小  説

36-燃え上がれ恋色マジック 第6話

 霧雨魔理沙は、荒く息をしながら図書館の壁に寄りかかった。そこで1度大きく息を吸い込み、吐き出す。
「……くっそー」
 思いのほか、魔理沙のダメージは大きかった。咲夜のナイフも美鈴の気弾も本当は全て
かわせる自信があった。だがあの2人と正面から戦うとなると、非常に時間がかかる上に
体力を消耗する事も分かっていた。だからある程度かく乱した上でそのすきに中へ入ろう
としたのだ。
 しかし、咲夜も美鈴もそれは予測していたらしい。時を止めてその軌道から外れていた
咲夜に、魔理沙はあっさりと捕まってしまった。仕方なしに戦闘不能にしようとしたが、
やはり2人は強かった。その上本来の目的に気をとられて何度か2人の攻撃が直撃してし
まったのだ。
 魔理沙はため息をついた。魔理沙は自分の攻撃が2人にクリーンヒットしたためにこう
して図書館に入ることができている。途中でもメイドたちが迎撃してきたが、咲夜と美鈴
のタッグに比べれば大したことはなかった。
 しかしいくら当たりがよかったとはいえ、あの2人が簡単に倒れてしまったことにはい
ささかの疑問が残る。咲夜も美鈴もスペルカードの1つも使ってこなかった。並みの体力
をしていない2人だから、こちらがもっとダメージを食っても不思議ではない。体が痛む
ことは痛むのだが、移動には全く差し支えなかった。
 しばらくの間魔理沙はそこで黙っていたが、すぐに床を蹴って宙に浮いた。今はそんな
ことを考えている場合ではないのだ。本当に用のある人物がこの先にいる。魔理沙はいつ
もパチュリーと会う場所に向かって飛んだ。

「……?」

 そのとき、魔理沙は何かがすぐそばにいることに気づいた。姿を見たわけではないが、
魔力を発していれば気づかないわけがない。
 普段ならそこにいるのは小悪魔である。だが違った。
 小悪魔ならばこれほど凶悪な魔力を展開したりはしない。そもそも出せるわけがないの
だ。こんな、空間そのものを揺らせるような魔力は。
 魔理沙は空で止まった。その魔力が発せられている本棚のほうに目を向ける。
 
「誰だ?」

 腕に鳥肌が立つ。その方向を見ているだけでこんなにも寒気がする相手とは。
 図書館でそれに該当するのはパチュリーしかいない。まさか、拒絶されたのに来てしま
って怒っているのだろうか。
 それならばそれで都合がいいが、しかし魔理沙の予測は外れた。
 
「私よ、魔理沙……」

 本棚の影から1人の少女が姿を現す。
 魔理沙よりもずっと背が低く、魔理沙よりもずっと綺麗なブロンドの髪を持っていた。
 悪魔の妹、フランドール・スカーレットは、嬉しそうな笑みをたたえて魔理沙を見つめ
ていた。











 自分の部屋を出たパチュリーは、その瞬間に奇妙な違和感を覚えた。普段は感じること
のない、強い魔力が図書館の中で渦巻いている。
 パチュリーはその魔力の正体を知っていた。これほどまでに強烈な魔力を周囲に振りま
く者など、たった1人しかいないのだ。パチュリーは周りを見回した。
 あたかも湯から湯気が上がり、もうもうと空気の中で踊るように、吐き気をもよおすよ
うな魔力が視える。パチュリーは顔を歪めて、その中心にいる人物の元へと歩いていった。
そして、広い広い図書館の本棚の1つに腰掛ける彼女を見上げる。

「妹様……」

 予想通り、そこでパチュリーを見下ろしていたのはフランドールだった。ただそこにい
るだけで相当量の魔力を発するなど、力の制御ができないフランドール以外にいない。パ
チュリーは感情のない声でフランドールに呼びかけた。

