小  説

40-一方その頃 〜東方永夜抄Extra 後編

「たったった隊長!おち、おち落ち着いてください!」

 美鈴に腕をつかまれ、引きずられるように小悪魔は空を飛んでいた。美鈴のほうが圧倒
的に飛行スピードが速いので追いつけないのだ。

「悠長なこと言ってる場合じゃないでしょ!ここで何とかしなきゃいけないのよ!」
「いや少し考えれば無理だって分かるでしょうっていつの間にか目赤くなってますよ隊長!!」

 小悪魔の声に振り向き、確実な要素が何1つない美鈴の目は、明らかに満月の影響を受
けていた。普段の綺麗な青い目が、このときばかりは血のように赤くなっていた。その姿、
もう1人のスカーレットデビルと称してもいいような気さえする。本当に称するとオリジ
ナルの方々が怒り出すので言わないが。
 湖を越え、2人は妖気の上流を目指す。区別するまでもない強烈な魔力を感じることが
できた。小悪魔はこれっぽっちも行きたくないのだが、美鈴は全く話放してくれそうにな
い。美鈴の握力に対抗する手段を、小悪魔は持っていなかった。
 眼下に暗い森。頭上には銀の月。狂おしいくらいに気持ちのいい夜風。ただの散歩であ
ればこれほどよい条件もなかった。小悪魔も美鈴も満月の影響を受けており、ある程度の
能力の増強は感じられている。
 ただの散歩であれば、とても気分のいいものだった。
 しかし満月は幻想郷のほぼ全ての人妖に影響を与える。妖の者たちには力がみなぎり、
いつも以上に凶暴性が増している。

 フランドールの妖気を目指す中、大量の妖怪たちが2人に襲いかかってきた。
「邪魔ー!!」

 奇声を上げながら攻撃してくる妖怪。ここぞとばかりに高速高密度の弾幕を展開する妖
精。美鈴は気を練り、それ以上の速さを持ったクナイを連射する。質の高い気をまとった
暗器は、たった1発でその妖怪たちを撃ち落としていった。やはり紅魔館屈指の実力者は
強かった。
 妖怪たちの標的になるのは何も前衛で暴れている美鈴に限ったことではない。後ろから
ついてくるだけの小悪魔も狙われる。しかし小悪魔とて伊達に紅魔館でもまれているわけ
ではないのだ。たかが満月の影響を受けたそこらの三流妖怪ごときに遅れはとらない。
大型弾を発射し、さらに2冊の魔道書を呼び出す。図書館によくある、自動で弾幕を展開
するものだ。弾速はあまりないものの、1発の威力はなかなかに大きかった。

「!」
「!」

 2人が森の上を疾駆していると、不意にその森が切り取られた。それどころか、その遠
くにある山も、空の星も2人の視界から消えてなくなる。残されたのは銀の満月と、闇。

「……ふふふ。こんな夜にそんなに急いで、何をしているの?」

 闇に包み込まれたことを即座に理解する。小悪魔と美鈴は辺りを見回した。すると、紅
の眼を持った少女が2人の前に立っていた。ブロンドの髪に紅の眼。雰囲気は全く違うが、
その部分だけはフランドールに似ていた。帽子はかぶっていないし、服も漆黒といえるほ
ど黒く、そもそも物腰からして全く違かったが。
 一見して、その妖怪が今までとは一線を駕していることが分かる。フランドールほどで
はないものの、ぞくりとするような寒気をたたえていた。

「こんばんはお2人さん。ちょっと立ち止まってはいか……」
「邪魔よっ!!」
「へぐぅ!!」

 が。
 小悪魔が構えようと思ったときには、既に美鈴が不意打ち同然の先制攻撃を放っていた。
身体能力の活性化が信じられないくらいに進んでいるらしく、まさしく神速の速さで踏み
込み、美鈴は妖怪の少女に冲捶と川掌を的確すぎる位置に叩き込み、一瞬で昏倒させてし
まった。
 少女は物言わぬまま眼下の森へと落ちていった。どうも少女自身が闇を発していたらし
く、少女が2人から離れてゆくに連れ、周囲の闇も晴れていった。

「もー、こんなところで足止め食ってる場合じゃないのに!」
「いやそもそも追いかける必然性が……」

 あるにはあるのだが、その人員選出が間違っているような気がするのだ。言うと理不尽
なとばっちりを食いそうな気がするので小悪魔は黙っておく。どうやら今は美鈴を止める
ことよりも、外に出て行ったフランドールをどうやって館に戻すかを考えなければならな
いようだった。

