小  説

47-ヒトガタの想い 第5話


「ひぃ……!」
 喉を切り裂かれ、言葉にならない悲鳴を上げながら、中年の女が逃げようとしている。
だが逃がさない。私は動きを止めた女の背に何本ものナイフを投げつけた。ナイフの切っ
先は正確に女の背中を指し、空中でぴたりと止まる。
 一瞬後、女の背中に全てのナイフが突き刺さった。女は広場に倒れ込む。ガタガタと震
え、いつの間にか背中に刺さっていたナイフを抜き取ろうと必死でもがく。私は芋虫のよ
うに地面に転がる女に、ゆっくりと近づいた。女は恐怖に満ちた表情で私を見ていた。喉
を切られているから声を出すこともできず、ひゅうひゅうと空気の通る音が聞こえる。も
う少しすれば、呼吸ができなくて死ぬだろう。
 私は屈みこんで女の顔を覗き込んだ。喉を最初に切ったのはまずかったわね。これじゃ
あ私の質問に答えられないじゃない。

「……ねえ」

 それでも、一応聞いてみることにした。恐怖で答えられないと分かっていても。
「生きるって、何?」
 女はふるふると首を振るだけだった。それが答えが分からないのか殺さないで欲しいこ
との意思表示なのかは分からなかった。多分後者だろうけど。女の顔は青ざめている。今
時分、この時間じゃ寒くて当然だけど、血が足りないほうが強いか。
 私はしばらくの間女を見つめていた。女はもう動かない。死んだのね。

 あまりここにとどまっているわけにもいかない。だけど、やらなきゃならないことが残
っていた。私は自分の力を使い、誰にも認識できない世界に入り込む。私以外に動くもの
なんてないから、ちょっと分かりにくかったけど。
 私は女に触れた。まだ体は温かかった。この器に、「命」が入っていたはず。でもそれ
はそこにはもうなくて、どこかに消えてしまっている。
 ナイフを取り出す。女の耳に当てて切り落とした。柔らかい肉の感触が伝わってくる。
 ここは人間にとって大事な器官の一つ。なくなっても死ぬことはないけど、なくなった
ら大いに困るもの。
 次に私は女の鼻を切り落とした。耳ほどじゃないけど、ここも骨は通ってないから簡単
に切り取れる。
 ここも人間にとっては大事な器官。ここがなくなったら結構困る。口があるから呼吸は
できるんだろうけど。
 私は耳と鼻を両方捨てた。こんなの持ってても、私の疑問は分からない。
 私は女の着ているドレスを乱雑に捲り上げ、下着の類も全部上のほうにどかした。もう
だいぶ若さを失ってきている体が私の目に入る。それを眺めた後、私はナイフを持ち直し
た。
 そして、その鋭利な刃を女の下腹部に当て、突き刺す。ずぐ、と刃が肉の中に入り込み、
その隙間から血が流れ出してきた。私はそのままナイフを体の上部へと押し上げていく。
みちみちと肉が切れていく。肌色の裂け目から湯気が立つ。私はさらにナイフで女の体を
切り裂いた。腹を通り、胸を通り、傷痕は喉元まで届く。ナイフを引き抜くと、刃は血で
真っ赤に染まっていた。
 女の体を、血が濡らしてゆく。肉に開けられた大きな口から、どろどろと紅い血が出て
くる。世界の時は止まっているが、私がその中のものに干渉すれば少しばかり影響を受け
て動く。だから血は、地面に落ちるまでにはいたらずに女の体の上で止まった。

「…………」

 私は血を見つめる。生きる上で欠かせない要素。これの持つ機能がヒトを生に導いてい
る。私はとにかく見た。命に深いつながりのあるものを見て、どうにか生命を見出そうと
した。