「どうしてここに?魔理沙でも探しに来たの?」
「うん。それもあるわ」

 にこっと笑い、フランドールは本棚から飛び降りた。危なげなく、軽やかに床へと着地
する。

「で、魔理沙は見つかったの?」

 フランドールが立ち上がったのを見て、パチュリーは質問する。フランドールは周りを
きょろきょろと見回した後、ううんと答えた。
 機嫌は悪くなさそうなのだが、今なお少しもその妖気を抑えようとしないのが気にかか
る。なんとなく、パチュリーは後ろに後ずさった。
 それに気づいてかそうでないかは分からないが、フランドールは笑顔を作ったままパチ
ュリーに近づいてきた。

「今見つからなくてもいいけどね。魔理沙が来てるのは分かってるから。だから……」
「!!」

 フランドールから発せられる魔力が、ひと際大きくなる。瞬時にパチュリーは空中へ飛
び上がった。いきなりこんなことをするということは、攻撃をしようとしていることに他
ならない。パチュリーは防護障壁を張るために短い詠唱を開始した。
 だがそれより速く、フランドールは凄まじい跳躍力を発揮してパチュリーを追い抜いた。
パチュリーよりも上で停止し、見下すようにパチュリーと対峙する。
 その笑顔には、気持ちが悪いくらい殺気が込められていた。
 
「だから、パチュリー邪魔」

 どこからともなく妖弾が発生する。それは一直線に、整然と並べられ、また複数が直角
に交わってゆく。あっけらかんとして放たれた言葉は、激しい魔力の渦にかき消されてし
まった。
 緑色の弾幕の檻が、パチュリーを囲い込んだ。











 肌をすれすれで妖弾が通り抜けるたび、背中に悪寒が走る。魔理沙は姿勢を制御しなが
ら、自分に向かって展開される赤い弾幕に目を凝らした。そのさらに奥で、フランドール
が甲高い声で笑っている。いつもなら、その破壊を心底楽しんでいる迷惑娘に苦笑しなが
らもつき合うのだが、今はそんなことをしている場合ではないのだ。魔理沙は弾幕の隙間
を見極め、1度床まで降りた。フランドールは魔理沙よりも高い位置にいるので、高度の
低いほうが比較的弾密度が低い。床に着地すると、魔理沙は一気にフランドールの真下ま
で走った。
 しかしフランドールには、それが魔理沙が逃げているように映ったらしい。
 
「逃がさないよ」

 魔理沙の頭上で、莫大な魔力が集中される。魔理沙がフランドールのいる方向を見上げ
たのと、フランドールが妖弾を発射したのはほぼ同時だった。フランドールから、先の尖
った楕円球状の妖弾が高密度でばらまかれる。ホワイトグリーンのそれは、魔理沙の前
に壁のごとく迫ってきた。

「ちっ!」

 魔理沙は舌打ちを1つすると、床を蹴って空中に飛び上がった。文字通りの「弾幕」は、
右手側にごく小さな、しかし人が1人通れるくらいの穴が開いているのだ。魔理沙は目で
確認するよりも早くその穴のほうへ飛ぶ。
 禁忌『恋の迷路』。入った者をただひたすらに惑わせる弾幕の道。その先にあるはたっ
た1人の少女。次から次へと生まれ出る道は、決して迷い込んだものをその中心へとたど
り着かせない。出口も分岐もない一本道。だからこそ、ひたむきにその道を進まなければ
ならない。たとえその先にあるのが暗闇であろうとも。
 凄まじい勢いで妖弾が繰り出される。空気を切って撒き散らされるそれを、魔理沙は紙
一重で避け続けていく。何回かそれを繰り返して道を抜けると、一瞬だけフランドールの
姿が目に入った。