 美鈴に襟首をつかまれ引っ張られながら、小悪魔はその方法を思索する。息苦しいが我
慢しなければならなかった。逃げたいのはやまやまだったが、逃げると現状の2倍以上は
確実に負傷する人物がここに1人いる。紅魔館ではよく死人が出るものの、あまり死にそ
うにない人物が死地に赴いて帰らぬ人となったらやはり嫌だった。かといってこのまま向
かっても死体が増えるだけであるので、小悪魔は何とかよい方法を考えていた。何もしな
くても美鈴が周りの妖怪を撃ち落としてくれるので考える余裕はたっぷりあった。
 満月の狂気と妖気に中てられた最凶の吸血鬼。その力はありとあらゆるものを破壊して
しまう。姉でさえもその力を抑えることは容易ではなく、相当の幻視力と弾幕の処理能力
をもってして初めて対等以下となりうることができる。それを、レミリアにも遠く及ばな
いような2人が立ち向かおうなどというのは不可能の太鼓判を裏面まで使っていっぱいに
押しまくったようなものだった。
 だがしかし、それはあくまで2人が勝つという前提に起こされる推察であり、ただ単に
フランドールを館に戻すというのであればある程度選択肢に幅が出る。例えば、玉砕覚悟
で美鈴がフランドールを昏倒させるだけでもいいのだ。本人は嫌がりそうだが。
 真正面から挑んでも返り討ちにされることなど考えなくたって分かる。だからこそ正攻
法以外の方法に頼るしかないのだ。
 力は美鈴に何とかしてもらう。ならば、自分は知恵を絞るしかなかった。
(あと、有効な方法って……)
 小悪魔がそうして考えていると、急に美鈴が止まった。慣性の法則にしたがって小悪魔
は美鈴の背中に激突する。しかし何があったのか小悪魔は確認しなかった。確認しなくて
も美鈴が何を見たのか分かったからだった。

 禍々しい凶悪な妖気。先ほど2人を包んだ闇など比較にならないくらい、その規模は大
きかった。それはうねる触手のように、ざわざわと2人にまとわりつく。まるで実体を持
っているかのように、それは戦慄となって小悪魔と美鈴を包み込んだ。
 美鈴の背中から、小悪魔はそっとその様子を伺ってみた。
 月の光の中に、小柄な体躯の少女の影。七色の不思議な翼は空気を切り、光を巻き込ん
で揺れている。金の髪が、紅の服が、白い肢体が、満月に照らされて輝いて見える。
 こんなにも恐ろしいのに、こんなにも美しかった。
 それは紛うことなき吸血鬼の威厳。射抜くような紅の瞳は、銀色の光を混じり合ってさ
らなる狂気を生み出していた。
 形容できない美を持って、フランドール・スカーレットは無音の月光の中にたたずんで
いた。

「フランドール様……」
「んー?追いかけてきたのー?」

 それは、可愛らしい口から発せられた無邪気な言葉によって見事に破壊される。何もこ
こで破壊の能力を使わなくても、と2人はどうでもいいことを考えてしまった。
 月の光を浴びて、3つの紅が対峙する。
どうやら、腹をくくってフランドールと戦わなければならないようだった。

「無駄を承知でお願いしますが……館に戻っていただけないでしょうか?」
「や」

 睨みつけるような険しい表情で、美鈴がフランドールに話しかける。話し合いで済むの
ならそれに越したことはない。
 しかし、ある意味渾身のお願いは、たった1文字の言葉によって打ち砕かれてしまった。
 けたけたとフランドールが笑う。フランドールにとってはこれほどまでに気分のいいこ
とはないだろう。まさかうなずくとは思っていなかったが、本当に帰るそぶりすら見せる
ことはなかった。

「そういうおつもりなら力ずくでも……ってえぇー!!?」

 力ずくでも戻ってもらおうと思っていたのだが、美鈴はセリフを全て言うことはできな
かった。ひとしきり笑い終えたフランドールが天に向かってかざした手には、既に巨大な
魔力の塊が出来ていたのだ。
 まさしく問答無用。まさしく言語道断。紅の力が2人に向かって疾走する。
 