 ――人を殺し始めて、どのくらい経ったっけ。

 ぼんやりと、そんなことを思い出す。もう何百年も昔のことよね。
 私は切り裂かれた肉の裂け目を手で広げると、空いた方の手をその中に突っ込んだ。内
臓に届いた瞬間、ぐちゃっ、と水気のある音が私の耳に入ってきた。手からはぬめぬめし
た腸の感触と、表皮より少しだけ高い温度。手が汚れないようにと厚手の長手袋をしてい
るが、その感覚は布越しに確実に伝わってきた。
 私はぬちゃぬちゃと内臓をかき回す。どれだけおぞましいことをしているかは分かって
いるつもりだった。人を殺すだけでも十分な犯罪だっていうのに、これは道徳的にそれ以
上の悪を持っているだろう。だけど私はやめない。腸を引っ掻き回し、ぎゅっと握り締め
て、それを外に引きずり出した。ピンク色の細長く柔らかいホースがずるずると女の体か
ら出てきた。世界に干渉するわずかな時間だけ、そこからむわっと湯気が上る。
 私はさらに女の体の中をまさぐった。目に入った内臓を適当に引っ張り出して、ナイフ
で切り刻んでみた。手とナイフは、血や他の体液でドロドロになってしまっていた。
 こんなことをするのには理由がある。ただ殺すだけだったら時を止めてナイフを刺せば
それで終わりだ。でも私は、あえてこんな猟奇的なことを行っている。
 生命って何? 生きるって何? その答えが、そこにあるからだった。
 正確には、そこにあるような気がする、だった。人間の体内にあるあらゆる器官を見て
いると、それが何なのか閃きそうになるのだ。だから、私はこうして内臓を引っ張り出し
てはじっくりと観察する。初めの頃は気色悪くて嫌だったけど、今ではもう慣れ切ってし
まっていた。
 私は肺や心臓を刺して中を覗いてみた。とりわけ心臓はインスピレーションをよく働か
せる。やっぱりここがないと人間は死んじゃうからだろう。この拳大の赤い筋肉の塊が、
最も重要な生命維持装置の一つなのだ。
 残念ながら今回は心臓を見ても何ら閃くことはなかった。仕方なく、私は心臓を体の中
に投げ入れる。ぐちゃぐちゃに切り開かれた肉塊が、胃の上にべちゃりと張りつく。こん
なことはよくあることだった。心臓で閃きそうになることもあれば、骨や脊髄なんかで閃
きそうになることもある。
 だから、死体の中身は余すところなく漁っていく。飢えた獣みたいな行為だけど、ばら
すだけばらしたら捨てておくから多分獣よりたちが悪い。だけどやめない。
 もう、時間がないから。

「――!」

 人体解剖を行っていて、私は体に電撃が走ったような衝撃を受けた。
 きた! この感覚だわ!
 握り締めていたのは、腎臓。なぜ腎臓なのかはこの際置いておく。私はそれを体から切
り離すと、じっと見つめた。
 確かに今何かを感じた。生命にかかわる何かが。私が持つことのできないもの。永琳が
捨てたもの。もう少し、もう少しで生命が何なのかが分かる気がした。ぐっと腎臓を握る。
あんまりこっちに集中してると時間操作を忘れてしまうから、途切れ途切れで時間を止め
なおしながら。
 考える。生命が何なのか。考える。それを持たない私が生きる意味を。これを見れば分
かるんだ。もう何回とこんなことを繰り返してきた。分からなきゃおかしいはずよ! 生
命って何? 生きるって何? これに、その答えが隠されてる。

「……答えて。答えてよ」

 駄目だわ。これ以上何も感じない。私は顔を上げた。
 いつもこう。もう少しというところでその感覚が途切れてしまう。何度やっても、まる
で喉まで出かかった言葉のようにそれが出てこない。いつもいつも、こんなジレンマ。
 仕方ないわね。もうこれ以上ここにとどまるわけにもいかないわ。最近は警戒が厳しく
なったから、警官も15分おきに回ってくるし。
 今回の収穫である腎臓は持っていくことにした。どうせしばらくしたら捨てることにな
るだろうけど、とにかくヒントだけはいくらあっても足りないから。
 私はナイフを回収すると、さらに女の体から子宮も取り出した。ここは心臓や脳以上に、
どの器官よりもインスピレーションが働く。多分、人が生まれてくるところだからじゃな
いかしら。だから、それに気づいてからはずっと女ばかり襲ってきた。
 腎臓と子宮を女の着ていたエプロンにくるみ、私は広場を後にした。

