小  説

70-Zephyr 第一話(その4)

「……?あ、ううん、何でもない。知り合いにそういう人がいたから、ちょっと」

 翳りを隠すように、成羽は笑顔を作った。動揺しているのが怪しいが、結城は追求するの
はやめた。

「と、ところで川本さん。三好にはどのくらいいるつもりなんですか?」

 成羽が話題を変える。結城は頭に手を当てた。
 
「うーん……予定はないんだよな。このままここでダラダラするのも有りだし、他の所に
行くのも面倒だしなあ」
「ふーん。それなら、一週間くらいここにいません?来週、ここで春祭りやりますから」
「春祭り?」
「はい。町内会で飲んだり食べたり。屋台なんて無いですけど、楽しいですよ。ね、絣」
「うん」
「……そうなのか。じゃあそうするかな」

 その後のことはその時考えることにして、結城は頷いた。
 
「丁度桜が咲く時期に重なってるので、夜桜見物にもなりますよ」

 微笑んで絣が言う。成羽は、むしろそっちが主体だけどね、と笑った。
 結城はそうなのか、と呟いた。そういえば、所々桜があった気がする。昨日は夕陽のせ
いでその色が分からなかったのだろう。

「……でも一ヶ月休みって、普通そんなに貰えるものなんですか?」

 会話が一段落したところで、絣が口を開いた。
 
「うん、確かに。春休みにしては長いよね」

 成羽も力強く頷く。
 
「今までが今までだったからな。平日は残業有り、土曜は普通出勤、日曜も隔週で夕方出
勤だ。それを約二年。一ヶ月でも短いくらいだ」

 結城は苦笑いして説明した。成羽はうわ、と声を漏らした。絣は眉をひそめている。
 
「だからやっぱり学生ってのはいいよ。暇があるからな。二人は、高校生か?」
「はい、私はそうです」
「高二、今年高三だよね」

 絣の返答に、成羽が付け加えた。
 
「成羽は?」
「あたしはフリーター。学生以上に暇ですよ」

 親指を立てて、成羽は笑う。
 
「じゃあ絣ちゃんは今春休みか。で、受験生……」
「あ、いえ。就職です。うち両親いないので」
「え……」

 しまった、と結城は思った。成り行きで、知らなかったとはいえ。
 
「悪い!」

 結城は勢いよく頭を下げた。しかし絣は困ったような笑顔を作るだけだった。
 
「いえ、いいですよ。五年も前のことですし。それに、今は成羽がいてくれますから」

 絣は胸の前ではたはたと手を振る。それでも申し訳なく、結城はすまなさそうに顔を上
げた。
 そこで、ふと疑問に思う。
 
「今は、って?」

 外から来るのが珍しい三好なら、全員が三好の生まれであって、そういった言葉を聞く
ことはないはずだ。絣か成羽のどちらかが外から来たということだろうか。

「二年前に成羽がここに来て、一緒に住むことになったんです」
「そ。ここが気に入っちゃって。今は絣の家に居候してまーす」
「……そうなのか」

 結城は、成羽が夕食時にどうのと言っていたのを思い出した。二人が一緒に暮らしてい
るのなら、そういうことも当然あるだろう。

「じゃあ、成羽って前はどこに住んでたんだ?」

 三好の外から来て、現在絣の家に居候中ならば、それまで住んでいた家があるはずだ。
それだけでなく、肉親やその他の人間関係も。二年間も三好にいるということは、それら
を全て絶っているということではないだろうか。

「ヒ・ミ・ツ。へへー」

 しかし成羽は、人差し指を口に当てて悪戯っぽく笑っただけだった。結城は潔く諦めて、
溜め息をついた。

「そういえばさ、絣。あたしと絣が会ったのも、天宮(てんぐう)神社じゃなかった?」

 突然思い出したように、成羽は絣の方を向く。
 
「あ……うん、そうだね」

 絣も、意外と言った表情で頷く。
 
「なーんか、すっごい偶然ね。よし!それじゃあ今度はあたし達三人が出会った記念とい
うことで、いっちょ神社まで行ってみよっか!」

 ぱん、と手を叩いて、成羽が提案する。神社に行く、ということで、絣も快く承諾した。
 
「さ、行きましょ、川本さん」

 二人は石段に向かって歩き出した。しかし、何が何だか分からないまま話が進んでしま
い、取り残された結城は、慌てて二人を呼び止める。

「ち、ちょっと待ってくれ!俺は今脚がすごい筋肉痛で……!」
「登れば治ります!!」

 振り返ると同時に、絣と成羽は声を揃えて断言した。全く根拠のない理論に結城は硬直
する。しかしその背中を、回り込んだ成羽が有無を言わさず押していく。
 脚と口から悲鳴をあげて、結城はその段数過多な、神様への道を登らされていった。


(第2話に続く)


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