小  説

87-1 雪夏塚〜セツゲツカ 二条院如月編_プロローグ&第1話(その1)

プロローグ

 思う。この世界について。  思う。この世界では、様々な夢が実現していると。  思う。そして、それが現実であると。  思う。しかしながら、私の夢は決して叶えられない。  思う。それはとても憂鬱なことであると。  思う。だが私は、その枷を外せない。  思う。なぜならば、その枷こそが、私の存在意義だから。  思う。もしその枷を外せば、私は私になり、私でなくなる。  思う。その時私には、何もなくなる。  思う。したがって私は、私の夢を叶えられない。  思う。それは私自身が望んでいることだから。  故に 想う。  私が立ち止まる事はないと。

第一話 金眼の少女

 受験戦争を超える戦争は毎日勃発している、と姫崎槙人はこの日改めて体感した。 「くっそう・・・綾華のヤツ・・・」  何とか昼食のパンを確保して購買を脱出すると、槙人は憎々しげに義妹の名を呟いた。  そもそもの発端は二週間ほど前だった。  親元を離れ一人暮らしをしていた槙人は、その時義妹の綾華が病気で倒れたという電話 を受けた。危篤というから行ってみれば、両親の海外転勤が決まったから一緒に住めとい う、綾華の策略にはまっていたのだ。手続きは完璧に済ませられていたので、やむなく槙 人は屶瀬島に引越、綾華と同じ渚海学院に転入することになったのだ。  両親は海外へ行ってしまったので、昼食は綾華が弁当を作ってくれることになっている。 だがこの日は、珍しく綾華が寝坊をしたため、学食か購買に行かなければならなくなって いたのだ。  学食にすると綾華がすり寄ってくることは目に見えているので、槙人は購買でパンを買 う方を選んだ。しかしそこは私立渚海学院。生徒数は以前の学校の倍以上。当然、購買部 は満員御礼だった。  腹が減っては戦はできぬと言うが、そのすきっ腹のために、戦をしなければならないか ら辛い。からの胃袋と今消費したカロリーをパンで補えるかどうか怪しかった。 「受験も大変だけど、こっちは命がかかってるからなあ・・・」  自動販売機でジュースを買うと、槙人はぼそっと呟いた。勿論、昼食を抜いたくらいで 死ぬ訳はないのだが、食べ盛りの人間にとっては死活問題だった。 「さって・・・どこで食うか」  歩き出してから槙人は考える。綾華に見つからなければどこでも良いから教室に戻って も良いのだが、せっかくだからどこか他の場所で食べたかった。 「・・・お、そうだ」  ふと、槙人は思いついた。校舎に入ると、階段を昇る。  目指す先は屋上だった。大抵の学校は危険防止のために屋上には出られないようになっ ている。無論この渚海学院とて例外ではない筈だ。  だが万が一という事も考えられる。槙人が在籍していた学校も見た目には出られないよ うになっていたが、いくつか抜け道があったのだ。槙人は授業をさぼる時は、よくそうし て屋上に出たものだった。だから、この渚海学院のものを試してみたかった。槙人は屋上 が好きだった。  屋上の前には、立ちはだかるように重々しい扉があった。」そして、当たり前のように 「立入禁止」の札がドアノブにかけられている。 「ま、そうだろうな」  予想通りの状況に槙人は苦笑する。一応確認のために、と軽い気持ちでノブを捻り、扉 を押してみた。 「・・・お?」  しかし不思議なことに、扉の鍵がぶつかる音は聞こえなかった。扉は止まらず、そのま ま開いてしまったのだ。 「・・・で、出られるのか?」  外からは初夏の暖かな日差しが差し込んで来る。あっさり、開いた扉に戸惑いながら、 槙人は空を見上げた。 「・・・杜撰な管理だなあ」  軽く笑って、槙人は空を見上げた。  天気は快晴。輝くような青空が広がっている。 「おー・・・」  司会を下げれば、陽光を反射して煌めく海が見える。海岸近くに立てられた渚海学院か らの景色はまさに絶景だった。  ふわ、と暖かな風が吹いた。  その時。 「え・・・!?」  視界の隅に黒いものが入ったような気がして、思わず槙人は振り向いた。 「あ・・・」  屋上の扉の上、給水タンクの前。そこに、一人の女生徒が座っていたのだ。  膝の上に弁当箱と思われる物を乗せ、槙人をじっと見つめている。  視界に入ったのはその髪のようだった。艶やかな長い黒髪が、小さな風になびいている。  槙人はその女生徒に見覚えがあった。 「二条院、さん?」  クラスメイトの二条院如月だった。


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