小  説

87-2 雪夏塚〜セツゲツカ 二条院如月編_第1話(その2)

 槙人が編入したクラスは、一くせも二くせもある特徴的な人間が多いが、中でもこの如
月だけは群を抜いて印象的なったので、一度も話したことはないが、転入したその日に顔
と名前を覚えてしまったのだ。

「・・・姫崎か」

 箸を一度置くと、如月はぼそっと呟いた。

「えーと・・・俺も、そっち行っていいかな?」

 沈黙に耐えられずに、タンクのそばにはしごがあるのを見てから、槙人は尋ねた。

「ああ・・・構わない」

 本当に構っていないかのような冷めた口調で、如月は答えた。

「・・・そいじゃ、お邪魔しなますよ・・・・っと」

 梯子を昇り、槙人は如月の横に座った。

「おー、よく見えんな」

 さらに高いところだけに、先程よりも景色が良かった。

「あれ、屶瀬島だよな」
「ああ」

 杜から延びる橋の先にある島を、槙人は指さした。再び食べ始めた如月は、その方向を
一瞥してから答えた。

「あの橋長いとは思っていたけどさ、やっぱこうして見ても長いよあ。島から遠い」
「・・・そうだな」

(・・・話が続かん)

 パンを囓りながら、槙人は率直に思った。
 さらに二言三言話しかけてみるが、如月の答えは極めて簡潔なので、すぐに話が終わっ
てしまう。普段から無口だとは思っていたが、予想通りの性格のようだった。

「・・・なぜ、ここに来た?」
「は?」

 次の話題を画策中に突然話しかけられ、槙人はつい訊き返してしまった。

「どうして屋上に来たんだ?」

 如月は槙人に顔を向け、その金色の左眼で見つめた。

「あ・・・と、まあ、何となくな。天気良かったし」
「そうか」
「出られないと思ってたけど、出られるんだな、この学校は」
「出られないさ」
「ん?」

 意外な答えに、槙人は振り向く。
 如月は口に含んでいた食べ物を咀嚼してから、顔を上げた。

「元々ここの屋上には鍵がかかっているから、普段は出られない」
「そ、そうなのか?」
「ああ」

 考えてみればそうなのかもしれない。屋上に自由に出入りできるのなら、もっと多くの
生徒がいても良さそうだった。だが、昼休みも半ばだというのに、屋上には槙人と如月以
外誰もいない。
 つまりそれは、屋上には誰も行けないという事ではないだろうか。

「・・・じゃあ、なんで二条院さんはここに?」
「私は合い鍵を持っている」
「合い鍵?」
「ああ。これだ」

 そう言って如月は、右隣に置いてあった鍵を槙人に見せた。

「へえ・・・。でもなんでそんなもんを?」

 槙人や綾華のように、学院の理事長と関係がありそうなら分かるが、如月はそんな感じ
はしなかった。

「・・・金持ちの特権だ」

 少し考える素振りをしてから、思わせぶりに如月は答えた。

「ふーん・・・?」

 あまり納得が行かない答え方だが、これ以上は言いそうもなかったので、槙人は引き下
がった。

「・・・ところで、二条院さんは・・・」
「如月」
「え?」
「如月でいい。名字で呼ばれるのは好きじゃない」
「そ、そうなのか?」

 意外な指摘に、槙人は驚いた。偏見だったろうが、如月が名前で呼ばれたがるような人
間ではないと思っていたからだ。

「えっと・・・じゃあ如月・・・さんは」
「・・・できれば呼び捨てにしてくれ」
「そ、そうか」

 初めて話す人を名前で呼び捨てにするのは何だか恥ずかしい。如月のような美ならなお
さらだ。


戻る: 第1話その3メニューHOME