「フラン!」

 魔力の嵐が魔理沙の声をかき消す。苦々しい表情をして、魔理沙はさらに道の奥へ入り
込んだ。

「あはははははは!!」

 狂人のものとしか思えないような笑い声が響く。フランドールは魔理沙の姿を認めると、
より一層魔力を集約させてきた。撃ち出される妖弾は緑から鈍い金色へと色を変える。

「フランやめろ!今はこんなことしてる場合じゃない!」
「昨日遊んでくれるって約束したでしょー!?いいじゃない、ほらー!!」

 魔理沙は弾幕の道を飛びながらフランドールに向かって叫ぶ。だがフランドールは魔理
沙の言うことを全く聞こうとしなかった。
 ここで自分が攻撃をすれば、魔力に揺らぎが生じてスペルカードの効果が切れる。だが
それは同時にフランドールの「遊び」につき合うということになるのだ。魔理沙はパチュ
リーに会いにきたのである。まさか図書館にフランドールがいるとは思っていなかったが、
いずれにしろ時間を無駄にしておくわけにはいかなかった。

「やめろって!私はパチュリーに用があって来たんだ!おまえの相手は後でしてやるから
今は止めろ!」

 フランドールを攻撃するわけにはいかず、魔理沙はひたすら逃げ回った。スペルカード
の効力が切れるまで避け続けるのは至難の業だが、フランドールの相手をしてからパチュ
リーと話をするのもまた大変なのだ。迫る壁に戦慄を覚えながら、魔理沙は弾幕の道を通
る。

「……お?」

 と、いくつかの層を抜けたところで、スペルカードが止まった。魔理沙が立ち止まると、
フランドールが空中から降りてきた。

「……またパチュリーなの?」

 フランドールは不満そうな表情で魔理沙を見た。昨日の今日で同じようなことを言って
いれば、それはそんな顔をされても文句は言えない。

「ええとだな、とにかく今私はパチュリーに会わなきゃいけないから、フラン……」
「そうやって……」

 しかしどいてもらわなければならない。魔理沙は何とかフランドールの機嫌をとろうと
するが、それをフランドールが遮った。

「そうやって、いっつも私のこと後回しにするんだから……」

 フランドールが拗ねた表情になる。
 魔理沙はフランドールに近づこうとして、足を動かすのをやめた。
 フランドールの魔力が一気に高まったからだった。
 
「どれか1つに、決めてよね!!」
「くっ!?」

 フランドールから魔力が放射される。その衝撃で風が舞い、埃が飛ぶ。魔理沙は反射的
に顔を覆った。視覚が腕で閉ざされる。しかし、雰囲気で魔理沙はフランドールが何をし
たか分かった。

「禁忌、『フォーオブアカインド』!」

 風がおさまったところで魔理沙が顔を上げると、案の定そこには4人に増えたフランド
ールがいた。そのそれぞれが、赤い妖弾を撃ち出してくる。1人1人の弾密度こそ高くは
ないが、かける4では話が違う。先ほどとは打って変わって変則的に展開される弾幕に、
魔理沙は1度フランドールから距離を取った。

「魔理沙は近づくふりばっかりしてる!」

 フランドールの中の1体が叫んだ。それが黄色の妖弾を発生させる。速くはないそれの
弾速を見極め、魔理沙は横へと飛ぶ。だがその出足は先ほどよりも幾分鈍っていた。

「遊んでくれるって言っても後回しにして、遊んでくれてもそれだけで……!」

 その隣にいた1体が後をついでさらに弾幕を展開する。
 
「パチュリーのとこみたいにいつでもいてくれるわけじゃない!」
「フラン……」
「それで私のこと好きって言われても、それじゃ全然信用できない!!」

 魔理沙の足が止まる。
 フランドールの言葉は、魔理沙の心を完全に撃ち抜いた。
 たとえフランドールのそばにいる時間が短いのがその弾幕ごっこのせいだと言っても、
フランドールの言っていることは事実である。子供に対して、疲れたからもう遊ばないと
言っているようなものだ。無論フランドールとていつかは成長するのだろうから、自分の
発言がわがままなものだということには気づくだろう。
 それでも、495年も「人間」と触れ合うことのなかった少女にとって、魔理沙のして
いることは酷いものなのだ。

