小  説

85-4 雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編_第六話 変化(その4)

 翌日から綾華の体調は急激に悪くなった。

 朝食を食べ終えた時だった。

「ごっそさん」

 食器をまとめて流しに置く。綾華もお茶を入れてからそれに続いた。
 しかし。

 ガチャンッ。ガチャパリン。

 食器の割れる音に槙人が振り向くと、呆然とした表情の綾華がしりもちをついていた。

「おい、大丈夫か?」
「あ、うん。ちょっと・・・」

 苦笑いをして綾華は立ち上がろうとする。が、すぐに。

「ふわっ!?」
「うわっ!」

 途中で力が抜けたように、綾華はカクンとその場にへたり込んだ。破片が危なく、慌て
て槙人が抱き止める。

「バカ!何やってんだ」
「え・・・あの、力が・・・」

 入らなくて、と、綾華は自分の足を見下ろした。

「立てるか?」
「・・・足が、動かない」

「・・・ねえ、お兄ちゃん。あれ、何かなぁ?」
「ん?」

 綾華を部屋に連れ戻し、ベッドに寝かせてから、槙人は片付けをした。それを終えてか
ら、様子を見に綾華の部屋に戻って来たのだ。そのとき、窓の外を見ていた綾華が口を開いた。

「どれだ?」
「あれ」

 外は今日も雪。歩いている人間も特にいない。綾華は白く積もった道を指さしていた。

「何もないぞ」
「あるじゃない。ほら、何か変なのが」

 綾華の指に目線を合わせてみるが、雪以外何も見えない。

「どれだよ」
「あれ!何か、歩いているでしょ?」
「はあ?」

 嘘を言っている訳ではないのだろうが、槙人には、「歩いている」物など見えなかった。

 それから丸二日間、綾華は意識不明で眠っていた。

「・・・医者呼んで訊いたんだけど何もわからなかった」

 お粥をすする綾華に、溜め息混じりに槙人はこの二日間の事を告げた。

「何も?」
「何も」

 ただ体が衰弱しているだけと、何度も聞かされた台詞を聞かされただけだった。


「何なんだろうね、私って」


 綾華は困ったような笑顔を作る。


「・・・そうだな。少なくともこのままでいて欲しいもんじゃないな」

 少し考えてから、槙人が答える。
 そう。このまま、綾華がただ弱っていくのは辛い。

「・・・ありがとね」

 くすっと綾華は笑った。
 だけど、何もできない。それがもどかしかった。ただ、手をこまねいているだけで。

「やっぱり、この眼かなぁ・・・」

 綾華は、そっと右目の目尻に手を添える。
 銀色の綾華の右眼。すべて推測しかできないというのなら、原因はそれしか考えられな
かった。しかし、それが何なのか、何故体に影響を与えるのかわからない。
 結局、答えは見つからないのだ。
 大丈夫とも言えなくて、槙人は綾華の頭を撫でる事しかできなかった。


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