小  説

11-結成! 紅髪不幸同盟! 中編

 爽やかに晴れ渡った空を、一陣の黒い風が走り抜ける。普通の黒魔術師霧雨魔理沙は、
今日も何冊かの魔術書を「借りに」行くところだった。森を過ぎ湖を越え、目指す紅魔館
はあっという間に視界に入ってきた。
 
 しかし、すぐに入れるわけではない。今日もまた、門番が無駄な抵抗をしてくるのだろ
う。さっきまでちょっと実験をしていたから、体をほぐすにはちょうどいい相手だった。
名前は忘れたが。
 
 しかし紅魔館に近づいて、はたと魔理沙は停止した。

 ――おかしい。

「……なんで誰も迎撃に来ないんだ?」

 最近は湖を通るだけで紅魔館のメイド部隊がわんさかお出迎えするのに、今日はなぜか
陸地についてもクナイ1つ飛んでこなかった。
 
「なんだなんだ?ついに私も紅魔館に入る許可が出たのか?」

 不思議なことがあっても前向きに考えるのが魔理沙の信条である。領空侵犯を続けつつ、
 魔理沙は紅魔館に入ろうと高度を低くした。
 
「お?」

 と、門の前に仁王立ちしている人物が目に止まった。紅のロングヘアーに緑色の帽子。
その真ん中には龍の文字が入った星がついている。すらりとした長身は、少々変わったチ
ャイナ服をまとっていた。
 
 確か、門番だったはず。魔理沙はそれだけ思い出して、美鈴に挨拶をした。
 
「よう。今日はやけにおとなしいな。誰も私を攻撃しないってことは、通っていいんだよな?」

「んなわけないでしょ。今日こそは門前払いにさせてもらうわよ」

 腕組みをして、美鈴は魔理沙を睨みつける。それに対し、魔理沙はただ不敵に笑うだけ
だった。
 
「おお?ずいぶん強気だな。いつものことだが」

 くっと帽子を直して、魔理沙は上空に上がった。上で決着をつけようというジェスチャ
ーだ。
 
「……いくわよ」

「はい」

 黒い魔法使いに、2つの影が迫った。
 
「おいおい何だよ、2対1か?卑怯だぞ」

 美鈴の横に立つ小悪魔を見て、おどけた様子で魔理沙は指摘する。そう言っているとこ
ろを見ると、やはり余裕があるのだろう。ちっとも慌てていない。
 
「普段は159対1でも勝つでしょうが。利害一致した仲だからね。今回は私たち2人で
弾幕らせてもらうわ」

「魔理沙さん。この一週間で借りた本、全部で42冊ですよ。返す気はないんでしょうけ
ど、ちゃんと保管してありますか?」

 小悪魔がむくれた顔で言う。恐らく、全部は読みきっていないだろう。またたまる前に
取り返しに行かなければならなかった。
 
「おう。ちゃんと私の家にあるぜ」

「……この上なく不安な返答ですね」

 魔理沙の家のどこにあるかが問題なのに。小悪魔はため息をついた。
 
「ちょっと驚いたぜ。お前がそいつと組むなんてな」

 魔理沙は美鈴を指差す。魔理沙から見れば、2人が親しい間柄だったとは思えないのだ
ろう。片や司書。片や門番なのだから。
 
「隊長の言うとおり、利害が一致したんです」

「そういうこと。今まで通りだと思わないほうがいいわよ」

「……なるほど。強気だと思ったらタッグ組んでたのか。確かにお前らは結構実力あるほ
うだしな。けど……」

 今一度帽子を直し、魔理沙は箒を握りなおす。そうして、2人を真っ直ぐに見つめた。

「それで私に勝とうなんて、気が早すぎるぜ」

 それこそ、495年くらいな。空を疾走する魔理沙から、ぽつりと漏れた。





 美鈴と小悪魔は同時に臨戦態勢に入った。まず、美鈴が迎撃のため構える。それを見て
小悪魔はさらに上空に上がった。魔理沙はその動きをちらっとだけ見て、目の前の美鈴に
マジックミサイルを放つ。至近距離から一気にカタをつけようという魂胆か。
 
