小  説

82-1 雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編 第三話 雪の中に(その1)

 雪が降る。
 夏雪の降雪量に月ごとの変化はほとんどない。しかし、島の外がどんどん夏になってい
くにしたがい、相対的にも体感的も気温は下がっていった。

 七月にもなると、日ごとの気温差がますます激しくなるので、室温調節が大変だった。
昨日は雪の快晴だったのに、今日は真冬の雪だ。

 エアコンをつけたばかりなので、部屋の中は寒かった。

「うぅむ・・・マズい・・・」

 布団にくるまりながら槙人は呟いた。

「こんなんじゃ、勉強ができん・・・」

 期末試験のシーズンである。
 渚海学院には中間試験がないため、期末試験の範囲が普通の高校よりも広くなる。全て
をカバーしきるのが難しい上に、槙人の頭では不可能の烙印を押されてしまっているよう
なものだ。

 だから、創立記念日の加わった三連休が勝負だった。何としてでも、夏休みの補習だけ
は免れ、自由な休暇を満喫したかった。

 しかし、こう寒くてはやる気など出ない。暖かい一階で勉強しても良いが、テレビがあ
るために、はかどらないのは分かりきっている。仕方なく、漫画でも読みながら室温が上
がるのを待った。

「おっ兄ちゃ〜ん!!」

 そうしていると、突如ドアを開け放って、綾華が入ってきた。

「ノックくらいしろ、綾華」

 顔を上げて、槙人は注意した。

「いいじゃない別に。あ、もしかして、それエッチな本?」
「違う。何の用だ」

 一際強く否定してから、槙人はニヤニヤ笑っている綾華に問い返した。

「あーそうそう、そうだった。お兄ちゃん、今からちょっと買い物行くから、つき合って」
「・・・待てコラ。お前自分が何言ってるか分かってんのか?」
「?分かってるけど?日本人だし、私の言葉だし」

 心底不思議そうに、綾華は小首を傾げる。

「じゃあ今が何の時期だか知ってるのか?」
「夏」
「もっと限定的に」
「七月」
「学生にとっての七月って何だよ」
「夏休み前半戦?」

 わざとやっているのか、それとも本当に本気なのかなかなか答えに辿りつかない綾華に、
槙人はイライラしてきた。しかし怒りを抑え、さらに続ける。

「その前にあるのは何だ?」
「授業があるよねえ」
「それよりは後だ!」
「・・・ああ!期末テストだ!」

 びしっと綾華は槙人を指さした。

「そうだよ、ようやく正解か・・・」
「わーい、当たったー!ほめてほめてー」
「ああはいはい・・・って違うわー!」

 すり寄ってきた綾華の顔を、ほとんど反射的に撫でてから槙人はそのままべしっと叩いた。

「いったあ!何すんのよー」
「何なのよじゃない。テスト前なんだから外なんか行ってられるか」

 寒いし、と槙人はつけ加えた。

「ええー。いいじゃない少しくらい。ほら、息抜きだよ、息抜き。ねっ?」
「俺はまだ何もしてねーよ!」

 しかし、ここまで来ると、結果はいつも決まっているのだ。綾華がボケ倒し、槙人がそ
れにツッコミを入れ続ける。だがしかし、綾華の攻撃力(ボケ)は、槙人の防御力(ツッ
コミ)を軽く凌駕している。

「はぁ・・・分かったよ、もう」

 だから、二人の会話がコントになると、大抵槙人の負けになる。そして、結局は綾華の
思い通りになってしまうのだ。

「でっ、何の買い物だ?」

 半袖のTシャツの上にコート。島の外に出る際には、自然とそういう格好になる。コート
に腕を通しながら、槙人は綾華に尋ねた。

「服ー」
「そういうのはテストが終わってからにしてくれ・・・」

 がくっとうなだれて槙人はコメントする。

「かわいいのが安いんだってば。それに水着も買いたいし」
「だからテストが終わってからにしてくれ・・・。って水着?」

 槙人は地に落ちかけた顔を持ち上げた。

「うん。夏休みに友達と海行くから、新調しとくの」
「だからって、すぐ行くわけじゃないんだろ?つーか、そこの病弱。大丈夫なのか?」
「平気平気。海って言っても、すぐそこの春日浜だもん。すぐ帰れるから心配ないって」

 綾華は笑って返す。
 
 
まだまだ続くぜ!!


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