小  説

84-2 雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編_第五話 病(その2)

「お兄ちゃんじゃないの?」
「何で俺が」
「そ、そうだよな。おっかしいなあ。何か、ドシンってぶつかってきたんだけど・・・」

 不思議そうに綾華はキョロキョロしている。

「目眩か何かか?」
「ううん。何かぶつかったよ」
「でも何もないぞ」
「そうだよねえ。何だったんだろ」
「まあ、怪我がないなら平気だろ。ほら行って来い」

 さほど気にしないで、槙人は綾華の背中をぽんと押した。

「うん、そうだね。じゃ行ってきます。ちゃんと来てね、お兄ちゃん」
「へいへい」

 今度こそ綾華は島を出て行った。
 寒いので、槙人は急いで家の中に入った。
 昼間で時間があるので、朝食を食べたら寝直そうと考えていた。
 そのおかげで、夢之内容と、綾華のことは忘れてしまっていた。


 そして、槙人の携帯電話が鳴ったのは、それから一時間後だった。


「ん?」

 布団の中でウトウトしていた槙人はけたたましく鳴る携帯電話の音に、体を起こした。

「あれ、町田さんだ・・・」

 番号と表示された名前に少し驚いてから、槙人は通話ボタンを押した。

「はい」
『姫崎さんっ!今どこにいますか!』
「どこって、家にいるけど」

 ただならぬ状況にあることが瞬時に分かる程、聞こえてきた町田の声はせっぱ詰まって
いた。

『あの、綾華が・・・!』
「倒れたのか?」

 そういうときには連絡を寄越すように言ってある。大方。昨日の疲れが出たのだろうと
思った。しかし、事情は少し違うようだった。

『はい!あの・・・すごい熱出して・・・!』
「熱?」

 これまで貧血などで何度か倒れた綾華だったが、熱を出したことはなかった。
 もしかしたら、持病の発作かもしれない。

「分かった。今すぐ行く。春日浜だな?」
『は、はい!』
「それじゃ」

 通話を切ると、急いで槙人は家を飛び出した。そして、一瞬迷ってからガレージに停め
てあるスクーターに跨がる。
 綾香を連れて帰ることになるだろうが、自分の足よりはスクーターの方がずっと速い。
 二人乗りは御法度だが、距離は短いし緊急事態だ。警察に見つかる前に、手早く往復し
てしまおうと考えた。

「姫崎さんっ!」
「綾華は?」

 道路のわきにスクーターを停めると、槙人は待っていた町田に尋ねた。

「こっちです。とりあえず、着替えさせたんですけど・・・」
「ああ、サンキュ」

 連れて帰ったとして、水着のまでは危なかった。初雪の時の比ではない。槙人は安心し
た。
 しかし、それだけで安心している場合ではなかった。
 綾華はデッキチェアに寝かされていた。

「綾華?」
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ」

 綾華は苦しそうに荒い呼吸している。槙人は綾華の額に手を置いてみた・

「・・・すごい熱だな、本当に」

 よく分からないが、三十八度は下らない。もしかすると四十度を超えているかもしれな
かった。

「なんでこんなので綾香を来させたんですか!」

 槙人の後ろで町田が声を上げる。どこか非難するような声だった。

「そんなこと言われても、俺だって知らなかったんだ。少なくとも家を出るときは全然元
気そうだったぞ」

 これだけの高熱がありそうな素振りは全くなかった。

「とにかく、連れて帰る。悪いけど荷物の方は後で持って来てくれないか?」
「は、はい」

 綾華を背負うと槙人はスクーターに走った。その間も、綾華は苦しげな呼吸をしている。
 
「何があったんだよ、綾華・・・」

 綾華は答えない。ただ、熱い息が漏れるだけだった。

「くそっ!」とにかく急がないと!


 綾華を落とさないように気をつけ、槙人は法定速度ギリギリで島に戻って行った。


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