小  説

86-3 雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編_第七話 もう一度約束を(その3)

「は?」

 首を傾げながらも、槙人は、綾華を抱く前にした会話を思い出していた。しかし何の関
係があるのだろう。

「最近、よく夢を見るの・・・」
「夢?」
「そう。真っ白な世界、真っ白で・・・冷たい世界に、私は立っているの」
「・・・」

 槙人は黙って綾華の言葉を待った。

「その中で、もう一人の私が立っているの。そして、私に言うの・・・」
「・・・何て?」
「今までの事は全て嘘だって。この右眼が、そうしていたんだって・・・」
「右眼?」

 綾華は頷いた。

「この銀色の眼には、持ち主の望みを叶える力があるんだって。だから因子を持っていた
私は、昔から望みを叶えてきたんだって」

 だから、強く願わないと実現しなかった。

「・・・そんなの、お前がそうだって思い込んでれば、そういう夢だって見るだろう?」

 その目に、印象に残ったことが夢に出やすいという。槙人は頑なに否定する。第一荒唐
無稽過ぎて信じられない。

「夢だけじゃないとしたら?」

 だが、綾華は冷たく、さらに上を行く言葉を放つ。

「なん・・・だと?」
「二重人格って言ったでしょ?昨日・・・初めて気がついたの」
「気がついた?」
「二重人格ってね、お互いがお互いに気づかない場合と、片方が気づいている場合と、お
互いが気づいてる場合があるの」

 綾華は指で三を示す。

「私は最初二番目だった。私の方が続いていなかった。もう一人の私は、夢という形で私
に語りかけていたけれど」

 綾華は薬指を折って説明した。

「もう一人の私が表面化するときには、昼だろうと夜だろうと、夢遊病という形になるの。
・・・だから、あの時記憶がなくなってた」

 雪の中に立っていた時の事。それは綾華の別人格が起こした行動。

「そして昨日・・・。私は別の私に気がついた。声が聞こえた・・・急に私はベッドから
降りたの・・・」
「自力じゃなくてか?」
「うん・・・。あなた何もしないなら、私がするよって・・・話しかけて・・・ドアのと
ころまで私は勝手に歩いたの・・・」

 寒さだけではない震え声で、綾香は話す。

「その時、初めて気がついた・・・。私の中に、誰かがいたんだって・・・」

 上目遣いで綾華は槙人を見つめる。

「どう思う?例え二重人格の定義に当てはまらないとしても・・・誰かがいる事実。語り
かけてくる事実。能力の有る無しを置いといても、今まで気づかなかった人が私の事を話
してくるんだよ?この右眼の事を、知ってるんだよ!?これでも否定できるって言うの?」

 語気を荒げ、綾華は責めるように言う。

「強く願えば何でも叶うって・・・確かに、それは凄いよ。でも、それって私自身は何も
してないって事じゃない。それじゃあ、何にも実感湧かないよ・・・」

 どれだけ成績が良かろうと、どれだけ人に認められようと。
 それは全て、その能力のおかげ。
 だから、槙人が綾華を好きなのも、偽り。
 強制の愛。
 槙人は絶句した。自分の思いさえ、操られているというのか。

「もう・・・何が本当で、何が嘘か・・・分からないよ」

 望んだものは虚無で、「真実」の上に「嘘」を飾っている。
 そう。もしかしたら、今の「自分」でさえも。

「だから・・・死ぬのか?」

 自分でも感情の分からない声で、槙人は尋ねた。

「うん・・・。これ以上、嘘を見せつけられるのは嫌だから・・・。だから・・・幸せな
今の内に・・・終わらせたいの」

 嘘も方便という言葉がある。真実に挫折するより、偽りであっても、幸福でありたい。
それは死を迎えた者への、せめてもの慰め。
 だがそれは綾華にとって悲しい選択でしかなかった。

「ふざけるな、このバカッ!!」

 槙人は叫んだ。

「お前っ・・・!逃げる気かよ!嘘に気づいておきながら、真実から逃げる気かよ!」
「逃げさせてよ!」

 綾華も、槙人に負けないくらいの怒声を上げる。

「どんな動物だって身の危険が迫れば本能的に逃げるよ!私・・・これ以上生きてたら頭
おかしくなっちゃうよ!」

 綾華は棚に手をかけて、上に登ろうとした。すかさず槙人はその肩を掴む。

「離してよ!」

 綾華の叫びも聞かず、槙人は綾華を降ろすと、その体を抱き締めた。


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