 何十発もの魔力が美鈴に直撃するが、もともと美鈴の体力は並ではない。がっちりとガ
ードを固め、魔理沙の攻撃に耐える。
 
 初弾を撃ったのは小悪魔のほうだった。まずは大玉。しかしこれは威嚇。次に魔法陣を
展開し、クナイをばらまく。だがそれも囮に過ぎなかった。
 
 だから、魔理沙が美鈴に接近したことは、むしろ2人には好都合だったのだ。
 
「……っと」

 上から降ってわいた弾幕に、魔理沙は美鈴から離れる。そうして1度体勢を立て直そう
とした。
 
 だが、それこそが2人の狙いだったのだ。
 
「華符『セラギネラ9』!!」

「!!」

 魔理沙の攻撃がほんの一瞬だけやんだ隙を突いて、美鈴がスペルカードを放った。
 
 美鈴から、独特の花が咲き誇る。赤い波動を追うように、黄色のつぼみが開いてゆく。
幾何学的なスペルカードを操る美鈴の弾幕は、強力ながらも美しかった。
 
「……っ!スターダストレヴァリエ!!」

 美鈴に攻撃することに集中していた魔理沙は、たまらず魔符を放った。いきなり超々至
近距離から撃たれては、絶対に捌ききれない攻撃だった。
 
 魔力の星々が、セラギネラの花を枯らしてゆく。ひとまずしのいで、魔理沙は大きく息
を吐き出した。
 
「驚いたぜ。いきなりスペルカード撃ってくるとはな。思わずボムっちまった」

「汗がすごいわよ。相当動揺したみたいね」

 美鈴の服はすでに破れてしまっているが、本人にそれほどダメージはなさそうだった。
魔理沙の攻撃時間が短すぎたからだろう。
 
 魔理沙は美鈴から離れた。今のようなやり方では、もう1度食らう可能性がある。警戒
と様子見を兼ねた後退だ。
 
「どわあああああ!!」

 しかし、様子を見ようとして退がった魔理沙のすぐ背後に大玉が迫っていた。小悪魔は、
撃ち終えてからすぐに魔理沙の後ろに回っていたのだ。
 
 心底驚いた表情で魔理沙は大玉をよける。しかし、その影にはクナイを配置済みだ。少
し動いたくらいではよけきれない。魔理沙の動きが大きくなったのを見て、美鈴が疾走す
る。同時に、小悪魔はさらに大玉を追加した。
 
「くぅっ!」

「はっ!!」

「うわっ!」

 大玉の位置を確認しつつ、美鈴の弾幕に備えた魔理沙だったが、美鈴は何も撃たなかっ
た。代わりに飛んできたのは、首から上がなくなるのではないかと思われるほど強烈なハ
イキックだった。
 
 箒ごとスウェーバックして、なんとかそれをよける魔理沙。しかし、美鈴は2の手3の
手と、次々に体術を仕掛けてくる。
 
「おい!弾幕じゃないのかよ!」

「門前払いにすると言った以上、手段は選んでられないのよ!」

 びゅんびゅんと美鈴の攻撃がかすめる。あまりに速い連続攻撃に、反撃する事も出来な
い。さらに後ろからは小悪魔がクナイを乱射。魔理沙の頬を大量の冷や汗が流れる。
 
「このぉ……!調子に乗るなぁ!魔符……!」

「てぇいっ!!」

「うあっ!」

 魔理沙が再度スターダストレヴァリエを撃とうとするのを、美鈴は見逃さなかった。肘
で逸らし、手刀ではじき飛ばしたのだ。
 
「ああっ!」

「もらった!!」

「っ!!!」

 ガラ空きの魔理沙の胴に、美鈴の冲捶(ちゅうすい)が襲い掛かる。
 
 絶対によけられない。美鈴も小悪魔も、魔理沙でさえもそう思った。







 何かが折れる音がした。







 美鈴の拳は、完全に魔理沙を捕らえていた。
 
 もともと体術のほうが得意な美鈴の渾身の一撃だ。折れないわけがない。事実、美鈴の
攻撃は魔理沙の胸に当たっていた。
 
 だがしかし。信じられないことに、直撃ではなかったのだ。
 
 折れたのは魔理沙の箒だった。盾とも呼べないその細い柄を間に入れ、魔理沙は美鈴の
拳の衝撃を半減させたのだ。
 
「ぐ!は、あ!」

 魔理沙は落ちるようにしてその場から逃れた。折れた箒で何とか体勢を立て直し、荒く
呼吸をする。半減させたとはいえ、確実にダメージを与えたことは、胸を押さえているそ
の手が語っていた。
 