 そこは、「切り裂きジャック事件」における、四番目の殺害現場だった。







 私は人気のない小路の暗がりに来ると、そこで腰を下ろした。時刻は午前二時。人なん
てどこにもいない。そろそろ死体が発見されるだろうから、もうしばらくしたらまた移動
した方がいいわね。
 それまではまだだいぶ考える時間がある。私は持っていた布切れの中から、二つの臓物
を取り出した。まだ微妙に生温かい。私はそれを見つめた。さっき確かに答えが見えた気
がした。でも、その感覚はもうない。

 ずっと、こんなことを続けてきた。何百年前からだったかしら、自分の存在意義を見つ
けるために世界中を渡り歩いてきて。時には人として、時には珍しい人形として、私は人
間たちの中に入っていった。人間として人々に取り入るときは、専ら旅の途中で覚えた手
品を使って気を引きつけた。手品といっても、時を止めて色々やるだけだから、タネなん
かないんだけど。それでも、人の生活に入るには十分だった。顔の評判もよいらしく、結
構すんなりいけることのほうが多かったわ。ここだけはカグヤ姫に感謝してる。
 でも、そこまでだった。それから何百年という時間をかけても、私は自分の生きる意味
を見つけることはできなかった。初めの方こそ生きる理由を見つけることこそが私の生き
る理由だったけど、それが見つからないんじゃ何にもならない。何のためにあそこから逃
げ出した? 生きるためじゃない!
 なのにどうして、私は「何かのために生きる」ことができないんだろう。
 たくさんの人たちと出会った。人形だと知らず、結婚を申し込まれたことだってあった。
人々との仲で過ごす生活は、楽しいはずだった。でも、充実感だけはなかった。

 私は本当に、誰かに支配されていなければその実感を得ることができないのかしら。

 そんなはずはない。そう思いたい。でも、これだけの時間生きてきて、私の中で生きて
いる実感が湧くことはなかった。月での生活ほど、楽しいものに出会うことはなかった。


 ――キリリ


「……っ!」
 違和感。背中、かな。
 私は焦る。時間がなくなってきているのだ。ここ最近になって、体の動きが鈍くなり始
めている。それは、私の機能が低下していることの証拠。メンテナンスをしっかりしてい
ればもっと保ったんだろうけど、生憎自分で自分を解体するわけにもいかないし、永琳以
外に私を扱える人なんているわけがなかった。
 だから、時間がない。消耗するだけの私には、とにかく早く答えを見つけるしか方法が
ないのだ。あとどのくらい保つ? 百年? 十年? 一年? それとも――明日?
「まずい……」
 声に出してみる。少し落ち着いた。
 このままじゃ、本当にまずい。自分の生きる理由を見つけていない。そして、生命の意
味も見つけていなかった。命を玩具だなんて言ったあいつに、なんとしても見せつけなけ
ればならないものを、私はいまだ見つけられていない。
 あれからどれくらいの時間が経った? 命の意味を知りたくて、人々に尋ね歩いた。私
の所有者のコネを利用して、賢人と呼ばれる人たちとも対話した。けど、どの人の答えも、
私を納得させることはできなかった。どれもこれも間違ってる。そうとしか思えなかった。
 命の意味を知りたくて、どうしても知りたくて。
 だから私は、直接それに訴える行動に出た。
 なるべく私自身の魔力は使わないように。割合簡単に手に入るナイフを主体として。投
げるときには幾許かの魔力で覆って威力とコントロールを高めてたけど。
 そうして、人を殺した。命そのものが手に入る気がして。
 そんなに頻繁に殺してはいなかった。どのくらいだっけ、一年か二年に一人くらいの割
合だったかしら。初めは、それで何度も閃きがあったから。それを元にずっと考えてたか
ら。そんなにたくさんの人間を手にかけるわけにもいかなかったし。


