小  説

41-結成! 「新」紅髪不幸同盟! 前編

※作品番号10−12「結成! 紅髪不幸同盟!」を先に読むといいかもしれません












 紅魔館を岸辺に持つ湖。普段は妖精や毛玉やその他よく分からない生物が飛び交ってい
るが、今日の今は彼らも身を潜め、紅魔館警備部隊に場を明け渡していた。警備部隊はフ
ォーメーションを組み、妖弾を撃ち出して紅魔館への闖入者を撃退しようとしていた。し
かし相手もさるもの、クナイや妖弾を巧みにかわし、的確な反撃をしてくる。警備部隊は
苦戦を強いられていた。
 そうなると当然警備部隊隊長の美鈴に通達がいく。休憩時間でも昼食の時間でも緊急事
態になったら必ず出動することになっていた。美鈴は警備隊詰め所のミーティングルーム
で部下とボードゲームをやっていたが、突如入ってきた緊急報告にそれまでの緩んだ顔を
一気に引き締めた。

「相手は1人ですが強敵です! パトロールしていた班が迎撃していましたが半数以上が
やられました!」
「分かったわ! 指令、全員後退! 岸辺で私が打って出るから後ろで体勢整えること!
毛玉誘い込んでランダムの弾幕張れるようにしときなさい! 何が何でも押さえ込むわよ!!」
「おー!!」

 かつての苦渋を思い出したのか、美鈴はいつも以上に気合の入った声で部下に指令を出
した。もともとこういう仕事なのだが、普段が普段だけに発揮する場面はほとんどない。
久しぶりの戦闘の機会に、不謹慎ながらわくわくしているのもあるかもしれなかった。
 美鈴は詰め所を出ると空に飛び上がり、弾幕戦が繰り広げられている場所を探した。す
ぐ近くだった。本当に強敵らしく、かなり館に近いところで弾幕っていることが分かる。
警備隊は決して弱くない。個人の弾幕能力やフォーメーションの訓練を日常的に行ってい
るのだ。そこらの妖精ごときならサシでも勝てるのである。それが敵わないとなれば、そ
れなりの覚悟が要りそうだった。美鈴は湖の上を疾走し、前線の部隊に下がるように告げ
た。そして、久しぶりの強敵を前に構える。

「さあ私が相手よ! 痛い目を見たくなければここで……あれ?」

 が。
 
「あ?」

 意外にもその強敵は、美鈴にとっては見知った顔だったのだ。









 1つ大きく伸びをして、小悪魔は図書館から外に出た。仕事はまだ終わっていないが、
ちょっとした休憩である。紅魔館で働く他のメイドと違い、小悪魔の仕事時間は特に決め
られていない。しかし図書館を担当するメイドたちと一緒に掃除するため、結局は朝から
夜まで働くことにはなっている。それでも短いながらこうしたフリーの時間は作れるが。
 とんとんと軽いステップを踏みながら、小悪魔は広い廊下を外に向かって歩いてゆく。
休憩中は、本を読む以外で小悪魔がすることはほとんどない。館内に知り合いは何人もい
るが、この時間は皆仕事中なので話すこともできない。唯一それができるとしたら、紅魔
館では比較的暇を持つ美鈴である。本を読みたい気分ではなかったので、小悪魔は美鈴の
元へ行くことにしたのだ。
 美鈴は詰め所にいるか食堂にいるか門の前で咲夜にいびられているかの三択である。小
悪魔はまず外に行って警備隊の誰かに美鈴の居場所を聞こうと思っていた。それが1番確
実である。

 しかし門のところに来たところで、小悪魔の考えた方法は必要がなくなった。美鈴の笑
い声が聞こえてきたからである。小悪魔は不思議に思った。美鈴が門のところで誰かと話
すということはほとんどないからである。上司と部下だから会話がないということではな
い。むしろ、縦の関係としては警備隊が1番良好である。咲夜と違って美鈴は人柄で信頼
を集めているからだった。
 しかし仮にも警備を担当しているので、門のところで談笑などというのはあまりよい印
象を持たれない。警備隊の溜まり場は詰め所のミーティングルームか食堂だった。