「ふぅっ!」
「くっ」

 超高速のそれを、小悪魔と美鈴は思い切り身をよじってなんとか避ける。直後に地面か
ら爆音が轟いた。

「ひぇ……」

 小悪魔の顔からさーっと血の気が引いてゆく。笑いたくなるくらいに凄まじい威力なの
だ。避けたはずなのに服が焦げている。
 こんな相手に挑むなど正気の沙汰ではない。満月に中てられているから挑んでいるのか
もしれないのだが、逃げるのが最良の手段だと小悪魔は瞬間的に悟っていた。
 だがそれでも、美鈴は正面からフランドールを押さえ込もうとしているようだった。
 
「ならば……いきますっ!!」

 無謀という字を背に負って。
 美鈴が空を強く踏み込んだ。








 ボッ、と拳が空気を押しのける。目で追うのも困難なスピードの体術が美鈴から次々と
繰り出された。弾幕で勝負を仕掛けるよりも、美鈴がより得意とする格闘戦を選んだらし
い。それだと小悪魔をつれてきた意味がますますなくなってしまうのだが、そんな横槍を
入れられるような状況でもないので、小悪魔は巻き添えを食らわないように黙って2人か
ら離れた。事実、近くを通りがかった毛玉やら三流妖怪やらが殺気と妖気の入り混じった
空間に踏み入った瞬間に落ち葉のごとく落ちていっているのだ。近づくのはとても危険で
ある。
 フランドールに肉迫し、美鈴は突きを連発する。遠くからでもそのキレがいつも以上に
よいのがよく分かった。だがフランドールの反射速度はそれをも凌駕している。にやにや
と薄笑いを浮かべながら、フランドールは美鈴の攻撃を全て捌いてしまっていた。

「く……!」
「とーぅ!!」

 ごしゃ、と鈍い音が弾かれる。超接近戦でしかも出来うる限りの素早い攻撃だというの
に、その全てがまともに入らないせいで焦った美鈴の一瞬の隙を突き、フランドールが見
事なアッパーカットを繰り出したのだ。天に向かって拳を突き上げるその様子はそのまま
勝利のポーズにもなりそうだった。だが生来の打たれ強さのため、美鈴は空中で踏みとど
まる。無論、それはフランドールを喜ばせるだけに過ぎなかった。

「あはははははは!!」

 翼を2、3度羽ばたかせ、フランドールは美鈴に向かって高速で上昇する。とっさに美
鈴は胸の前で腕を十字に組む。しかしフランドールは一瞬で美鈴の前を通り過ぎ、さらに
加速してその背後を取った。

「……っ!」


 凶悪な笑顔を、月明かりが照らす。
「はあっ!!」

 通常であれば、絶対に回避不可能なフランドールのパンチ。
 だが美鈴は、振り向くことさえ出来ないその刹那の瞬間で、後ろに足を振り上げてフラ
ンドールの攻撃を払いのけたのだ。逆サマーソルトキックがフランドールの腕をかち上げ
る。すらりと伸びた脚と、紅く艶やかな髪が満月に対抗するかのように真円を描きだした。
 なんとも鮮やかで、且つ美麗な防御。しかし美鈴は回転を緩めず、それをそのまま攻撃
へと転じさせた。上から前へ、前から下へ、そしてまた上へと戻ろうとしていた美鈴の視
線が、フランドールの顔を捉える。見上げるように、恐らく美鈴の視界にはさかさまにな
ったフランドールが見えていることだろう。どうやって腕が弾かれたのか分からずに呆然
としているフランドールの無防備な顎に、美鈴は文字通り真下から川掌を叩きつけたのだ。
 こと格闘において、前後左右上下どこにも、美鈴に死角はなかった。
 フランドールの小さな体が跳ね上がる。レミリアがこの場にいたら多分今頃美鈴は死ん
でいることだろう。大丈夫だと頭では分かっていても、美鈴の一撃はかなりの威力を秘め
ているように思えた。
 しかしやはり大丈夫だったらしい。首と体を大きくのけぞらせた姿勢のままでフランド
ールが止まった。1秒、2秒。

「だーっ!!!」

 3秒。および判別不可能な超短時間。フランドールが上から美鈴を殴りつけたのと、恐
らく美鈴が地面に激突した音がほぼ同時に小悪魔の耳に入る。頭蓋骨が陥没しそうな凄い
音だった。

「あはっははははははは!あははははは!!」

 フランドールの爆笑が轟く。ただの妖怪が雄叫びを上げるよりも恐ろしかった。次の矛
先が自分に来るのを回避するためにも、小悪魔は美鈴が落下した位置へと急いだ。森があ
るにもかかわらずもくもくと土煙が舞っている。