 ――キリリ、キチキチ


 でも、年を追うごとにその回数は減っていき、さらに最近になって焦りが出てきた。そ
のせいで、この一ヶ月間で四人殺している。今までは頻度も少なく、世界中で殺ってきた
から注目されることはなかったけど、今回はだいぶやりすぎた。
 ロンドン、「切り裂きジャック事件」。メディアでも大々的に扱われている、連続猟奇
殺人事件。夜の霧に紛れ、絶対に見つからない幻影のような殺人鬼。その犯人が、私だっ
た。時を止めて殺し、逃げているから絶対に捕まらないけど。捕まったとしても絶対逃げ
おおせられる自信あるし。
 だけどこれだけ派手にやって、私は何も手に入れていない。どんどんと、殺人鬼として
の履歴が増えていくだけ。何かにとりつかれたように人を殺し続ける自動人形。
 そういえば、一度いわくつきの人形として売られたときに言われたわね。
 「殺人人形」って。
 言いえて妙だわ。そりゃナイフ持ってるし持ち主を殺したこともあるけど。でも確かに
私は、命の意味を知るために人を殺す、いわば操り人形なんだ。
 強烈な皮肉ね。操り人形じゃないことを証明しようとして、操られてるみたいに同じ
ことを繰り返し続けてきたんだから。
 ――もう、やめなきゃ。
 もっと他の方法があるはず。今からそれを見つけるのもリスクがあるけど、少なくとも
これ以上人を殺し続けるわけにもいかない。
 最初の頃を思い出せ。あんなに気持ち悪かったじゃない。ヒトだったものが、ただの肉
の塊になる瞬間。殺される寸前まで死の恐怖に怯えていたあの目。そして、体から噴き出
る生臭い体液。あのどれもに、言いようのない嫌悪感を抱いていたはず。
 作られた当初の私だったら、私を軽蔑するわね。
 いつ頃からか、そんな感情も消え去って、私はますますただの人形になってしまってい
るような気がした。
 もう、やめよう。このロンドンも、そろそろ出たほうがいいわね。
 それに私の全機能が停止する前に永琳に会っておかなきゃ何にもならない。私が勝利す
るにしても敗北するにしても、会わなきゃ決着はつけられないんだから。
 八意永琳。もう、慣れ親しんだはずの顔もよく思い出せない。機能低下が激しいわ。思
考もたまに支離滅裂になることがあるし。
 永琳に会わなきゃ。もちろん、できればその前に私自身の答えを見つけておきたいとこ
ろだけど。

 ――私の生きる意味。本当に、誰かに支配されていなければそれを見出せないのかしら。
 ――生命の意味。命を持たない私には、それを見つけることは永遠にできないのかしら。

 私は立ち上がる。とりあえず、この臓物はとっとと捨てておこう。適当に川の中にでも
放り込んでおけばいいか。
 本当に、私は死ぬ前に答えを見つけられるのかしら。
 死ぬ前に、永琳に勝てるのかしら。
 秋の夜中は流石に寒い。私は今住んでいる場所へと急いで戻ることにした。
 なるべく早くここを出よう。
 全ての証拠を消して――。
















 森の中を必死で走る。飛ぶよりは走った方が消費は抑えられるから、とにかく走る。
 
「ちょっとー、待ちなさーい!」

 冗談じゃないわ! 待ってられるわけないでしょ!
 私は後ろで飛びながら追いかけてくる少女から逃げ回っていた。こんなに鬱蒼としてい
る場所でも、少女はまるで自分の庭みたいにすいすいと私を追いかけてくる。しかも攻撃
しながら。私が逃げられないようにと、とにかく弾幕を張ってくる。

「痛くしないからおいでー!」
「そんな物珍しそうな目で見られて信用できるわけないでしょ!!」

 白いブラウスに青いスカート。見た目はほとんど子供な金髪の少女は、目を爛々と光ら
せて私に迫る。あんな子供だっていうのに、冗談みたいな量の妖弾を撃ち出してくる。
 やっぱりまずい。ここは時を止めて――。
 
「きゃっ!?」

 そのとき、私は木の根っこに足をとられて転んでしまった。集中を乱されると時間操作
もままならない。私は受身をとって枯葉の上を転がっていった。すぐさま起き上がり、早
く逃げようと準備しようとして。

「捕まえた!」

 腕をがっしりと捕まれてしまった。少女は、このわずかな時間で私に追いついてしまっ
ていたのだ。

「は、離しなさい!」

 だけど相手は子供の腕。振りほどくくらいはできるだろうと思い、私は闇雲に捕まれた
腕を振り回した。

「この感触……へぇー、ホントに人形だわ。ってちょっと、暴れないでよ!」

 なんで振りほどけないの!? 何よこの馬鹿力は! さっきの弾幕といい、子供が出せ
るようなものじゃないわ!