「隊長〜?」

 小悪魔は門の内からひょっこりと顔を出した。
 
「あら? 仕事終わったの?」
「いえ、休憩中ですけど……」

 外壁に寄りかかり、美鈴はその相手と話しているところだった。小悪魔は門から出て美
鈴のそばに立った。傾きかけた夕日が壁に長い影を映し出している。初夏へと変わりつつ
ある季節は、まだ暖かな風を生み出していた。心地よいそよ風がそこにいる3人を包み込
んだ。

「ええと……」

 小悪魔は、美鈴の隣で座り込んでいる少女を見た。小悪魔は知らない人物だった。かと
いって紅魔館のメイドでもない。雰囲気や感じられる力もいちメイドでとどまるようなも
のではないが、それ以前にまず服装がメイドのものではない。紅魔館で働いている者の中
でメイド服でないのは小悪魔と美鈴だけである。ましてその少女が着ているような和装と
なると、館の中には存在しない。

「や」

 少女はにかっと笑うと、手を軽く上げて小悪魔に挨拶した。青を基調にした特徴的な和
服と美鈴や小悪魔と同じような紅色の髪が対照的で目を引いた。短めのツインテールが風
にふわふわとそよいでいる。

「あ、始めまして」

 地面にあぐらをかいて座り込む様子ははしたないと言えるかもしれないが、その少女の
サバサバした雰囲気にはよく合っていると思えた。割と親しみやすい性格なのだろうと小
悪魔は察し、とりあえず頭を下げた。

「隊長のお知り合いですか?」
「うん、前々からのね。十数年の付き合いよ」
「あたいは小野塚小町。三途の川の一級案内人さ」

 小町と名乗った少女は、笑顔で小悪魔にひらひらと手を振る。
 
「え……三途の川?」

 しかし、その笑顔とは対称的に小悪魔は怪訝な表情になった。
 別に三途の川自体に疑問があるわけではない。少なくとも生きた状態で此岸に行けるこ
とは知っているし、死神が渡し守をしているのも知っている。死後のシステムに関して書
かれた書物は図書館には腐るほどあるのだ。だから、小悪魔の疑問は他にあった。

「あの……三途の川って、確か無縁塚にあるんですよね?」
「ん? うん」

 小町に訊いた後、小悪魔は美鈴の方を向く。
 
「隊長は、それでどうして死神さんとお知り合いなんですか? 無縁塚はここから凄く遠
いじゃないですか」
「あー、それねー」

 小悪魔は無縁塚に行ったことはない。場所にも寄るのだが、無縁塚は幻想郷の中で人妖
の住むところから最も遠い位置にある。紅魔館から冥界までも相当に遠いのだが、無縁塚
もそれに劣らずの距離を有していた。紅魔館に来てからは外に出る機会も大幅に減ったの
で、無縁塚のように遠い場所まで行く時間がとれないのだ。
 しかし、小悪魔にはそれでもある程度の自由はある。無縁塚とまでは行かないが、紅魔
館の外に出る時間くらいはいくらでもあるのだ。だが、美鈴は小悪魔以上に敷地外へは出
られない。門番だし、警備隊の隊長である以上そこらへんをふらふらするわけにもいかな
いのだ。
 だというのに、幻想郷の最果てとも言っていい三途の川の死神と知り合いとはどういう
ことなのだろうか。十数年の付き合いと言っていたが、小悪魔は美鈴がそんなに頻繁に外
に出ていたなどとは聞いたことがなかった。

「よく分からないんだけどねー。私いつからか……そう、ちょうど咲夜さんがメイド長に
なったあたりかな。その頃から急に瞬間移動が使えるようになったのよ」
「し、瞬間移動!?」

 突拍子もない単語に小悪魔は驚く。美鈴がそんな技を使えるなどというのは初耳だ。美
鈴とは小悪魔が紅魔館に召喚されたときからの付き合いだが、1度も見たことはない。

「だけどこれがどういうわけか地域限定の瞬間移動でねー。必ず無縁塚に行っちゃうのよ」

 自由の利かない謎の技に、美鈴が苦笑する。隣で小町も一緒に笑っていた。
 
「そうそう、こいつがいきなり岸辺に現れたときは驚いたね。自殺しに来たのか、って訊
いたら『知らないうちにここにいた』とか言うんだもん。ホントに自殺志願者かと思ったよ」
「は、はあ……」

