小  説

82-4 雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編 第三話 雪の中に(その4)

 雨ならばその粒が地面に打ちつけられる音が聞こえることだろう。しかしふわふわと舞
い降りる雪は音を立てない。ストーブの燃える音と紙の上を編が走る音以外は何も聞こえ
ない日。槙人と綾華はこたつで向かい合って勉強していた。槙人は数学、綾華は英語であ
る。
 一応、大学受験のために買っておいた参考書も、今回の試験の範囲は終わりだった。答
えを書き留め、解答を見る。

「・・・・・・よし!正解!」

 そこで槙人はペンを置いて、大きく息をついた。

「終わった?」

 顔を上げずに綾華が尋ねる。

「ああ、なかなか正解率は高いぞ」

 体を反らしながら槙人は答えた。

「お前はどうだ?」
「もう少し・・・・・・うん、終わり」

 テキストを置き、綾華は顔を上げた。

「お疲れさん」
「お兄ちゃんもね」

 綾華と一緒に勉強するのを決めた翌日。
 意外にも効果はあった。槙人はかなりの集中力を発揮できたのだ。

「やればできるもんだな」
「そだね」
「ちょっと休憩するか?」
「うん。外行く?」
「・・・そうだな、冷たい空気吸いに行くか」
「うんっ。行こう行こう」

 煮詰まった頭に冷えた酸素。リフレッシュした効果は抜群だった。
 ジャンパーを羽織って槙人は綾華を待った。程なくして、コートを着た綾華がやって来る。

「それ、するのか」

 綾華の首には、例の長いマフラーが巻かれていた。

「もっちろん!一刻も早く使いたいからね」

 ウキウキして綾華は答える。
 槙人はドアを開け傘をさした。と、傘を持つ手と反対の腕を綾華がとり、そのまま抱き
ついてきた。

「こら」
「相合い傘。初雪の時はしてくれなかったし」
「あのなあ・・・まあ、いいか」

 どうせ言っても聞かないだろう、と槙人は諦めた。それに気を良くしてか、綾華はます
ます密着してきた。

「歩きにくいぞ」
「あったかいでしょ?」
「冷たい空気吸いに来たんだが」
「いーからいーから、行こ」

 綾華にぐいぐい引っ張られ仕方なく槙人は歩き出した。一度大きく深呼吸して空を見上
げる。白い空から白い雪が無数に降ってくるのが分かる。

「しかしホント・・・なんで夏に雪が降るんだろうな」

 それを見ながら、槙人はふと、素朴で単純な疑問を口にした。地球の法則上、決して起
こるはずのない現象、夏雪。ほとんど生活の一部となっていたので忘れていたが、改めて
考えてみると、不思議なことだった。

「さあね。まだ全然解明されてないよ」
「だろうなあ」
 自然の法則に真っ向から対立しているのだ。バミューダトライアングルでさえ、メタンガ
スが原因ではないかと、ある程度の足がかりができはじめているというのに、この島には
そんなものさえない。どこをどう調べても、何も出てこないのだ。

「言い伝えならあるんだけどね」
「言い伝え?どんな」

 槙人は、腕にしがみついたままの綾華を見下ろした。

「えーとね。海の神さまが雪女に恋をして、夏にも会いたいから雪を降らせる、と山の神さまに頼んだの」
「全然解んねーよ」

 要約しすぎて理解不能だった。

「だからね・・・」

 綾華は一から説明し直した。
 
まだまだ続くぜ!!


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