小  説

80-1 雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編 プロローグ&第一話 新しい始まり(その1)

プロローグ

「でも、本当どうしてなのかしらね」 「さあ。やっぱり、子供には受け入れ難い事だったのかな・・・」  走り去る車を見送る夫婦。一緒の傘に入って寄り添っているところは、端から見ると仲 が良さそうだったが、その目は寂しげだった。 「槙人は結局何も言わなかったな・・・」 「綾華もね。けど、私には綾華の方が一方的に避けているように思えたわ。ここひと月は 特に、ね」  車が見えなくなるのを確認すると、二人は家の中へ戻った。  しかし、まだその方向を見つめ続けいている女の子が一人いた。  二階の自室から、窓越しに。片時も目を離さず。  その頬はくっきりと涙の跡を残し、その目は泣いていたせいでまだ真っ赤だった。  「両親」はその意味を知っていた。いや、知っているつもりだった。本人が一言も話さ なかったため、今までの状況からそう判断しただけの事だった。  けれど、本当は違う。涙もそれまでの行動も理由は別のところにあった。  でもそれを誰かに話すつもりはない。これは自分の問題だと自負していた。  だからあとは待つだけだった。時期が来るまで、今の生活を維持すれば良い。彼女はそ れだけを望んでいた。  窓から離れ、上着を着る。階下に降り何か話し込んでいる「両親」のいるリビングを見 つからないように通り過ぎる。そうして彼女は靴をはき、こっそりと外に出た。  白い粉雪が舞い降りる。吐く息の温かみを感じながら、彼女は走り出した。  二人でかわしたあの約束の場所へ。

第一話 新しい始まり

『まもなくー、屶瀬。屶瀬です。お出口は・・・』 「ん・・・」  その規則正しい揺れが心地良いせいで、意識が落ちかけていた姫崎槙人は、車内アナウ ンスを耳にして顔を上げた。 (そうだった。寝ている場合じゃないよな)  電車が屶瀬駅に到着すると、槙人はホームに降りた。  潮の香りが鼻をつく。流石に海が近いだけあった。 「・・・何年ぶりだっけ」  それを何となく懐かしく思いながら、槙人は駅を出て、目的地、屶瀬島へと向かって行 った。 『綾華が危篤なんだ!お前もすぐに来い!』  父親のそんな言葉が発端だった。  父親と二人暮らしだった槙人に、半年前突然新しい家族ができた。  再婚。  相手の「母親」は、娘一人を連れていた。年が一つ下だったので、槙人の「妹」という 形だった。  つまり、義妹である。  今から考えれば、それなりに甘美な響きかもしれない。しかし、当時はまだ完全な子供 だった槙人に、そんな事が理解できるはずもなかった。  再婚というのは、所詮大人の事情だ。槙人にしてみれば、引っ越しに知らない女の人と、 ことあるごとに泣き出すうるさい女の子がいただけだった。一応「家族」なのだから、そ れなりに優しく接しようとはしたが、結果は義妹の綾華が怯えて逃げる、というものだっ た。それで何か言うとすぐにしくしく泣き出す。そして、何も悪い事はしていない筈なの に、槙人の方が父親に殴られるのであった。  槙人がそんな生活を続けたいと思った訳はない。結局、両親が再婚してから二ヶ月で、 槙人は親戚の家に預けられる事になったのだ。  その後、暫く連絡は取っていたが、それも数ヶ月で途絶えてしまった。  だから、綾華が病弱だったなど言う話は、つい数時間前まで槙人は知らなかった。  電話口で慌てふためく父親から事情を聞き、仕方なく槙人は行く事を決めた。分かれて から一度として会っていないが、それでも家族だ、義理とはいえ妹の身が危ういのであれ ば行くしかないなろう。  かくて槙人はおよそ七年振りに家族と再会することになっていた。  綾香達の住む家は、屶瀬島という本土から八百メートル程離れた島にある。沿岸流によ って砂州が延びて陸続きになった陸繋島だ。砂州の上には屶瀬大橋という橋があるので、 島に行くのに特別な方法はいらない。ただ、八百メートルは長い。島は目の前に見えるの に歩いても歩いても向こうに着かない。同じ場所を足踏みしていただけではないかと、槙 人は一瞬錯覚してしまった。  遠目に見る限り、島自体は何の変哲もないただの島だった。しかし、この屶瀬島は「あ る事」で全国的に有名な島なのである。テレビにも取り上げられるくらいなので槙人も屶 瀬島がどんな島であるかは知っていた。ただ、自分に全く関係ないと思っているので、興 味はなかった。 「そういや、そろそろそんな時期だよな・・・」  晴れ渡る空を見上げ、槙人は呟く。暖かい潮風が優しく頬を叩いて行った。急いではい たので、十分足らずで橋を渡りきった。姫崎家は橋を渡ってまっすぐ行けば辿り着ける。 今、槙人の右手にある、島にしては不似合いな程大きな家がそうである。子供の時も充分 大きいと思っていたが、今でも相当大きく見える。現在自分が住んでいる家との格差を思 い知らされたようで、槙人は少し気が重くなった。  姫崎と表札の入った門を通る。初めにそこで呼び鈴を探したが見つからなかった。一度 もこの家には寄りつかなかったので、槙人は他人も同然だ。呼び鈴を押すくらいの礼儀は わきまえているつもりだった。しかし、ないのでは仕方ない。玄関のところにあるのだろ うと見当をつけて槙人は敷地に入った。  と、数歩歩いた所で槙人は立ち止まった。  ドアの前に少女が一人立っていたのだ。  肩に少しだけかかる茶色のツインテール。丸く大きな目は、口元の微笑と共に真っ直ぐ 槙人を捉えていた。  一見して、美少女だと槙人は認めた。  年齢的に見れば、綾華の友達か何かかもしれない。槙人は少女に近づいた。 「あの・・・」  声をかけようとして、槙人はその動きを止めた。  槙人が目の前に来たのを見て、少女はにっこりと笑った。  そして形の良い小さな口を開く。 「・・・おかえり。お兄ちゃん・・・」 「で!?どーいう事なんだ!?」  広いリビングの椅子にどっかりと腰を掛け、槙人は目の前にいる三人を睨みつけた。   続くぜ!!


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