 美鈴と小町はそろって笑い声を上げる。
 
「それ以来、割と頻繁にこっちには顔出してたよ。気が合ったし、話し相手には絶好だっ
たね。ただ、何も言わずに帰っちゃうことがあってね、そこが不自由してたかな」
「そうなのよー。この技、いつ起きていつ帰ってくるか分からなくってさー」

 だが、小悪魔の顔はそれに反して蒼くなっていくばかりだった。十数年間、その原因を
つかめずに笑いあう2人が、色々な意味で恐ろしかった。

「咲夜様がメイド長になった頃って……。あの、それは……もしかしなくても、臨死体験
というものでは……」

 まさか、日々冗談とお仕置きの境界が曖昧になっているあのナイフの嵐がこんな作用を
もたらしていようとは。どうしてこの2人は気づかないのだろうか。そして、十数年間そ
んなにも魂が抜け出て美鈴は大丈夫なのだろうか。ひょっとして、半人半霊ってこんな過
程で作られていくんじゃないだろうか、などという考えが一瞬頭をよぎった。

「臨死体験? 大丈夫大丈夫。咲夜さんもそこまで酷くはないわよ、最近は」

(じゃあ始めの頃は!?)
 なんだか訊くたびに恐ろしいことになっているような気がする。おそらく、美鈴は死線
ギリギリを本当にさまよったことがあるのだろう。咲夜はその経験を生かして手加減して
いるのかもしれない。それは同時に、どこまでなら思い切りやっても死なずに済むのかと
いうシビアな加減具合を与えてしまっているのかもしれないが。

「こ、小町さんでしたっけ? えっと、紅魔館には何の用で?」

 怪談には多少早い時期だし、聞いてて背筋が寒くなってくるので小悪魔は話題を変える
ことにした。
 普段三途の川から離れることのない死神が、顕界どころか紅魔館まで来ることなど考え
られないからだった。

「んー? えーと……まあ、散歩のついでに。近くに来たからね。美鈴が紅魔館で働いて
るのは知ってたからさ」

 小悪魔に訊かれ、ぎこちなく笑って小町は目を逸らした。何かまずいことでも訊いただ
ろうか、と小悪魔は首をかしげる。散歩と称している割には随分と遠くまで来ているとは
思ったが。

「ここら辺の幽霊は少しは減ってきたみたいだけど……」
「ああ、死神さんですからね。幽霊をあっちに渡すのがお仕事でしたっけ」

 春になって、奇妙な現象が起きていた。4つの季節全ての花があちこちで咲き乱れてい
たのだ。それと同時に、多すぎるくらいの幽霊が空を飛んでいた。小悪魔はその原因を知
らないものの、これほど幽霊があちこち飛び回っているようでは死神の仕事も追いつかな
いだろうとは思った。

「休憩中ということですか」
「そ。マイペースが1番さね」

 川岸に待たせている幽霊たちがいささか哀れだが。マイペースという言葉はある意味紅
魔館には最も縁遠いものなので、小悪魔は苦笑してしまった。そういう仕事もあるのだろ
う。パチュリーに合わせて動く小悪魔の仕事も、自分で区切りをつけるという意味ではマ
イペースとは言えなかった。どこぞの巫女がそれに1番近いだろう。無論あれほどのんび
りしていると、仕事なのかどうかも怪しくなってくるが。

「そうそう、急いだって精彩欠くだけ。そんなに完璧に仕事ができる人なんてそうはいな
いわよ」

 隣で美鈴がうんうんとうなずく。十数年間付き合っているだけあって、本当に気はよく
合うようだ。美鈴のすぐそばにはその完璧に仕事ができる人がいるのだが。

「そ、マイペースマイペース」
「マイペースマイペース」
「だからいつまでたっても仕事が終わらないんでしょうが」

 美鈴と小町が笑っていると、不意に聞きなれない声が聞こえてきた。噂をすれば何とや
ら、かの十六夜咲夜が現れたのかと思ったが、少なくともその声は小悪魔の知らないもの
だった。

 とんとんと手に持った卒塔婆のような物体で肩を軽く叩き、いつの間にやってきたのか
その人物は小町を見下ろしていた。無表情ではあったが、その奥底から怒りを感じられる。
朱い夕日を背に受けて、怒りの炎が具現化しているように見えた。

