小  説

82-2 雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編 第三話 雪の中に(その2)

 学院のある春日市の海は、一応海水浴場である。リゾートという程豪華ではないが、周
辺の住人はよく来るし、夏雪目当ての観光客がついでに寄っていったりする。
 近所だから確かに心配はなさそうだった。

「お兄ちゃんも来る?」

 コートは橋の上で脱ぐ。文字通り一歩島を出れば真夏だからだ。夏の日差しを浴びて、
綾華が訊いてきた。

「女の子ばっかだろ?なんか恥ずいな」
「いいじゃない。目の保養、目の保養」
「んー。ま、いいか。けど補習が回避できたらな」

 だから本当はこんなことしている暇はない、と暗に示す。

「リアルだね。頑張ってね」

 が、綾華は全く意に介さず流してくれた。
 槙人は溜め息をついた。目指す春日市商店街は目と鼻の先に来ていた。


「ねーお兄ちゃん。これどうかな?」
「・・・もう、勘弁してくれ・・・」

 据え置きのベンチに沈み込み、槙人は力なく返事した。
 裁判と女の買い物は長い。綾華はその言葉通り、控訴と上告を繰り返して、どんどんと
時間をかけていっていた。ただまつだけ、そして持っただけの槙人にとっては、ほとんど
拷問に近かった。

「ちょっとー。可愛い妹のために服をチョイスしてあげようって気はないのー?」
「気どころか、気力も体力もねーんだよ・・・」

 綾華はとんでもない迷い症だった。一着決めるだけでもあれこれと迷い、そのあげくに
買わずに店の中をウロウロしてから外に出る、というパターンが二回あった。四時間程か
けて買ったのは計三着。そして、今現在水着でまた迷っている。

「なあ。もう何でもいいから早く決めてくれないか?」
「えー。もうちょっと待ってよー。可愛いのが多くてさー」

 槙人にしてみれば、何を着ても同じような気がしていた。何故目に入ったものに決めら
れないのかと思ってしまう。

「そんなに迷うもんなのか?」
「だって皆に見せるんだよ?やっぱ何て言うか、可愛いのじゃないと」
「そんなもん、これで気にならなくなるって」
「うわー。お兄ちゃんデリカシーなーい」

 槙人は頭を掻きながら立ち上がった。そして綾華のとなりに立つと、目の前に並ぶ水着
をざっと眺める。

「目星はついてんのか?」
「まだ。ビキニは決定済みだけど」

 それならさらに時間がかかるだろう。槙人は溜め息をついた。

「・・・あれはどうだ?」

 十秒程考えてから、槙人は右の方にある一つを指さした。黒で縁どられた薄い水色。そ
れだけだが、綾華には薄い色が似合う気がした。

「・・・ちょっと地味じゃない?」

 手にとって見てから、綾華は感想を言った。

「シンプルで良いじゃないか」
「うー。でも・・・」
「似合うと思うぞ」
「う・・・」

 綾華の動きが止まった。槙人に勧められて、かなり揺らいでいるらしい。
 勿論槙人はそれを見逃さなかった。

「第一、お前だったら何だって似合うだろうが」
「そ、そう・・・?」
「だから何でも良いとは言わないけど、そん中でも特に似合うというか、イメージに一番
ピッタリくると思うぞ、それ」
「う、うーん・・・」
「皆に見せるんだろう?だったら、俺が選んだヤツなんだから、俺にも見せてくれよ」
「うう・・・!」

 綾華は他の水着と自分が持っているものとを見比べる。そして再び考え込んだ。
 所要時間は約一分。

「・・・うん。じゃあ・・・これにする」

 ようやく綾華は決心した。

「よし。じゃあ行って来い」

 ここで余計に時間を使うと、またぐらつくだろう。さっさと買わせて店を出た方が良さ
そうだった。

「うーん。でも、もうちょっと他にも・・・」
「く・・・!」

 この期に及んで、と思わず叫びそうになるのを槙人は懸命に抑え込んだ。家でも学校で
も精神攻撃が多いせいだろうか。以前よりも根性がついた気がする。

「・・・もうやめにしないか?」

 折角終わったと思ったのに、綾華はまだ延長戦をやるつもりらしい。

「でもぉ、もうちょっと・・・。小物とかさ」

 槙人は頭を抱えた。もうこれ以上時間と体力を浪費する訳にはいかなかった。

「・・・分かった。ただし、一つに絞れよ」
「ええ?たった一コ?」
「そうだ。けどその代わり、何にするかだけは決めろ。そうしたら、その中から俺が買っ
てプレゼントしてやる。これでどうだ?」

 家の中の家計簿は綾華が管理しているため、槙人は綾華から小遣いを貰っている。しか
も少ない。あまり高い物だと後々痛いが、ここで手を打たないと、夏休みがなくなるのだ。
金で買えるなら買ってしまった方が良かった。

「お兄ちゃんが買ってくれるの?」

 プレゼントという言葉に、綾華が反応した。

「一コだけな」
「わ、わ。ホント?」
「ああ」

 綾香の目が輝き出す。それに、槙人は何となく嫌な予感がした。 
 
まだまだ続くぜ!!


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