小  説

86-6 雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編_第七話 もう一度約束を(その6)

「姿形は確かに変わるかもしれない。けど、お前の人格は変わらない。お前はお前だよ。
ずっと頑張ってきたお前なら、また、元に戻れるだろ?」

 槙人はちょっと綾華の方を引き寄せ、もう一度腕に抱いた。

「やり直せる・・・。絶対にな」
「どう・・・かな?」

 それでもまだ、槙人の腕の中で、綾華は呟く。

「うん。私は変わらないかもしれない。でも・・・本当に私はいるのかな?もしかしたら
生きたいと思うあまり、死さえも乗り越えてしまっているかもしれないのに」

 全てを元に戻したら、綾華は死んでしまっているかもしれない。
 だが、槙人は小さく笑っただけだった。

「それこそ嘘だ。そいつを利用して、俺をおびき寄せたくせに」

 実際に綾華は何度も倒れているのだ。それならば、元気になりたいと思った筈だ。徐々
に体が衰弱するだけの病気。それは槙人がいない間も進行していた。本当に死んでしまう
かもしれないのに、そんなことをする筈がない。死を超えるほど重い状態でもないし、不
自然な程進行が遅くなった訳でもないのだ。

「・・・そうだね」

 ようやく。
 ようやく、綾華が笑った。
 全てを信じた素直な笑顔だった。

「ありがとう、お兄ちゃん・・・」

 綾華も、槙人を抱く。

「やってみる・・・」
「ああ・・・」
「裏切らないでよ」
「バカ、望むな。約束するよ。一生愛して、そばにいる」
「うん・・・約束だよ」
「ああ」

 暫く、二人は抱き合っていた。
 不意に、綾華が口を開く。

「正直、不安・・・。本当に、大丈夫なのかどうか・・・」
「そうだな。信じることもできないもんな。でも、大丈夫だよ」
「うん・・・。もう。何も望まない・・・。全てを白紙に戻す事だけ」

 しん、と静寂が訪れる。
 それは、綾華が決意するために、必要な時間だった。
 もう何も望めないから、最後に、愛する人の温もりだけは、覚えておきたいのだろう。
 不安と切なさに挟まれた時間(とき)。
 それでも、綾華は奮い立つ。

「それじゃあ・・・やるね」
「ああ」

 綾華は目を閉じた。腕に力が入る。
 きっと、今、想っているのだろう。
 この力を、嘘を、虚構の現実を、消して欲しいと。
 槙人も、きつくきつく綾華を抱き締めた。
 自分を。綾華を。綾華への想いを。果たせるかどうか分からない約束を、信じて。

 綾華の右眼から、一粒の雫が落ちて。
 雪に、消えた。


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