「隊長〜?」

 土煙を払いながら、小悪魔は美鈴落下地点に声をかけてみた。流石に人の形に穴が開い
てたりはしていないが、頭から盛大に突っ込んだらしいことは地面から生えている2本の
脚が生々しく物語っていた。
 とりあえず、脚はわずかに痙攣しているので生きているのだろう。小悪魔は美鈴を引き
抜くことにした。美鈴は身体の起伏が激しいから自分だけでは難しいだろうが。
 そんな微妙に嫉妬の混ざった考えで小悪魔は美鈴の足を引っ張る。そこでようやく地中
に埋まっている上半身側が活動を始めたらしく、下からなにやら動いている様子が小悪魔
に伝わった。

「ん……しょっ……と!」

 ずるずると美鈴を地上に引き戻す。腰まで出たところで何か取っ掛かりを掴んだのか、
美鈴の動きが早くなった。

「……ぶっはあ!」

 そして、土まみれの上半身が全て外に出た。幸いにも頭の骨や中身は大丈夫らしい。つ
くづく丈夫な身体だ。ちょっとうらやましかった。

「……ぅえー。口の中がジャリジャリするー」

 美鈴は気持ち悪そうに口に入った土を吐き出していた。同時に髪や服についた土も出来
る限り払う。

「隊長、大丈夫ですか?その……いろんな意味で」

 小悪魔は心配そうに尋ねる。身体に関しては至極平気そうなのだが、果たしてこの戦闘
をまだ続ける気なのかどうか心配だった。

「あー、うん。それなりに……。あなたこそ、何かなかった?」

 美鈴が打ち落とされてからすぐに救助活動に入ったことを小悪魔は美鈴に伝える。つい
先ほどまで美鈴の下着が丸見えだったことについてはあえて黙っておいた。

「うー……やっぱり満月の日のフランドール様は強いわー。どうやって勝てばいいんだろ……」

 今か今かと美鈴の帰りを待ちわびて空中にとどまっているフランドールを見上げる。戦
意は喪失したのか、美鈴の目には先ほどまでの強気な光は見えなかった。

「……あの隊長。私さっきから考えてたんですけど」

 そこで小悪魔は口を開いた。作戦と呼べるものではなかったが、フランドールを館に戻
すという最低限の目的を果たすのならば通用するかもしれないと思っていた。

「ん?何?」







「……朝になるのを待てばいいのでは?」







 土に埋まっていた美鈴が今度は石になったような気がした。無論気のせいであって本人
は変わらずにいるのだが、考えもしなかった案に思考がしばらく停止していたらしい。
 数秒の間をおいてから、美鈴が自分の眉間をグリグリと揉み始めた。
 
「えー……えーっと……。そもそも私は、咲夜さんたちが帰ってくる前になんとかしよう
と思ってたんだけど」
「夜中に肝試しで行くのなら、神社に泊まってくるでしょう」

 美鈴の目が凄い勢いで泳ぐ。
 本当の満月の力によってさらに凶悪になったフランドール。しかしそれは結局満月の影
響なのだから、朝になれば吸血鬼の特性も相まって館に帰らざるを得なくなるのだ。なら
ば、何も今こんなに頑張らなくてもいいのではないだろうか。

「……ねえ」
「はい?」

 しばし考え込んだ後、美鈴が小悪魔に声をかける。
 
「夜明けまで、あとどのくらい?」

 真っ向から勝負をしなくてもよいということは確かに大きな利点だった。だが朝になる
までフランドールを放っておいては元も子もない。それでなくとも、フランドールの興味
は今のところ美鈴に注がれているのだ。ということは、フランドールに環境破壊をさせな
いようにしながらも自分たちに被害が及ばないようにしなければならない。
 つまり、朝になるまでフランドールと鬼ごっこをすることになるのである。
 
