小  説

12-結成! 紅髪不幸同盟! 後編

 夕方の紅魔館。美しい赤光が、館をさらに紅く染め上げる。メイドたちにとっては、仕
事ももうすぐ終わりの、多少余裕の出る時間帯だった。
 その紅魔館の食堂で、既に色々終わったような2人がぐったりと突っ伏していた。
 
「……うかつだったわ。確かに、大玉撃ってれば勝てたわよね……」
「……すいません。普段、図書館じゃ使わないものですから……」

 周りの気が滅入るのほどのため息が漏れる。もはや顔を上げるのも億劫になっていた。
「……でもさ。ちょっと、いけたわよね……」
「……ごめんなさい」
「責めてるわけじゃないわ。あいつをかなり追い込めたのは、大きいと思わない?」
「……でも、私が忘れてなかったら……」
「……そうだけどね」

 美鈴は、気だるい体を持ち上げ、小悪魔の頭を撫でた。
「大丈夫よ。次はあいつも警戒してくるだろうけど、きっと成功するって。まだ色々作戦
あったじゃない。それを実行していこう。ね?」

 優しく頭を撫でる美鈴の言葉には、思いやりが込められていた。そのせいで、なぜか涙
があふれる。

「はい……」

 小悪魔は、ようやく顔を上げた。視界が滲むが、美鈴になら泣き顔を見られてもいいと思った。

「ありがとうございます。隊長……」
「うん。もっともっと、がんばろ」
「はい」

 ようやく、笑えた。小悪魔はうなずいて、美鈴に笑顔を贈った。

 そのとき、ふと気づいた。

「あれ?隊長、帽子は?」
「え?」

 美鈴は自分の頭に手をやるが、それはあるはずの帽子に触れず空振りした。

「…………」

 美鈴は、その状態のまま首だけ真横に向けた。
 目的の物はそこにあった。ナイフによって、壁に貼り付けられていた。
 美鈴は、今度は反対方向を向いた。
 帽子を壁に貼り付けた張本人が、そこにいた。

「さ、咲夜さん……」
「咲夜様……」
「……こんなところで油売ってていいのかしら?そこの門番?」

 怒っているような口調ではないが、逆に感情を読み取れない冷ややかさが恐ろしかった。
美鈴は既に凍っている。流石、魔理沙のせいで毎日のように咲夜に折檻を受けているだけ
ある。もはや条件反射なのだろう。

「あ……あのですね、私は今日早バンだっタカラデシテ、決シてサボッテイルワケデハ……」

 がちがちに緊張してしまい、美鈴は呂律も固まってしまっている。あとは口をパクパク
させるだけで、言葉にはならなかった。

「あのー、私は隊長のお手伝いをしていたので……」

 なるべく美鈴を助けようとして、自己弁護になっていることに小悪魔は気づかない。我
が身が第一。本能が理性と反対の言葉をつむぎ出していた。

「……まあいいわ。別に叱りに来たわけじゃないし。2人一緒なら探す手間も省けたしね」
「え?」
「2人とも、ついてきて」

 手招きをして、咲夜は食堂を後にした。美鈴と小悪魔の2人は、慌ててその後を追った。
 

 3人が向かったのは応接室だった。レミリアやパチュリーが、よくここでお茶会を開い
ている。咲夜はノックをしてから、そのドアを開けた。

「よう」

 咲夜に続いて部屋に入った2人に声をかけたのは、先ほど怒りの爆裂光線を放った霧雨
魔理沙であった。昼間の怒りはもう沈静化したのか、今は随分機嫌がよさそうである。
 魔理沙の隣にはパチュリーが座っており、その向かいにレミリア、さらにフランドール
が魔理沙の腰にくっついていた。そして咲夜がレミリアのそばに立つ。
 紅魔館の顔役が全員集まる、実に珍しい光景だった。美鈴が応接室に入ることなど数え
るくらいしかなかったはずだ。魔理沙がいるとさらに珍しいが、逆に魔理沙ならこんな状
況を簡単に作ってしまう気がする。なんとなく、小悪魔はそう思った。