「このっ……!」
「きゃ!?」

 私は魔弾を練りだして少女に放つ。ナイフくらいじゃ怯んでくれそうになかった。この
際消費を考えてるわけにもいかず、思い切り少女の顔に投げつけた。でも、人間だったら
絶対に当たって死ぬスピードだったのに、少女は体をのけぞらせてそれを避けたのだ。恐
ろしい反射神経だった。

「あ……!」

 だけどその瞬間、少女の手が私から離れた。
 チャンス! 時よ止まれ!


 ――ガキン


 全てのものが動きを止めた。私はそこでようやくひと息つく。でものんびりしてるとま
た時が動き出すから、すぐにその場を去ることにした。上昇して森を脱出すると、幾らか
離れた場所で木々の間に身を隠す。これなら多分見つからないだろう。
 そこで時は動き出した。私は気配で別の誰かに悟られたりしないように、静かに息を吐
き出す。

 正直、こんなにシビアなところだとは思わなかった。
 年の暮れにロンドンを出てから日本に来て十年間、永琳に関係ありそうなことを訪ね歩
いたり、たまに先の二つのことについてまた訊いてみたりしていた。結果はどれも芳しく
なかった。全く手がかりがつかめなかったのだ。全然情報がないということは、都市部な
んかにいるわけじゃないと見当をつけ、山間部を訪ね回る。
 そこでようやく手に入れた、「幻想郷」の情報。妖怪が跋扈しているといわれている世
界らしい。妖怪なら結構見てきたけれど、そんなコミュニティみたいなものがあるとは知
らなかった。だけど、不老不死の永琳にはぴったりの場所だと思う。私もそうだったけど、
人として生きるには何百年も同じ場所で同じ姿でいるわけにはいかないのだ。私は人形と
して行き渡っていたこともあるからいいけど、永琳のような人間だったら度々住む場所を
変えなくちゃならない。でも、妖怪は大抵人間の何倍も長く生きる。百年生きようが千年
生きようが違和感なんてないのだ。
 そこに、間違いなく永琳がいる。私はそう確信して、なんとか幻想郷に入る方法を探そ
うとした。でも、誰もそんな方法を知らない。今度はそのために十年間、日本中を駆け回
ることになる。博麗神社というところが要だったらしいけど、中に入る方法は分からない
ままだった。
 私が今こうして幻想郷の中にいられるのは、それが結界によって隔離された空間である
ことに気づいたからだった。それさえ分かればあとは何とかなる。魔術を学ぶくらい、何
百年という時間の中で十分すぎるほどやってきた。人形であるがゆえにほとんど身につく
ことはなかったけど。
 結界に干渉し、自分が通れるだけの穴を開けて入ってきた。幻想郷の結界はものすごく
強力で、危うく体がなくなりかけたけれど、結果オーライ。寿命と引き換えになってたこ
とは今は忘れることにしてる。
 だけど正直、こんなシビアなところだとは思わなかったのだ。
 妖怪が人間を食べるのはいい。それは当たり前。
 でも、その妖怪が強すぎる。いや、弱いやつだっているしむしろ弱いやつのほうが多い
んだけど、死闘を繰り広げるほど強力なやつだって少なくない。しかも幻想郷では弾幕戦
が一般的らしく、私のような数本のナイフなんかだとあっという間に負けてしまうのだ。
私はその都度時を止めて逃げてきた。ナイフは後で回収しに行くけど。
 永琳を探すどころじゃない。もちろん探しているけど、情報を聞き出すほうが大変なの
だ。知っていそうなやつは大抵強いし、知りたきゃ弾幕だとか言う始末。弱いやつは馬鹿
だから当てにならない。
 そして今も、わけの分からない少女に追い回されていたばかりだった。幻想郷の中には
「魔界」というのがあるらしく、まずはそこから行ってみることにしたのだ。魔界なんて
いかにも永琳が興味持ちそうだし。
 でも入ってまだ三日目。はっきりいって自信なくしてきた。