「答えてよ!魔理沙!!」

 ――選ぶべき人の名を。

「……フラン」











「禁忌……『カゴメカゴメ』」

 パチュリーは自分を囲う弾幕を見つめた。無理すればそれを抜けることは出来る。しか
し、下手に無理をするとたちまち妖弾の餌食にされてしまうのだ。
 薄く笑ったフランドールが呟く。その一瞬後、フランドールから巨大な魔弾が発射され
た。それは緑の格子を文字通り押し退け、パチュリーへと一直線に迫る。それ自体をよけ
ることは別段難しくはない。1個の妖弾がまっすぐに飛んでくるならば、横によければい
いからだ。パチュリーは空気に乗って位置を変えた。妖弾が床に当たって弾ける。飛散す
る魔力の塊に閉口しながらも、パチュリーは目線をフランドールから離さない。今の魔弾
の軌道に沿って、格子状の弾幕が動き出すからだ。

「……くっ!」

 ゆら、と緑の妖弾が列を乱す。規則正しく並んでいた妖弾はてんでんばらばらに動き出
し、不規則な密度を持つ壁となってパチュリーに迫っていった。パチュリーはその動きに
合わせて横へ移動する。防護障壁で防ぐことは出来るが、1度使うと2度目を出すのに時
間がかかる。次が当たらないなどという保障は出来ないのだ。避けて済むのならそれでよ
かった。

「金&水符『マーキュリーポイズン』!」

 1発目をやり過ごしたところで、パチュリーは自分のスペルカードを放った。緑金の妖
弾を交互に撃ち出す。それらはそれぞれが歯車のごとく逆回転をし、フランドールを巻き
込んで動きを封じようとした。

「……どうして、私が邪魔だというの?」

 互いのスペルカードが交錯する中、その強大な魔力のぶつかり合いに舌打ちしながらも
パチュリーは口を開く。いくらフランドールの気が触れているとはいえ、自分がいきなり
攻撃される理由などないはずだった。襲い来る2種の弾幕をかわしながら、パチュリーは
フランドールを睨みつける。

「だって、パチュリーがいるから魔理沙が私のところに来てくれないのよ」

 パチュリーの攻撃をかわしながら、フランドールは3発目の大玉を撃つ。それをよけて
も、衝撃が体の芯まで伝わってくるようで寒気がする。しかし、今はそんなことにかまっ
ている場合ではなかった。
 フランドールの強烈な攻撃になど当たりたくはないが、それ以上にその言葉のほうに意
識が集中した。

「なん……ですって?」
「ここがあるから魔理沙は私のところに来てくれない。パチュリーがいるから魔理沙は私
のところに来てくれない」

 薄笑いを浮かべて、フランドールが喋る。その笑みには、実に分かりやすい意味が込め
られていた。

 だから壊しちゃえばいい、と。

「……っ!冗談じゃないわ!」

 合成タイプのスペルカードを解除し、パチュリーはもう1枚を取り出した。短い詠唱と
共にそれをフランドールに向かってかざす。
 吸血鬼の弱点、水。
 
「水符『ベリーインレイク』!!」

 宣言と同時に水の槍が何本も射出される。それらは直接標的を穿つことはないが、動き
を止めるには最適である。本命は、その後にある大量の妖弾。水符というだけあって、そ
れには水の精の魔力が十二分に込められている。1回でも当たればフランドールを戦闘不
能に追い込むことが出来るのだ。

