小  説

86-7 雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編_エピローグ

 雪が降る。
 それは、まるで世界に嘘をついているように。

 空腹感を覚えて、槙人は一階に降りた。今朝食べたパンが残っているから、かじっておこうと思う。
 しかし、リビングにはいい匂いが充満していた。

「焼きそばか?」

 テーブルの上に置きっぱなしのパンを避け、槙人はキッチンを覗いた。

「あ、うん。今ちょうどできたところ」

 二つの皿に盛って、中華鍋を置いた綾華が答える。

「じゃ、食べよっか」
「おう」

 席について、二人は食べ始めた。
 あの日から、綾華は三日程眠った。
 そして、再び目覚めた時には、右眼が元に戻っていたのだ。
 槙人が喜びのあまり抱きついたのは言うまでもない。
 成功したのだ。
 確かに、一部綾華の友人が減った。
 しかし、親友は親友のままだった。
 綾華の人格にも、変化はなかった。
 もう一つの人格も現れなくなった。
 また奇跡的にも、綾華の容姿も変わらなかった。以前よりも髪が長くなった程度である。後に、胸が小さくなったことに気づいたか。
 そして。
 槙人もまた、変わらなかったのだ。
 結果に望ましい事が多すぎて、本当に成功したのか分からなくなるほどだった。
 それでも、槙人は信じている。それが、現実だと。
 目の前にいる綾華が無事で、本当に良かった。

「ねえ、お兄ちゃん」
「ん?」
「・・・約束、守ってくれるよね?」

 一生愛する、約束。

「ああ」
「絶対だよ?」
「ああ」
「破っちゃダメだよ?」
「ああ」
「私と結婚してね?」
「ああ・・・え?」

 ぴた、と槙人の動きが止まる。

「待てぇ−!!」
「ダーメ!待ったなーい!」
「お、お前なぁ・・・」
「やっぱりお兄ちゃんを罠にかけるのってかんたーん!」

 にこにこと、悪魔のように笑う綾華。
 こんなところも変わらなかった。
 嬉しいやら情けないやら、少し複雑だった。

「あ、それと、もうすぐ私誕生日だから」

 槙人は頭を抱えた。

「勘弁してくれ・・・」

 こうやって一生、騙され続けるのだろうか。そんなのは嫌すぎだった。

「お兄ちゃん、12月が誕生日だよね?」
「あのな・・・せめてもう少し俺がしっかりしてからにしてくれ」

 決して甲斐性がある訳ではないのだから、そんなに急がないで欲しかった。

「うん、大丈夫。待つよ。だって、ずっと一緒だもん」

 にっこりと綾華は満面の笑顔を作る。

「でも、結婚はしようね」
「・・・ああ。そうだな」

 拒否はしない。約束だけでなく、一生、愛したかったから。

「じゃ、約束」

 綾華は小指を差し出した。

「ああ」

 槙人も笑って、小指を絡めた。

「ああ」

「ゆーびきりーげーんまん!うーそついーたら・・・」
「・・・何だ?」
「・・・そうだなー。うーそついたら、何か想像もつかない程ヒドい事、しーちゃう、と!」
「お、おい!」

 小声で、綾華はとても物騒なことを言った。
 けれど、それでいいのかもしれない。
 二人の約束は、それくらい固いのだから。
 綾華の笑顔を見て、槙人はそう思った。
 この世で一番愛する人だから。
 だから一生、愛してゆこう。
 うそををつかない、この真実の世界の中で。

「ゆーびきった!!」

(完)


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