小  説

83-5 雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編_第四話 マリンブルーの絆(その5)

 水のかけ合いに始まり、ビーチバレー、遠泳と休むことなく遊び続けた。空腹になれば
海の家でラーメン。そしてまた、海に。スイカ割りのようなお約束はなかったものの、全
員が海を満喫していた。
槙人がビーチパラソルの下できゅうけいしていても、女の子達ははしゃいでいた。

「パワフルなもんだ」

 唯一の男ということで散々引っ張り回されたために、槙人は疲れ切ってしまった。

「どうそ、姫崎さん」

 そこに、缶ジュースを持って、町田が戻って来た。

「お、サンキュ」

 ジュースを受け取り、小気味良い音で蓋を開けて一口飲む。

「本当に元気だな、皆」

 もう一度口をつけてから槙人は、隣に座った町田に話しかけた。

「楽しいですからね」
「年の差かな。俺はもうヘトヘトだぞ」
「たった一つだけじゃないですか」

 オヤジ臭いですねぇ、と町田は笑う。図星すぎて、思わず槙人は言葉に詰まった。
しかも、槙人は早生まれのため、年齢的には綾華と同い年だ。
 単に体力がないだけのようだった。男としてふがいないことである。

「カッコ悪いな・・・」

 缶をヘコませて、槙人は苦笑いをする。

「あはは。でも、仕方ないんじゃないですか?」
「うーん。そうかもしれないけど、やっぱりな・・・」
「・・・ところで、あの水着って、姫崎さんが選んだんですってね」

 町田が、綾華を指さした。

「ああ。どうかな?実際は、かなり適当に選んだんだけど」
「良いと思いますよ」

 町田は即答する。
 
「適当に選んだとしても、本人が気に入れば、自然と似合うものだと思いますよ」
「そうか?」
「ええ。普通の服にしても、組み合わせとかありますし。自分の方が服に合わせようとし
ますからね。水着だってそうですよ」
「・・・そうだな」
「綾華って、薄い色似合いますし」
「そう思うか?」
「はい。姫崎さんも?」
「ああ。だからあれにしたんだけど・・・」
「へぇ・・・」

 町田はぐいっと缶を傾けた。何度か喉を鳴らしてから、大きく息をつく。

「綾華と姫崎さんて、仲良いですよね」
「ん・・・まあな」

 実際には綾華が一方的に仕掛けてくるのだが、仲は悪くないだろう。

「でも、兄妹なんだからそんなんじゃないか?」
「そんなことないですよ」

 町田はふるふると首を振る。

「ウチもまぁ、そうですけどね。でも、家の中で会っても口も聞かない兄弟って、割とい
るらしいですよ」
「え、そうなのか?」
「はい。私の友達とかそういうのいます」
「へぇ。兄弟って大抵仲良いもんだと思ってたけどな」

 仮に悪いとしても、ドラマの中の世界くらいだと思っていた。ある程度権力を持った人
間同士が憎み合う、三文小説にはお似合いの設定といえる。

「変かな?俺たちって」
「いえそんな。仲が悪いよりはずっと良いですよ」
「ん。そうだな」
「・・・だから、なるべくなら嫌わないでほしいんですよ、綾華のこと」

 ペキ、と缶を鳴らす。独り言にも聞こえる、寂しげなセリフ。
 町田は俯いて、小さく笑っていた。

「・・・そりゃ嫌うってことはないと思うけど・・・。何でそう思うんだ?」
「いや・・・綾華って。あれで結構寂しがり屋なもので」

 今の表情を隠すように、町田はもう一度大きく缶を傾けた。だが、中身はほとんど残っ
ていないようだった。
 砂の上に、空の缶が置かれる。

「中等部からのつき合いですけどね。割と、分かったりするんですよ」
「ああ・・・」
「綾華、一時期、いじめられてたことがあって・・・。その時泣きはしなかったんですけ
ど、すごい辛そうだったんですよ。誰でも普段はそう思わせないくらい全力で笑ってて。
。・・・それが逆に痛々しかったんですけど」
「・・・・」

 綾華にそんな過去があるとは知らなかった。いじめられたことなど話したくはないだろ
うが、綾華について、自分は知らないことが多いということに槙人は気づいた。
 子どもの頃の二ヶ月。そして、今の約三ヶ月。それだけだ。
 綾華の病気のことも知らなかったくらいだ。

「・・・それで?」
「え、ええ。だからあやかって誰かと仲良くなると、その人とずっとその関係を続けよう
とするんですよ。友情とかすごく大切にするんですよね」
「ああ・・・」
「多分、嫌われるのが恐ろしからだと思います」

 一人は寂しいから。
 一人でいるのは辛いから。

「そっか・・・」
「だから、姫崎さんも・・・」
「ああ。分かってる」

 海のように透き通った絆がある。
 嫌う訳がない。
 普段は人を困らせようと企む人間であっても。
 槙人が綾華を嫌う理由はなかった。




戻る: 第4話その4メニューHOME