「私がいるから魔理沙が来てるわけじゃないわ。魔理沙の目的はここの本よ。それだけの
ことでここを壊されるなんてたまったもんじゃないわ!」

 言いながら、パチュリーはさらに妖弾を追加する。しかし、フランドールは笑みを崩さ
なかった。

「違う」
 かすらせもせず、フランドールは巧みにパチュリーの攻撃を避けていく。
「魔理沙が来ないのはパチュリーがいるからよ。そんなことくらい分かってるくせに」
「なっ……」
「ずっとこの中にいればよかったのに……。魔理沙のために扉なんか開かなければ良かっ
たのに……」


 ――ビギッ。


「!!」

 空間が軋んだ。パチュリーのスペルに急激な歪みが発生する。
 まずいと思ったときには既にフランドールに魔力が集中されていた。一体どれほどの力
を込めれば自分のスペルを打破できるのかと思ったが、考えている暇はない。パチュリー
は防護壁を追加して後方へさがった。

「あのままでいればよかったのに!!」

 ぎちぎちと嫌な音が響く。フランドールの前方に、2つの魔法陣が出来ていた。
 あのスペルカードは知っている。この期に及んで過去のことを蒸し返そうというつもり
か。
 フランドールにとって、魔理沙が来たことは何よりも新しいことだった。自分の部屋に
こもっていたという点では、フランドールとパチュリーにはなんら差はない。それが、魔
理沙によって2人とも外の世界を知ることになる。
 しかし、魔理沙はフランドールよりもパチュリーに会う回数のほうが多かった。図書館
の本が本当の目的ではあるのかもしれないが、魔理沙と遊びたいフランドールにとって、
2人が一緒にいる光景はそうは見えなかったのだろう。
 魔理沙と一緒にいるのは自分だけでいい。自分と同じだった引きこもりが、自分よりも
魔理沙と仲良くなっているのが気に食わないのだ。

「禁弾『過去を刻む時計』!!」

 魔法陣から4本の光線が現れる。それはあたかも時計の針のように、回転しながらパチ
ュリーへと迫る。当たればただではすまないその魔力の塊に、パチュリーは肩をすくめた。
 フランドールの言葉が、パチュリーの思考を切り替えさせた。
 ため息を1つ。それは、冷静さを失わないための方法でもあった。
 針を避けつつ、フランドールが赤い妖弾を撃ち出すよりも早く、パチュリーは詠唱を始
め、そして終わらせた。
 パチュリーの周囲に4つの魔法陣が展開される。フランドールの呼び出したものよりは
小さめだが、しかしそこには十分すぎるほどの魔力が込められていた。
 それが、それぞれ1本ずつ光線を放った。時計の針よりもずっと長いそれは、すぐさま
針とぶつかり合う。
 魔力同士がダイレクトにぶつかり合う。当たってもなお動こうとするため、そこからは
大量の魔力が漏れ出していた。

「妹様の言う通りね……。本当は分かってるのに……」

 パチュリーは魔力を集中しながらそう呟いた。
 
「でもしょうがないでしょう。来るなって言ったって来るんだから」

 ちら、とフランドールから目をそらす。魔理沙はパチュリーの視界にはいなかった。小
悪魔が来たと言っていたが、どうやら今のところここにはいないらしい。

「文句があるなら、魔理沙のところに行きなさい」


 ――もっとも。


「……そんなことはさせないけど」











「……ごめんな、フラン」

 4人のフランドールが見下ろす中で、魔理沙は魔法陣を背負った1体を見上げた。
 
「そこを、どいてもらうぜ」

 魔理沙の体に魔力が集中される。フランドールは少し驚いた表情をした。
 
「やる気なの?」

 しかしフランドールはすぐに真剣な顔に変わる。そのセリフに、いつもの楽しそうな色
は見られなかった。

「……できれば、避けたい」

 魔理沙は視線をフランドールに固定して、その問いに答えた。
 魔理沙はパチュリーに会いに来たのだ。フランドールと戦っている場合ではないのであ
る。

「パチュリーに、会いに行くのね」
「ああ」
「パチュリーを、選ぶんだ」
「…………………………ああ」

 だいぶ間をおいて、魔理沙は答えた。
 心は、決まっていた。
 
「昨日酷いことしたしな。どいてくれ。本気は出したくない」

 謝らなければならない。そして、伝えなければならない。魔理沙の言葉からは、その気
持ちを読み取ることが出来た。迷いは、断ち切られていた。
 しばし、見つめ合う魔理沙とフランドール。
 