「……あっれぇー? 四季様の幻影が見えるー?」
「本物よ」

 いきなり水に飛び込んだかのごとく冷や汗を大量に噴き出す小町。対して全く表情を変
えずに返してくる、四季様と呼ばれた女性。意味もなく地鳴りが聞こえてきそうな雰囲気
があたりに漂ってきた。
 反射的に立ち上がり、美鈴は身構える。お喋りをしていたとはいえ、門番という立場に
身を置きながら侵入をここまで許したことに焦りが感じられた。

「いつの間に……! 部下はいったい何を……って、私が下げたんだっけ」

 だが、女性は美鈴をちらりと見やっただけで、すぐに小町の方を向いてしまった。

「また幽霊が来なくなったから無縁塚に来てみれば……。今度は見つからないようにわざ
わざこんなところまで来ていたというの?」

 ため息をついて、女性はずいっと顔を小町に近づける。

「い、いえその……じ、実は知り合いがここにいまして……ちょっと挨拶にでもー、とか
……あは、はははは……」

 近づけた分だけ小町は後ずさった。すぐに美鈴という壁に追い詰められてしまったが。

「ちょっと挨拶にしては随分と遠くないかしら?」
「あ、あたいは距離を操れるからー……そのー……」

 なんだかよく分からないが、小町はその女性を相当に苦手にしているようだった。そし
て、その気持ちは小悪魔と美鈴の2人にもなんとなく伝わっていた。
 なんとなく分かるのだ。この人が小町の上司であると。なんだかんだといちゃもんをつ
けては美鈴をいびる咲夜。姿を、そのオーラを感じ取った瞬間に体がどこかへと逃げ出そ
うとする条件反射。美鈴ほどではないが、似たようなことなら小悪魔にも経験がある。彼
女の醸し出す雰囲気は、まさしくそれだった。

「めーりんめーりん、たすけてめーりん!」
「いやちょっと待って! こんなのを私に相手しろと!?」

 音速の速さで小町は美鈴を盾にして隠れた。しかし咲夜と同じような重圧感を持つ相手
に、美鈴もしり込みする。

「そこをどいてください。私は四季映姫・ヤマザナドゥ。そこにいる小町の上司です」

 2人の押し付け合いを無視し、映姫はつかつかと小町に歩み寄った。
 
「小町、早く仕事に戻りなさい。また私の『裁判苦卒塔婆強打撃(サイバニックソトバス
マッシュ)』を喰らいたいの?」

(さいばにっくそとばすまっしゅ!?)
 映姫が真顔で凄まじいネーミングセンスを披露する。威力があるのかどうか皆目見当が
つかないが、後ろで小町が震えているのをみると侮れないものなのかもしれない。しかも
縦よ、と言っている辺り、本気のようだ。

「……?」

 小町を連れ戻そうとした映姫だが、小町の前に立った美鈴と小悪魔を見て立ち止まる。
小町は美鈴の背中に貼りついていた。

「何のつもりですか?」
「少しくらい話を聞いてあげてもいいんじゃないですか? 小町さん脅えてますよ」

 映姫の力に圧倒されそうになりながらも、小悪魔は映姫を睨みつけた。
 
「それと、来て早々に『こんなところ』なんて言われると、ここで働いている者としては
むっとするのよ」

 美鈴が、気を練って1歩前に出る。
 2人の振る舞いに、映姫は少々面食らった顔をした。しかし、目を閉じてため息を1つ
つくと、何事もなかったかのように2人を見返した。その眼差しは、射抜くほどに鋭く強
硬だった。

「語弊があったことは謝りましょう。しかし、部下がさぼって黙っているわけにはいきま
せん。そこをどいてください。さもなくば……」

 空気が、変わる。小悪魔と美鈴はもしもに備えて同時に構えた。
 
「あなたたちに説教することになりますよ」

 そしてずれた。
 その雰囲気から、てっきり弾幕戦に突入するかと思ったのだが、出てきた言葉は説教。
話し合いというごく平和的な手段で解決するつもりなのだろうか。

「は――」

 映姫の言葉に明らかに安心して、美鈴がさらに前に出た。
 
「何かと思えば、お説教? いくらでもやってもらってかまわないわ。普段の金属的肉体
言語に比べれば1000倍ましよ」

 おそらく咲夜のナイフのことだろう。有無を言わさないあの言葉は、たしかにただの説
教よりは数段威力がある。なすすべなく続く攻撃は、体も精神も両方削る。片一方しかそ
れができない言葉だけなど取るに足らない。美鈴は強気に出た。

