雪が降る。
それは、まるで世界に嘘をついているように。
空腹感を覚えて、槙人は一階に降りた。今朝食べたパンが残っているから、かじっておこうと思う。
しかし、リビングにはいい匂いが充満していた。
「焼きそばか?」
テーブルの上に置きっぱなしのパンを避け、槙人はキッチンを覗いた。
「あ、うん。今ちょうどできたところ」
二つの皿に盛って、中華鍋を置いた綾華が答える。
「じゃ、食べよっか」
「おう」
席について、二人は食べ始めた。
あの日から、綾華は三日程眠った。
そして、再び目覚めた時には、右眼が元に戻っていたのだ。
槙人が喜びのあまり抱きついたのは言うまでもない。
成功したのだ。
確かに、一部綾華の友人が減った。
しかし、親友は親友のままだった。
綾華の人格にも、変化はなかった。
もう一つの人格も現れなくなった。
また奇跡的にも、綾華の容姿も変わらなかった。以前よりも髪が長くなった程度である。後に、胸が小さくなったことに気づいたか。
そして。
槙人もまた、変わらなかったのだ。
結果に望ましい事が多すぎて、本当に成功したのか分からなくなるほどだった。
それでも、槙人は信じている。それが、現実だと。
目の前にいる綾華が無事で、本当に良かった。
「ねえ、お兄ちゃん」
「ん?」
「・・・約束、守ってくれるよね?」
一生愛する、約束。
「ああ」
「絶対だよ?」
「ああ」
「破っちゃダメだよ?」
「ああ」
「私と結婚してね?」
「ああ・・・え?」
ぴた、と槙人の動きが止まる。
「待てぇ−!!」
「ダーメ!待ったなーい!」
「お、お前なぁ・・・」
「やっぱりお兄ちゃんを罠にかけるのってかんたーん!」
にこにこと、悪魔のように笑う綾華。
こんなところも変わらなかった。
嬉しいやら情けないやら、少し複雑だった。
「あ、それと、もうすぐ私誕生日だから」
槙人は頭を抱えた。
「勘弁してくれ・・・」
こうやって一生、騙され続けるのだろうか。そんなのは嫌すぎだった。
「お兄ちゃん、12月が誕生日だよね?」
「あのな・・・せめてもう少し俺がしっかりしてからにしてくれ」
決して甲斐性がある訳ではないのだから、そんなに急がないで欲しかった。
「うん、大丈夫。待つよ。だって、ずっと一緒だもん」
にっこりと綾華は満面の笑顔を作る。
「でも、結婚はしようね」
「・・・ああ。そうだな」
拒否はしない。約束だけでなく、一生、愛したかったから。
「じゃ、約束」
綾華は小指を差し出した。
「ああ」
槙人も笑って、小指を絡めた。
「ああ」
「ゆーびきりーげーんまん!うーそついーたら・・・」
「・・・何だ?」
「・・・そうだなー。うーそついたら、何か想像もつかない程ヒドい事、しーちゃう、と!」
「お、おい!」
小声で、綾華はとても物騒なことを言った。
けれど、それでいいのかもしれない。
二人の約束は、それくらい固いのだから。
綾華の笑顔を見て、槙人はそう思った。
この世で一番愛する人だから。
だから一生、愛してゆこう。
うそををつかない、この真実の世界の中で。
「ゆーびきった!!」
(完)
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