「えっと……あと、1時間強ってところでしょうか」

 小悪魔は常時携帯している懐中時計を取り出して、時間を見た。先日のように夜を止め
られたりしない限り、そのくらいには空が白んでくることだろう。

「………………」
「………………」

 小悪魔と美鈴が互いに顔を見合わせる。
 
「……やる?」
「お任せします」
「……じゃあ、行くわよ」

 美鈴の目は、紅いままだった。
 もちろん、小悪魔の目も美鈴と同じ色をしていた。


「あー、ようやく戻ってきたー」

 2人がフランドールのそばに戻ってくると、フランドールはぱっと明るい笑顔になった。
頼むからそのまま帰って欲しかった。2人とも一瞬だけげんなりした表情になる。

「それではフランドール様、改めて……いきます!」

 美鈴がそう宣言する。同時に隣にいた小悪魔が魔道書を使って弾幕を展開した。
 
「むっ!」

 突然放たれた弾に、フランドールは表情を険しくする。だがそれがお気に入りの弾幕ご
っこの合図だったため、すぐに不敵な笑顔に戻った。

「行くわよ!」
「はい!」

 しかし。
 フランドールが身構えた瞬間、美鈴と小悪魔はフランドールに背を向けて一目散に逃げ
出したのだ。

「あ……あぁー!!」

 フランドールは驚きと怒りが両方混じった声をあげる。遊ぼうと思った矢先に相手に逃
げられては当然だろう。

「待ーてぇー!!」

 フランドールが高速で2人を追いかける。時間稼ぎのつもりで放った弾幕はブレーキも
かけずに通り抜けてしまった。もはや慣性さえもフランドールには通用しないというのだ
ろうか。

「1時間以上も飛び続けることは出来るの!?」
「やったことないから分かりません!でも、やるしかないでしょう!」

 必死になって小悪魔と美鈴はフランドールから逃げる。後ろから竜巻か何かが追ってき
ているような感覚に捕らわれていた。
 逃げながらも弾幕の展開は忘れない。小悪魔と美鈴は交互に弾を撃ち出してフランドー
ルを威嚇する。フランドールはそれをものともせずにすいすい避け、代わりに2人の何倍
も威力があるような妖弾を返してきた。
 1時間強の耐久弾幕レース。その先にあるのは勝利か死か。後ろから迫る妖弾を避け、
前から飛んでくる弾幕をかわし、銀の満月輝く中で3つの紅が踊りながら空を飛ぶ。飛び
ながら流れ撃たれるその様は、さながら地上の流星か。
 撃ちつ撃たれつ避け続け。



 最初にキレたのはフランドールだった。



「うー……逃げるなー!!」

 レース開始からおよそ1分が経過した頃。突然にフランドールが吼える。
 そして、スペルカードを取り出して発動させたのだ。
 
「禁忌『カゴメカゴメ』ー!!」
「い!」
「げ!」

 逃げられ続けることに腹を立てたらしく、フランドールは弾幕の牢屋を作ることにした
のだ。満月の力のせいか、広範囲にわたって緑色の妖弾が一列に並べられる。水平に走り、
直角に交わり、交錯し、弾幕の牢屋が完成する。小悪魔と美鈴は目の前に現れた弾幕の壁
を見て止まったが、そのときには既に他の妖弾によって囲まれてしまっていた。

「あ……あ……!」

 止まった時点で捕まってしまっている。心持ち妖弾が大きい気がして、さらに抜けられ
るような隙間がなくなってしまっている。フランドールが大型弾を発射すればそれも崩れ
るのだが、その前にここを脱出しなければそれはイコール死である。ニアリーイコールな
のかもしれないが、恐らく意味としては同じことだろう。
 だから、レースはいきなり終わってしまったのである。
 後ろから、卒倒したくなるようなさっきが伝わってきた。
 
「つ〜か〜ま〜え〜た〜」

 ゆらり、とフランドールが妖弾のわずかな隙間から2人を覗く。その手には、既に大型
弾が作られているのが分かった。

「逃げないでよね〜。せっかく遊んでるんだから〜」

 もともと強いフランドールに満月の力が加わり、さらに怒りが含まれている。
 それすなわち、絶体絶命。
「おしおきぃー!!」
 フランドールが大きく振りかぶる。今まさに、巨大な鉄槌が2人に向かって振り下ろさ
れようとしていた。
 そんな2人に出来たことは、泣くことだけだった。
 
「全っ然駄目だったじゃないのー!!」
「ご、ごめんなさいー!!」

 2人の叫びは、夜の静寂を破壊する轟音によってかき消された。
 
「大丈夫よちゃんと辛うじて避けられるようには撃つつもりだからもっと遊んでよねー!」
「ひいいいいいぃぃぃぃぃ……!」

 耐久弾幕レースはその名を耐久弾幕戦に変えた。
 残り1時間強。
 永い夜になりそうだった。


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