小  説

87-3 雪夏塚〜セツゲツカ 二条院如月編_第1話(その3)

「それで、何だ?」

 昼食を食べ終え、箱をしまいながら如月は尋ねた。

「え・・・ああ。鍵持ってるって異は、よく屋上来るのかと思ってさ」
「・・・まあな。天気が良いから、外で食べようと思った」
「ふうん。じゃあ、俺と一緒だな」
「・・・そうだな」

 冗談めかして言ったのだが、如月の表情は全く変化しなかった。冗談が通じなさそうな
ところは見た目通りらしい。
 暫く不立ちが黙っている間、暖かい潮風が吹いていた。

「それにしても、本当に今日はいい天気だなあ」
「ああ、そうだな」
「眺めもいいし」
「ああ」

 槙人は立ち上がって、遠くを眺めながら言った。

「如月は、屋上好きなのか?」
「・・・ああ。人がいないからな。静かでいい」
「・・・それはつまり、俺もいなければいいってことか?」

 体を硬直させたまま。冷や汗混じりに槙人は尋ねた。
 横で如月が立ち上がるのが分かった。

「別にそういう訳じゃない。屋上に来る人間は他にもいる」

 如月はそっけなく答えた。

「ああ」

 如月は梯子を伝って下に降りた。

「戻るのか?」
「ああ」
「別にまだ時間あるし、いてもいいんじゃないか?」
「それはそうなんだが、あまり潮風に当たりたくないからな」
「ああ、なるほど」

 絹のように美しい如月の黒髪。それを維持するには、やはりそれなりの手入れが必要な
のだろう。納得して槙人も降りた。

「綺麗だもんな、如月の髪」
「・・・ありがとう」

 如月に続いて槙人が内に入ると、如月は扉の鍵を閉めた。

「なあ、よかったらまた屋上来てもいいか?」

 階段を降りながら槙人は如月に訊いてみた。屋上に入れる手段があるのなら使っていき
たかった。

「ああ、構わない」

 如月は答えた。
 本当に構っていないかのような、冷めた口調で。


 結局昼食は量不足だった。役不足ともいう。
 膨れるどころか、しぼみそうな気がする胃袋を抱え、槙人は帰途についた。先程商店街
によってお菓子を買っておいたので、綾華に文句を言いながら食べようと思った。相手は
一応病弱なのだから手加減しても良いのだが、毎度毎度騙されたり罠にかけられたりして
いるので、少しくらいは反撃しなければなるまい。遅刻寸前だったために使用したスクー
ターに乗り橋を渡る。と、その途中、見覚えある後ろ姿を見つけた。

「あれ?あれは・・・」

 腰まである長い黒髪。クラスメイトの顔はまだ全員覚えていなくとも、そこで歩いてい
る女生徒なら、背中からでも判別がつく。

「おーい!如月−!」

 手を振って呼びかける。振り向いた女生徒は、案の定如月だった。

「よ」

 槙人は、端を歩く如月の隣で止まった。

「姫崎か・・・」

 スクーターと槙人の顔を交互に見てから、如月は呟いた。

「島に何か用でもあるのか?」

「・・・今から家に帰るところだが」
「え?」

 予想していなかった答えに、槙人は思わず声を上げた。

「如月って・・・屶瀬島に住んでるのか?」
「ああ」
「マジかよ・・・」


戻る: 第1話その4メニューHOME