「素直に当たってれば気を失えたのに……。けど、相当効いたみたいね。そんな苦しそう
な顔、初めて見たわ」

 見下ろす形になった美鈴が嗤う。魔理沙は、憎々しい攻撃をしてきた美鈴を睨みつけた。
 
「ゼェ……ゼェ……。くそ、確かに効いた。一瞬呼吸が止まったぜ……。箒も折られるし……」

 普段とは勝手の違う攻撃が、魔理沙を混乱させていた。その顔からは、先ほどまでの余
裕が消え去っている。
 
「だけど、そんなんじゃ私は……うわわっ!」

 間髪入れずに、小悪魔が後方から撃ち出す。呼吸もままならないまま、魔理沙は慌てて
上昇した。
 
 しかし、そこにはもう美鈴が待っている。
 
「くっそお!集中できない!」

「しなくて結構!これでとどめよ!」

 魔理沙はさらに斜め上へ飛ぶ。逃げるような形の魔理沙に、美鈴は宣言する。小悪魔と
2人で打ち合わせたフィニッシュだ。小悪魔も上昇する。
 
「まだなんかあるのか!」

 魔理沙が美鈴のほうを振り返る。小悪魔は美鈴の隣に止まった。
 
「虹符『彩虹の風鈴』!!」

 美鈴を中心に、虹色の弾幕が花開く。それは、あっという間に魔理沙に迫った。
 
 だがそれを見て、追い詰められているにもかかわらず、魔理沙は逆に冷静さを取り戻し
たようだった。
 
「なんだ。てっきり新しい符でもあるのかと思ったぜ。そんな見慣れた攻撃が私に通じるか!」

 オプションを変更し、魔理沙はイリュージョンレーザーを撃ち返す。弾幕のわずかな隙
間に入り込み、美鈴に撃ち込みまくった。
 
「コイツは完全にパターン化してるからな。どれだけ増やしたってこのスペルには道が出
来る。その道が通れる以上、お前に勝ち目はないぜ!」

 いつもの「かすり」を楽しみながら、魔理沙は美鈴に撃ち込む。隣の小悪魔に時折視線
を送るが、小悪魔のほうはまだ何もしていない。
 
「確かにね……。彩虹の風鈴にはそうした弱点がある。けど……」

 魔理沙の言った、弾幕の「道」。それこそが唯一の弱点にして、そして今回の要なのだ
った。魔理沙はそれに気づかずに、見事罠にはまったのだ。
 
「もし、その道がふさがれてしまったら?」

「何!?」

 撃ち込まれながらも、美鈴は懸命に舞い続ける。その横で、小悪魔が構えたのを、魔理
沙は見逃さなかった。
 
「スペルが2つに増えたらどう!?捌ききれる!?」

「なっ……!」

 彩虹の風鈴は伏線に過ぎない。確かに、「道」を通れば弾に当たらない。
 
 だがしかし、「道」を通ってしまうと、もうそこから抜け出すことは出来ないのだ。例
えその道がふさがれてしまっても。
 
「し……しまった……!」

「この子だってスペルカードが使えるのよ!はまってくれてありがとうね!」

「……隊長」

 小悪魔の弱々しい呼びかけに、美鈴は気づかなかった。怯えて攻撃の止まった魔理沙を
逃すまいと、さらに撃ち続ける。限界が近かったが、小悪魔が撃てばそれで終わることだ
った。
 
 初防衛は、目の前にあった。
 
 横で小悪魔が何かごそごそやっているが、気にかける余裕はない。
 
「あの……隊長」

「何?」

 息が切れ始めたところで、ようやく美鈴は小悪魔の声に振り向いた。
 
 そこには、真っ青になって泣いている小悪魔がいた。
 

「私……スペルカード……忘れてきたみたいです……」

「え?」

 そのとき、美鈴のスペルにタイムリミットが来た。美鈴の体が反動でがくんと揺れる。
「わ、わす……?」

「………………」

「聞こえたぜ」

 呆然と見つめ合う2人に、爽やかで恐ろしい声が聞こえた。
 
「あー、えっと……」

「ま、魔理沙さん……」

「お前がスペルカード使えるのは知ってたけどな。忘れたんなら素直に大玉撃っときゃよ
かったのに。スペルカードにこだわりすぎたみたいだな」

 肩で息をする魔理沙の目には、「殺」の文字が刻まれていた。
 
「さんざんてこずらせてくれやがって……!」

「あ、あのー!」

「通っていいから、復讐なんてことは……!」

「問答無用だ!マスタアァァァァァァァスパアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァ
ァァァァァァク!!!!」

 大気が揺れる。魔理沙の怒りの一発は、紅い髪の2人を吹き飛ばし、紅魔館の一部を削
りとった。
 

 その轟音は、博麗大結界にヒビを入れたとか入れなかったとか。