 ――キリリリ


 あと、どのくらい保つのかな。幻想郷は決して広くないけど、人一人探すとなるとやっ
ぱり広い。それに、見つけたらそれで終わりってわけじゃない。見つけてもまだ会うこと
はできないから。
 生きるって何だろう。命って何だろう。それを探さなきゃならない。幸いというかなん
というか、ここは外の世界と違って生命力があふれている。この木一本にしたって、外と
比べれば結構生き生きしてるような気がした。ひょっとしたら答えなんて見つけられない
んじゃないかと思ってた。だって色々な人が答えとしてきた全てが答えだとは思えなかっ
たから。たとえその答えを私が見つけられたとしても、それが永琳を納得させられるもの
なのかどうかには、少し不安がある。


 ――キキ、キリキチチ、ギチ


 だから、早く何とかしなきゃならない。もうどれだけ消費したか分からない。寿命が刻
一刻と迫っているのが分かる。言いようのない不安が私の中にある。
 人間や妖怪たちと会話ができるように、彼らと対等な力をつけなければならない。結局、
時間が全然足りないのだ。
 休んでる暇なんかない。私は枝を蹴って空中へと飛び出した。





















 だけど――。









 強くなることを目指して――。






 生命の意味を探ろうとして――。







 自分の存在意義を見つけようとして――。









 永琳に会おうとして――。













 その全てを満たすには、時間はあまりにも短すぎた。





























 ――ガリリ



 あう。

 体がきしむ。もうそうとうにぼろぼろになってる。

 あれから何年たったっけ? えと――ああ、思い出せないや。
 もう、満足にうごくこともできない。
 つよい妖怪とやりあうとナイフがはこぼれするから、ぶきはどんどんとへっていった。
でも、私にちょうたつするすべはない。
 たった一本になったナイフを手に、私は森の出口にいた。その先にはみずうみが見える。


 ――ギチ、ギリ、リリ


 いたい、いたいよ。

 足を一歩ふみだすたびに体がいたむ。あるかなきゃいけないのに、永琳を、さがさなき
ゃいけないのに。


 ――ドシャッ


 私はなにもないところでつまずいてころんだ。体がいうことをきかなくて、かおからつ
っこんでしまう。

 いたい。でも、それしかわからなかった。

 わたし、死ぬのかな――?

 どろの中にかおをはんぶんうずめて、私はぼんやりそんなことをかんがえる。だって、
うではもううごかない。あしも、ひめいをあげるだけでうごかない。
(えいりんって、どんなかおしてたっけ……?)

 月のずのう。わたしをおとしいれた犯人。ええと、たしか――。


 ねむい――。



 あ、はは。ほんかくてきにしがせまってそうね。でも、ねちゃだめ。まだ、まだおわれ
ないよ。



 いのちのいみ――。わたしのそんざいいぎ――。えいりんの――。







 ねむいよ。









 にんげんたちとくらしてきて、こんなよっきゅうまでみにつけて。




 めをとじれば、くらやみ。あらがうことのできない、ここちよさがわたしのなかでひろ
がってきた。






 いのちの、いみ――。わたしの、そんざい、いぎ――。えいりん――。












 あれ? わたし、なにがやりたかったんだっけ――?















 あんなに、ひっしになって、なにがほ、しかったんだっけ?





















 いのち、わたし、いのち。わたし、いのち。わた、し。いのち――。
























 あ、そうか。かんたん、じゃない。






























 わたしは、にんげんに――。

















































































 ――あらあら。これはまた、随分と曖昧な存在ねえ。


 ――自分で考え、自分で行動できる人形。


 ――限りなく人間に近づけられていて、まるで本当に人間みたい。


 ――こんなにぼろぼろになって、あなたは何がしたかったのかしら?


 ――生も死もないあなたは、何を求めていたのかしら?


 ――ねえ、お人形さん?










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