「来たわね」

 小悪魔と美鈴が入ってドアを閉めたのを確認してから、レミリアは口を開いた。

「とりあえず、貴女たち2人にも教えておかなければならないことだからね」
「はあ」
「そんなに重大なことなのですか?」

 思わず小悪魔がそうたずねる。これだけの顔ぶれを、小悪魔はまだ見たことがなかった
からだ。よほどのことでない限りこんなことはないはずだ。

「まあね。貴女たちも魔理沙とは顔をあわせるほうだから」

 レミリアがうなずく。
「さて、用件だけどね……。今日付けで、霧雨魔理沙の紅魔館入館許可を正式に与えるこ
とにしたわ」

 さらっと言い終えて、レミリアは紅茶を一口含んだ。
「え」
「それって……」
「図書館の本の貸し出しも許可したわ。ただし、2週間という期日を絶対に守ることが条
件だけどね」
「それを破った場合、もれなくフランドール様と遊ぶ権利が与えられるわ。強制的にね……」

 レミリアのあとを咲夜が継ぐ。どことなく楽しそうな口調だ。

「私としては、そのほうがいいけどね」

 けたけたと笑いながらフランドール。

「まあ、あんまり文句の言える立場でもないからな。期限を守るくらいでいいならなんとかなるだろ」

 と、魔理沙。

「というか、いい加減本棚壊すのやめてほしいし、そもそも暴れないで静かにしてほしい
のよ。本の許可も私が出したわ」

 ため息をついて、パチュリー。
 正式に、魔理沙が紅魔館の出入りを許可された。
 ということは、つまり。

「もう魔理沙の妨害をする必要はないわ。攻撃しないで、通してあげなさいな」

 レミリアが最後を締めくくる。
 ――つまり。

「や……」

 もう怪我も弾幕ごっこの後始末もしなくて済むのだ。

「やったー!!」

 小悪魔と美鈴は、飛び上がってお互いに抱きついた。
 思わず涙がこぼれる。そうだ。どうしてこの法令が今まで下されなかったのか。紅魔館
の物的被害、人的被害を考えれば至極当然ことのはずだ。

 あとで知ったことだが、その考えは以前からあったらしい。ただ、どういうわけかパチ
ュリーがずっと反対していたのだ。
 その理由が本人以外にわかるとしたら、それは小悪魔くらい。きっと、意地を張ってい
たのだろう。パチュリーにとって、魔理沙の存在が与える意味。それを認めたくなかった
のだ。
 あとになって、小悪魔は苦笑することになる。
 それこそ、「小悪魔」のように。


「やったやった!もう痛い目見ないで済むわ!」
「本棚を直す必要も、わざわざ魔理沙さんに玉砕する必要もないんですね!」

 だが今は、目先のことで頭がいっぱいだった。よかったね、よかったよ。嬉し涙を流し
ながら、小悪魔と美鈴は喜びと今までの苦しみを分かち合っていた。ああ、こんなにも嬉
しいことがこの世にあったなんて。
 しかし、その喜びもすぐに終わることとなった。
 急激に部屋の温度が下がったからだ。
 無論、氷精がいるわけでもないから室温はそのままだが、体感温度は低下していた。
 約一名、2人に殺気を送っている人物がいたからだ。

「随分な喜びようね。まるで自分たちの本来の職務を放棄したような……」

 ナイフのように鋭い視線。ナイフのように冷たい言葉。
 絶対零度。咲夜の微笑みは、2人を凍りつかせるに十分な温度だった。

「あ……」
「いや、その……」
「……お嬢様。私、私用が出来てしまいましたわ。少々席をはずさせていただきます。こ
の2人にも手伝ってもらおうと思いますので、連れて行きますね」

 小悪魔と美鈴の首根っこをつかんで、咲夜はレミリアに告げた。大して腕も太くないの
に、どうして片手で持ち上げられるのだろう。

「ああ、あの!今のはですね咲夜さん!」
「パ、パチュリー様!助けてくださいぃー!」
「……咲夜。その子にはあんまり無理させないでね」
「私はー!?」
「ええ、承知しておりますわ。大体2対1くらいにしておきます」
「パチュリー様ー!」
「いやー!せめて1対0.5くらいにー!」
 無情にもドアが閉められる。応接室からは、今のことについてか楽しそうな話し声が聞
こえていた。
 対して、廊下では悲痛すぎる叫び声。

「さ、咲夜さん!私、警備隊のみんなに今のこと知らせないと!」
「私が知らせておくわ」
「図書館の掃除、まだ終わってないんですー!」
「私が特別にやっておくわ」
「ひいいいいぃぃぃぃ……!!」

 咲夜に抱えられる2人は、少しでも恐怖をやわらげようと互いの手を握り合っていた。
 それは、2人の同盟の証。
 共通点は、髪が紅いこと。

 そして、2人とも不幸なことだった。