小  説

86-5 雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編_第七話 もう一度約束を(その5)

「それに・・・今の私も・・・きっといなくなる」

 人に認められる為に、対人関係をより有利にするために、槙人に好きになってもらうた
めに。そして、自己愛のために。
 今ここにいる綾香自身が、嘘でできている。
 それをはぎ取ってしまったら、「自分」が消える。
 姿はどうでも良い。ただ、多かれ少なかれ、ものの考え方などの人格に関して、理想に
近づきたいと思った事はあった筈だ。ならば、それさえも消えてしまう事になる。それに、
槙人が変わる可能性もあるのだ。今の槙人の、ある程度の範囲が綾華によって美化されて
いるとしたら。

「お兄ちゃんが好きなのは、今の私でしょ?もし、願いを全て消去するなら、姫崎綾華は
残っても、私はいなくなるんだよ?それでも、私を愛せるの?」

 槙人自身も、変わってしまうかもしれないのに。

「どっちを愛せる?嘘の私と本当の私・・・」

 睨むように、綾華は槙人を見つめる。
 だが槙人は、全く悩むことなく答えた。

「言っただろう。お前を、この世で一番愛してるって」

 そして、さらに続けて言う。

「俺は、お前が本当の綾華だって、信じてる」

 嘘なんかじゃない。力が影響していても、綾華は絶対変わらない。槙人はそう思ってい
た。
 だが、綾華は激昂する。

「・・・信じてるだけでどうにかなる訳じゃないでしょう!!」
「けど、信じなきゃ前には踏み出せない」
「その先は奈落かもしれないのに!」
「だからって、友情も愛情も、いちいち疑ってたら、何もかも失っちまう」

 信じなくても、何もできないのだ。

「絶対また、やり直せるって・・・」

 優しく、しかし信念に満ちた目で、槙人は言った。

「ずっと努力してきたんだろ?その努力は本物だよ。努力で作った自分は、嘘なんかじゃ
ない」
「それが努力で得たものかどうか分からないじゃない!」
「努力で得たもんだよ」

 あっさりと、槙人は答える。

「人の人格ってのはさ、環境や本人の努力やなんかで決まるもんだろ?願いを叶える力、
つまり成功ってのは、努力を助長させるか、或いはさらなる努力を湧かせるものに過ぎな
い。成功は物理的なものだから人格には関係ない。自信は主観的だが自己評価だ。自分を
分析するのに人格は影響しない。確かに思い込みが激しいと、自信家になるが、お前は確
率が百パーセントじゃないと自信なんか出ないだろ?」
「う、うん・・・」

 槙人が来るときには、自信がなかったと言っていたのだから。

「そして意欲は、意志だ。願いじゃない。ほら、少なくとも人格に関しては、姫崎綾華に
願いを叶える力は備わってないんだよ」

 綾華は、目を見開いて茫然としていた。考えてもみなかった事らしい。」


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