小  説

86-2 雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編_第七話 もう一度約束を(その2)

「でも・・・私を好きになったのは・・・きっと本当じゃない」

 そして、と綾華は続ける。

「そして・・・今までの過程も、全部・・・嘘。全て、偽り・・・」
「・・・何言ってるんだ?何の事だよ、綾華」

 言葉の意味が分からず、槙人は聞いた。

「私ね・・・」

 ほんの少し笑って綾香は空を仰いだ。

「昔から、変に運が良くて・・・。思ってる事が実現する事が多かったの」
 
 降りしきる雪に目を細め綾華は続ける。

「すごく欲しい物があった時に、お母さんが買ってくれたり・・・。どうしてもやりたく
ない事があった時に誰かが代わってくれたり・・・」

くすっと笑って、綾華はもう一つ付け加える。

「お兄ちゃんが帰ってきてくれたり・・・」

 まるで示し合わせたように、物事が実現したという。
 不思議なくらいに。

「最初は気づかなくて・・・。すごくタイムリーだったから単純に喜んでた。けど、あん
まり思い通りに続くから、だんだん不思議に思ってきた。」

 考えた事が、現実になる。偶然で片付けるには、あまりに多い数で。

「真剣に考えた事はなかったけど。何か、運がいいなー、くらいで」

 目線を戻して、自嘲気味に綾華は言う。

「だから、色々計画を立てても、成功する事は多かったの」
「・・・俺を罠にはめた時とかか」
「うん」

 思い出すように、綾華は忍び笑いをした。

「結構穴だらけな計画だったけど、気づかなかったよね」
「悪かったな、バカで」
「ううん。そうじゃないの。・・・私が、そう願ったから」
「願った?」
「うん。お兄ちゃんが気づきませんようにって」
「だから、俺は気づかなかったっていうのか?」
「うん」
「・・・そんなバカな。超能力者じゃあるまいし」

 呆れた声で、槙人は言った。
 しかし、綾華は真面目な顔になる。

「本当だよ・・・」

 暫く槙人を見つめてから、口を開く。

「本当に、そうなの・・・」
「・・・」
「いくらでもあるよ。教えてあげようか?」


 指を折りながら、綾華は叶ったものを挙げていた。
 欲しかった玩具を買ってもらった事。嫌な事をパスした事。旅行や遠足時の天気の事。
それらは全て偶然と言えたけれど。
 あった筈の虫歯がなくなっていた事。
 都合良く発作が起きた事。
 反対に、病弱な筈なのに、楽しい時にはずっと元気でいられた事。
 その体が、病気の事など微塵も感じさせないほど立派に育った事。
 特に勉強もしていないのに常にテストや成績が良かった事。
 不可解な事も、多かった。

「いじめられてた時があったんだけど・・・。その時にまっちーが助けてくれて、友達に
なったの・・・。隣のクラスだったのに」

 十クラス以上あるのに、その後はずっと同じくラスだったらしい。

「けど・・・」
「じゃあこれはどう?」

 まだ納得しない槙人を見て、綾華はさらに加える。

「あの時の約束を・・・お兄ちゃんに忘れてほしいと思った時も!」
「・・・!」
「忘れられるような思い出じゃないでしょう!?」

 言葉が出なかった。綾華の言う通りだったのだ。
 槙人が家を出て行った理由。単に父親に理不尽な怒られ方をするのが嫌だったと思って
いたが、本当は、その前から自分で望んでいた事だったのだ。
 忘れる訳、ない筈なのだ。

「そして・・・お兄ちゃんと、一緒にいたいと思った時も・・・」

 語気を落として、綾華は結んだ。

「本当に、不思議な程望みが叶っていた・・・。強く願えば願う程、実現した・・・」

 だから、本当は分かっていた。
 自分には願いを叶える能力(ちから)があると。
 だから、今まで得てきたものは全て嘘だと。

「・・・だから、お兄ちゃんが私を好きなのも・・・嘘。・・・私自身が、そう望んでいたから」
「そんな訳・・・」

 言えなかった。
 重なりすぎた偶然を、違うと断言できなかった。

「そんな力なんか、ある訳ないだろ!そんな証拠、どこにもないじゃないか!」

 それでも精一杯、槙人は反論する。最後の望みを託して。

「お兄ちゃん・・・二重人格って、信じる?」


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