小  説

80-1 雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編 第一話 新しい始まり(その2)

 向かって左から順に父、母、そして綾華が座っている。

「いや、槙人。そんなに怒・・・」
「黙れ」

 何とか穏便に話を進めようとする父親の言葉をドスのきいた声で槙人は遮る。
 全く納得できない状況だった。綾華を看取るためにわざわざ来たのに、その危篤の筈の
綾華が玄関前で槙人を待っていたのだ。自分を迎え入れた少女の名が綾華であるのを知っ
た槙人は三十秒程フリーズし、それからまた三秒程してから出てきた父親に掴みかかった
のだ。

「言い訳なんか聞きたくない。納得いく説明を要求する。」

 腕を組み、再度三人を睨む。その視線に父親はたじろぎ、母親は俯いてしまった。しか
し、綾華は口元の微かな笑みを浮かべたままだった。

「・・・まず、危篤の筈の綾華がそこにいんのはなんでだ?」

 相手が押し黙ったままで埒が明かないので、 槙人は質問形式にしてみた。とりあえず、
一番最初に知りたい事を聞いてみる。

「あ、あれ?ウソだよ。」

 あはは、と綾華があっさりと軽く答える。それだけで槙人の怒りのゲージは天井に体当
たりをかましてしまった。
 しかし、ここで暴れる訳にはいかない。槙人は相手に分からないように、ゆっくりと
怒りを鎮めた。

「・・・嘘?」
「うん」
「わざわざそんな笑えない冗談言うために、俺を呼びつけたってのか?」
「え?ち、違うよぉ」

 困ったような笑顔を浮かべて、綾華は両手を軽く挙げる。

「普通に呼ぼうかとも思ったんだけど、お兄ちゃん、来てくれないんじゃないかと思った
から。」
「うん、ごめん。・・・げめんなさい。」

 目に見えてしゅんとして、綾華は謝った。騙した事に関しては反省しているようだ。

「・・・それで?俺を呼んだ理由は何だ?」

 綾華のその素直さを見て怒りのボルテージが下がってまた槙人は、改めて質問を続ける
ことにした。

「ああ、それなんだが」

 とそれまで黙っていた父親が口を聞いた。

「槙人、おまえも家に戻ってこないか?」
「家って・・・この家のことか?」
「断る」

 きっぱりと槙人は断言した。

「俺は今の生活に満足してる。それを変える気なんかない。」

 高校に入って叔父の所から離れ、ようやく手に入れた一人暮らしだ。生活のためにやら
なければならないことはいくつもあったが、それ以外は完全に自由だった。束縛されるこ
とが嫌いな槙人は、その状態がとても好きだった。
 それに「他人」の家に居座る気もなかった。
 第一、騙された怒りは実際のところまだ治まっていない。

「それだけか?じゃあ俺は帰らせてもらうぞ」

 言うが早いか、槙人は立ち上がった。

「お、おい槙人!」
「じゃあな。次、呼ぶ時は本当に綾華が倒れた時にしろよ。」

 そう言ってリビングを出ると、槙人は玄関へと向かった。
 少し冷た過ぎたかもしれない。
 ずいぶんと身勝手な意見だったかもしれない。
 それでもこの家に住む気はなかった。
 七年間も会っていなかったのだ、互いによそよそしくなるのは目に見えている。
 だから、突っぱねるしかなかったのだ。
 靴を履いて、外に出る。

「待ってよ!お兄ちゃん!」

 その時後ろで綾華が呼んだ。振り向くとサンダルを突っかけて出てくるところだった。

「何だよ」
「どこ行くの?」
「帰るんだよ。言っただろうが。」
「待ってよ!まだ話は終わってないんだってば!」
「・・・まだ何かあるのか?」

 歩き出した足を止め、槙人は訊き返した。

「あのね、お兄ちゃんと一緒に住みたいって言ったの私なんだよ。」

 槙人と綾華では慎重さが二十センチ位ある。槙人の顔を見上げて綾華は言った。

「何でまた?」
「その・・・私、この家で一人になっちゃうから。」

 それから俯いて、綾華は答えた。

「?どういう事だ?」


 
続くぜ!!


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