「あなたは……」

 しかし、それでも映姫は全く動じない。美鈴の目を見て口を開いた。
 
「プライドがなさすぎる」

 睨みつけるように、映姫は真っ直ぐ美鈴の目を見ている。
「誰かの下で働くことはよしとしても、その際に自分への被害を徹底的に少なくしようと
している。怒られることを恐れ、必要以上に頭を下げ続ける。言い訳をし、必死になって
逃げようとする」
「……」

 悪いか、とでも言いたげに美鈴が歯軋りする。しかし、映姫の言葉は核心をついていた。
 
「あなたには、妖怪としての誇りがない」

 映姫が言い切る。人と対なす存在である妖怪として、美鈴にはその自覚が決定的に欠け
ているといっていい。実際レミリアだろうと咲夜だろうと頭は下げる。入館許可を得てい
る霊夢や魔理沙にも、最近は打ち解けすぎてこき使われるほどだ。
 だが、美鈴はそれが悪いとは思っていない。確かにいびられるのはごめんだが、この性
格のおかげで色々と楽しくやってきているのだ。

 この幸せを崩すくらいなら、プライドなんてくれてやる。

「必要ないわ……」
「……!」
「妖怪としての誇り……確かに私にはない。でも、必要ないのよ。今の私があることで今
の咲夜さんたちがあるならば……そんなもの必要ない」

 美鈴はぐっと拳を握って構えなおした。映姫の正面に立ち、ゆらりと気を立ち上らせる。
 
「その考え……それを持ち続ける限り、私はあなたを地獄に落とさなければならないでし
ょう。私はヤマザナドゥ。幻想郷の閻魔ですから」
「え、閻魔様……?」

 小町と並び、小悪魔が呟く。まさか閻魔大王が直々に現れようとは。
 考えてみれば、死神の上司であれば選択肢に入らないこともない。しかし、実力はとも
かく肩書きとしては幻想郷の最高峰だ。美鈴は喧嘩を売る気まんまんのようだが、はたし
て売ってしまっていいものなのだろうか。

「地獄なんて……今の思い出があれば永遠に続いても耐えられるわ!」

 だが売った。迷うことなく売り払った。
 もはや見事と言うほかないだろう。美鈴の潔さに小悪魔と小町は拍手を送りたくなって
しまった。死後の地獄さえも一蹴するとは、我らが門番の心意気は相当なものだった。

「め、美鈴。そりゃあたいは助けてって言ったけど……何も本当に四季様と弾幕り合おう
としなくたって……」
「小町」

 今にも映姫に殴りかかろうとする美鈴に、小町はうろたえながら止めに入ろうとした。
しかし、言い終わる前に美鈴が肩越しに振り返って笑顔を贈る。にっこりと、まるで幻想
郷中に咲く花の1つのように。

「仲間や友達見捨てるなんてね……私には絶対できないことなのよ」

 たとえプライドを捨てることになっても。
 それだけ言って、美鈴は映姫に向かって踏み込んだ。しかし美鈴の攻撃を予測していた
のか、映姫は美鈴が踏み込む前に距離を取っていた。

「あくまで私の言葉を否定するつもりですか……」
「生憎、紅魔館(ウチ)じゃ頭に覚えさせるよりも体に刻み込ませる方が確実なんでね」

 説教なんて必要ない。弾幕が少女たちの言葉だった。
 
「いいでしょう、そこまで言うのなら……」

 きっ、と映姫が美鈴を睨み返す。同時に空へと飛び上がり、幻想郷の言語スタイルへと
移行させた。

「私が……あなたのすべてを、断罪します!!」







「仲間……」
 取り残された小町は、呆然と空を見上げていた。まさかそんな言葉が出てくるとは思っ
ていなかったのだろう。そんな、美鈴と同じくらいに背の高い小町を横目で見上げ、小悪
魔はくすくすと笑う。

「ええ、美鈴隊長は、自分を見捨ててでも他の人を守ろうとしますよ」

 だって、門番だから。その職務は、自分以外を守ること。門でも部下でも仲間でも。遠
くに住む友人であっても。

 そう、彼女たちはもう仲間。
 共通点は、髪が紅いことだった。


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