小  説

85-2 雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編_第六話 変化(その2)

 三日振りの雪だった。
 暫く島の中も夏だったので、久々の冷え込みは体にこたえた。
 エアコンをフル稼働させた自室で、槙人は漫画を読んでいた。そろそろ夏休みの課題に
とりかからなければならない。綾華の入院で、予定がずれていた。
 しかし、期末試験時同様、こう寒くてはやる気が出ない。気温はマイナス十三度。
 真冬日よりも遥かに寒かった。
 思考能力が発揮されず、槙人は惰性でページをめくっていた。

「・・・にしても、よく降るな」


 ドカ雪とは、こんな天気の事をいうのだろう。槙人はカーテンを開けて外を見た。
 見事なまでに白い、神社の周りにある木が、小高い丘のように見える。
 車が埋まるほどの積雪だった。さすがに、外出している人間はいない。
 ただ一人を除いて。

「・・・綾華?」

 庭に一人佇んでいる。
 何をするでもなく、傘をささずに、綾華は雪の中に立っていた。

「何やってんだ、あいつは?」

 上着さえ着ていないようだった。コートを羽織ると、槙人は傘を持って玄関から庭に出た。

「綾華!何してんだお前」

 槙人は綾華を傘に入れると、雪を払いながら声をかけた。

「おにい・・・ちゃん」

 それに綾華は反応して、ゆっくりと槙人は見上げた。
 その顔に、表情はなかった。

「どうした?」
「・・・どうして?」

 綾華は目線を落とした。同時に、その体がカタカタと震え出す。
 唯一、蒼白い顔に浮かんだ表情。

「・・・どうして?どうして私、庭にいるの?どうしてこんなところに立っているの!?」

 それは恐怖。
 混乱が生み出す恐怖だった。
 綾華は頭を抱えた。

「私!私さっきまで部屋にいたのに!本読んでた筈なのに!庭になんか出てない!」
「お、落ち着け!綾華!」

 槙人は綾華の肩を掴んだ。だが、綾華は取り乱しており、ただ叫ぶだけだった。

「出た記憶も無いのに!階段も降りていないし、窓も開けていない!絶対外に出てない!
なのに、なんで!?なんで!?おかしいよ!こんなの絶対変だよ!」

 途端。
 ぷっつりと糸が切れたように、綾華はその場に崩れ落ちた。槙人は慌てて綾華を抱き止
めた。

「綾華!しっかりしろ!」

 綾華は失神していた。混乱しすぎたせいかもしれない。

 その時ゆっくりと、その口が動いた。呟きよりも、もっと小さな声。

「たすけて・・・お兄ちゃん・・・」
「・・・・」

 槙人は傘を放り出すと、無言で綾華を抱き上げた。
 綾華の口から弱々しく吐き出される白い息。それが顔を少しだけ覆う。
 降りかかる雪がそれで融け、うっすらと涙を作っていた。



「ん・・・」

 ふっと、綾香の目が開いた。

「綾華・・・?」
「あ・・・お兄ちゃん」

 綾華は、ベッドの隣で椅子に座っている槙人を見つけると、体を起こした。

「おい。まだ寝てろ」
「ううん。体の方が悪い訳じゃないから」

 綾華は笑って、ベッドから足を下ろした。

「けど・・・」

 綾華はふるふると首を振った。
 どうやら信用して良いらしい。

「・・・結局、何だったんだ?」

 一度座り直してから、槙人は先程のことについて尋ねてみた。
 だが、答えははっきりしない。綾香は首を振るばかりだった。

「・・・全然分からない、本、読んでたんだけど・・・」
「床に転がってたぞ」

 槙人は、机の上に置いた本を指さす。

「・・・そう。それでね、ふっと気がついたら・・・庭に、立ってた・・・」


 綾華は俯いた。

「動いた筈・・・ないのに」

 槙人は無言で綾華を見つめた。」


戻る: 第6話その3メニューHOME