「……許さない」

 その短い沈黙を破ったのは、フランドールだった。
 手にした歪んだ杖に、紅い力が集まってゆく。フランドールは1人に戻り、魔力と熱気
をそこに集めていった。

「……絶対に、許さないんだから!!」

 杖に宿るは燃えさかる炎。
 魔人スルトを模し、それを超えた炎の魔杖が、図書館の闇を眩しく照らし出した。











 強大な魔力の応酬。パチュリーはフランドールのスペルをかわしながら、次の攻撃の機
会を狙っていた。ギリギリの隙間しかない弾幕に入り込み、フランドールの位置を確認す
る。

「私は何もしていない。魔理沙が一方的にここに入り込んできただけよ」

 時計の光線をかわし、赤の妖弾を連発する。だがフランドールはそれをかわさず、右手
に魔力を集中させてそれを払いのけた。魔力の反発で火花が散る。

「だったら相手なんかしなきゃいいじゃない。なんで、いつも魔理沙と一緒にいようとす
るのよ」

 フランドールがパチュリーを睨む。パチュリーも負けじと睨み返した。
 
「なら訊くけど、妹様はどうして魔理沙と一緒にいようとするの?」

 フランドールのスペルカードに限界が来た。魔法陣が消え去り、空間の震動と共にフラ
ンドールの攻撃が終わる。フランドールはその反動が負荷となり、一旦床へ降りた。短く
息をしながら、憎々しげにパチュリーを見上げる。

「決まってるでしょ。魔理沙は私と1番良く遊んでくれた人間だもん。あんなに楽しかっ
たのは初めて。魔理沙と一緒にいられればすごく楽しくなれる」

 だから、魔理沙が好き。フランドールは言った。
 
「外の世界に興味を持ったのも、魔理沙が来てくれたからよ。地下室の外が楽しいこと、
魔理沙のおかげで知ることが出来たわ」

 フランドールが杖を天井に向かってかざす。そこに、紅い魔力が集まっていくのが分か
った。
 禁忌『レーヴァテイン』。空気さえも焼き尽くす炎と、フランドールの絶大なる魔力に、
斬れぬものなどほとんどない。距離を取ってもなお伝わる高熱に、パチュリーは顔をしか
めた。
 しかし、同時に笑みがこぼれる。
 分かってしまったから。認めてしまったから。
 1日中考えて、小悪魔と会話して、こうしてフランドールと対峙して。
 自分の心にあったものを、ようやく表に出せるようになったのだ。
 
「……同じ、ね」

 あの日、煩い魔法使いと出会って。
 馬鹿みたいな日々を過ごしてきて。
 いつからか抱いていたこの気持ち。
 同じだった。
 自分以外の存在に興味を持って。
 自分の見てきた以外の世界に興味を持って。
 密室にこもり続けていたパチュリーと、地下室に閉じ込められ続けていたフランドール。
 こんなにも境遇の似ている2人が、同じ人間に「外」を魅せられるなんて。
 一緒だった。
 
「…………」

 けれど――。

「違うわ……」

 パチュリーはさらにもう1枚のスペルカードを取り出した。
 日符『ロイヤルフレア』。太陽の莫大なるエネルギーを参考に作った、パチュリーの符
の中では最高クラスのものの1つ。たとえ太陽そのものではないにしても、日の光を嫌う
吸血鬼にとって、これは凶器になりうるのだ。

「私はあなたとは、違う」

 カードに、光(ちから)が集う。


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