小  説

83-3 雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編_第四話 マリンブルーの絆(その3)

「じゃあ、これは偽造じゃなくて、本物なんだね」
「は?」

  みると、綾華は手に見覚えある紙を持っている。
それは槙人の通知表だった。

「お、おおおお前、?い、いつの間に!?」
「ついさっき」
「ぜ、全然気づかなかった・・・」

 知られぬうちに、綾華は槙人の鞄から通知表を抜き取っていたらしい。
 つまり、槙人がわざとらしい演技をする前に、結果は分かっていたということだ。とな
ると、先程の残念そうな顔も演技だったのだろうか。
 もし、そうなら。
 綾華の計算高さは、測り知れない。槙人は数百段は上だ。
 恐るべき妹である。
 槙人は溜め息をついた。

「・・・返してくれ」
「はい」

 綾華から通知票を受け取り、槙人はそれを鞄に戻した。

「でも良かったよ。実際赤点なくて」

 綾華がにっこり笑う。それだけで今の騙し討ちも許せそうだった。

「・・・そうだな。ありがとな、綾華」

 少し笑って槙人は綾華の頭にぽんと手を乗せた。

 ここまでやれたのははっきり言ってお前のおかげだ。本当に感謝してるよ」

 そのまま、綾華の頭をなでてやる。綾華は恥ずかしそうに、しかしそれ以上に嬉しそう
に笑った。

「えへへ。ありがと。」
「ああ」

 綾華の方も大丈夫だった。元々、槙人とは出来が違うので、赤点とは無縁の成績だった。
 羨ましい限りの頭である。

「お兄ちゃん。海、楽しみだね」
「ああ」


 どんなに優れた気象台でも屶瀬島の天気を予測することはできない。
 ここ数日快晴が続いて夏だった屶瀬島だが、今日は再び冬になっていた。

「今日はまたえらいドカ雪だなあ」

 綾華の作ったピザトーストをかじりながら。槙人は呟いた。

「いつもと同じだよ。ここのところ降ってなかったから多く見えるけど」

 向かいの綾華が窓の外を見て言う。綾華が言うのなら、そういうことなのだろう。
 実際に、日々の降雪量は不思議なほど、大差がない。
 それは、まるで誰かに決められたかのように。
 それは、まるで以前の降雪を繰り返すかのように。

「海に行くってのに、わざわざ上着着なきゃいけないのか」
「その辺は仕方ないよ。諦めて」

 朝食を食べ終わる。
 海に行って一日家を空けるため、今の内に掃除をしておかなければならない。洗い物と
洗濯は彩花に任せることにして、槙人は掃除機を取り出した。広い言えないのおろそかに
しがちだが、真面目にやらないと綾華がうるさい。槙人はそこを気をつけてスイッチを入
れた。
ガチャン。

「ん?」

 槙人が掃除機を前後に動かしていると、台所の方で何かが割れる音がした。

「どうした?綾華」

 掃除機のスイッチを一端切り、槙人は台所を覗いた。

「あ、お兄ちゃん。あの・・・コップ、落としちゃった」

 あはは!と苦笑いして、綾華はガラスの破片を拾っていた。

「おいおい、大丈夫か?」
「う、うん。お兄ちゃん、箒とちりとり持ってきて」
「あいよ」

 廊下にある物置から、箒とちりとり、そしてビニール袋を持ち出す。

「ケガ、ないか?」

 二人で片付けながら、槙人は綾華に尋ねた。

「うん。ちょっと、ボーッとしちゃって・・・」

 気まずそうに綾華は笑った。
 あとで思えば。

「ま、こんなもんでいいだろ」
「うん」

 これが前兆だったのかも知れない。


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