見下ろせた。

「……くそ、こうなったらヤケだ」

 どうも真ん中あたりまで来てしまったらしく、引っ込みがつかなくなっていた。結城は
上にある鳥居だけを見つめて、草や苔の生えた石段を登って行った。
そして、ようやく頂上まで辿り着くことができた。膝に手をついて、大きく肩で息をする。
 呼吸を整えると、結城は改めて神社の境内を見た。
 造りは割合普通だった。鳥居の先に大きめの石畳が続き、三好にしてはきらびやかな拝
殿がある。その周りは、青々とした木々で埋められていた。

 しかし結城はそこに、本来ならばありえないものを見つけてしまった。
 
 (その2に続く


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